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同窓会
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戻ると、出た時よりも空のビールのロング缶が二つ三つ増えていた。つまみは篠原が食べ尽くして行ったのだが、乾き物や菓子類を開けた様子もない。
「…飲むなら何か食べろって言ってるだろ」
「作ってー。もう締めるから、ごはん。焼き飯」
また脂っこいものを、と思いながら、カウンターの中に入る。
手には、篠原が置いていったのか忘れて行ったのかの小さなおにぎりが二つ。それと冷凍ご飯を一つレンジに放り込んで、卵とちりめんじゃこと大葉を冷蔵庫から、玉ねぎを野菜かごから取って梅干を棚から出す。
「あれ? おにぎり」
「置き忘れたみたいだな」
「あーあ、馬鹿だな。もったいない。…まあ、あいつにサービスしてやることもないからいいけど。何か話、した?」
「…お前が振り向いてくれないって八つ当たりされた」
「うわー」
あまりに平坦で、どういう感情が込められているのかが皆目見当がつかない。とりあえず、さっさと焼き飯作りに取り掛かる。
「なあ雪季。炒飯と焼き飯の違いって何」
「…言語?」
「あー。中国語と日本語?」
「本当かどうかは知らないけど」
「なんだ適当か。でもそれっぽい」
笑って、ビールの缶をねだる。そのくらい自分で動け、とは思うが、雪季の方が近いのは近い。
玉ねぎをみじん切りにして梅干を適当に刻んで叩き、大葉は手で細かくちぎる。卵を溶いてフライパンに流し込めば、あとは炒めていくだけだ。ちりめんじゃこと梅干である程度の味はあるので、醤油はほんの少し、香り程度。
二人分に分けた皿を英の前とカウンターに置いて、一杯程度残っていた冷酒をコップに注ぎきる。
「いただきます」
どうぞ、とも返さないが、こういうところは律儀だと感じる。
何とはなしに英を眺めながら、雪季もスプンを差し込む。梅干の風味がさっぱりとしているから騙されそうになるが、やっぱり油の多い食べ物だなと思いつつ、その油を酒で洗い流す。
「雪季はあいつ、どう思う?」
「…どう、とは?」
スプンを半ば咥えたまま、英は首をかしげた。わざとだろう小動物じみた動きに苛つく。
そんな雪季の冷たい眼差しに気付いたのか、すぐに肩をすくめて戻し、短くビールを呷った。
「完全に縁切った方がいいとか、いっそ闇に葬るべきだとか」
「…仮にも友人だろう」
「仮にもホントにも、あんなのとは友達でも何でもないんだけど?」
どこかで聞いたようなやり取りだなと思ってから、結愛に英のことを言われた時だと気付いて眉間にしわが寄る。
「俺に訊くな。好きにしろよ、お前の交友関係だろ」
「えー。雪季があの馬鹿を危険人物だからって排除してくれたら楽なのになーって」
「わけのわからん人間関係に巻き込むな」
深々と溜息を落として、雪季は自分の焼き飯にとりかかった。食べたらさっさと寝よう。これ以上英に付き合って、妙な絡まれ方をしても面倒だ。
英と篠原が互いに興味を持てば世の中平和だったのではないかとちらりと考えて、それはそれで気持ち悪い図式だなと即座に払い落とす。
もっとも、そうであれば雪季は関わり合いになる余地がなかっただろうから、とても平穏に…今も、雪季は殺人稼業をしていただろう。それとも、猟奇殺人に誘われていたようだから、どこかでかち合っただろうか。
酸っぱさとほのかな甘みをまとった最後の米粒を飲み込み、そっと手を合わせる。
言葉に出すことは少ないが、食べ始めと終わりに手を合わせてしまうのは、幼年時に叩き込まれた癖だ。言い換えれば、父母の躾のたまもの。
ふと、英はどこで身に着けたのだろうかと思う。「先生」だろうか。
最後に、冷酒のコップを干して終える。
「食べ終わったら」
「流しに置いとけ」
言って、にやりと笑う。そんなに繰り返し言っただろうか。言ったかもしれない。
英の皿にはまだ半分ほどが残っていて、急ぐ様子もない。それならと、雪季は自分の分の洗い物だけを流しに置いた。
「雪季」
何が続くのかと視線だけ向けるが、なかなか口を開かない。これはもう放置していいだろうかとカウンターを出ようとしたところで、腕をつかまれた。
「雪季にも、俺と篠原は友達に見える? それとも、同類?」
その二つは並ぶようなものだっただろうか。雪季は、英は一体どんな回答を望んでいるのだろうと内心首をかしげた。
「…違うとしても、そもそもそう見えるように振る舞ってきたんじゃないのか」
「雪季の前では、してないだろ」
「それは…高校時代の印象が残ってるのかもな」
ほんのわずか、驚いたように目が大きく見開かれる。同時に腕をつかむ力も緩んだので、とりあえず振り払っておく。英は、もう何もつかんでいない手を見て、もう一度雪季を見た。
押し出された声も、どこか茫洋としていた。
「雪季…案外、俺のこと見てたんだな。高校の時」
「…目立ってたから、避けたくて気にしてたんだろうな」
「え。えー、なんだよそれ」
「人目を引いていいことなんてないからな。あまり近付かないようにしようと」
「えええー」
何故か恨めし気に見上げて来る英に溜息を落とし、洗面所へと向かう。どうにも疲れた一日だが、歯を磨いてさっさと寝てしまおう。
部屋に戻ると、結愛から『今日は大変お世話になりました』と始まるお詫びのメールと、篠原からも似たようなメールが入っていた。結愛はともかく、篠原にはアドレスも番号も教えた覚えはないのだが。
深々と息を吐き、雪季は返信もせず布団を敷いた。
「…飲むなら何か食べろって言ってるだろ」
「作ってー。もう締めるから、ごはん。焼き飯」
また脂っこいものを、と思いながら、カウンターの中に入る。
手には、篠原が置いていったのか忘れて行ったのかの小さなおにぎりが二つ。それと冷凍ご飯を一つレンジに放り込んで、卵とちりめんじゃこと大葉を冷蔵庫から、玉ねぎを野菜かごから取って梅干を棚から出す。
「あれ? おにぎり」
「置き忘れたみたいだな」
「あーあ、馬鹿だな。もったいない。…まあ、あいつにサービスしてやることもないからいいけど。何か話、した?」
「…お前が振り向いてくれないって八つ当たりされた」
「うわー」
あまりに平坦で、どういう感情が込められているのかが皆目見当がつかない。とりあえず、さっさと焼き飯作りに取り掛かる。
「なあ雪季。炒飯と焼き飯の違いって何」
「…言語?」
「あー。中国語と日本語?」
「本当かどうかは知らないけど」
「なんだ適当か。でもそれっぽい」
笑って、ビールの缶をねだる。そのくらい自分で動け、とは思うが、雪季の方が近いのは近い。
玉ねぎをみじん切りにして梅干を適当に刻んで叩き、大葉は手で細かくちぎる。卵を溶いてフライパンに流し込めば、あとは炒めていくだけだ。ちりめんじゃこと梅干である程度の味はあるので、醤油はほんの少し、香り程度。
二人分に分けた皿を英の前とカウンターに置いて、一杯程度残っていた冷酒をコップに注ぎきる。
「いただきます」
どうぞ、とも返さないが、こういうところは律儀だと感じる。
何とはなしに英を眺めながら、雪季もスプンを差し込む。梅干の風味がさっぱりとしているから騙されそうになるが、やっぱり油の多い食べ物だなと思いつつ、その油を酒で洗い流す。
「雪季はあいつ、どう思う?」
「…どう、とは?」
スプンを半ば咥えたまま、英は首をかしげた。わざとだろう小動物じみた動きに苛つく。
そんな雪季の冷たい眼差しに気付いたのか、すぐに肩をすくめて戻し、短くビールを呷った。
「完全に縁切った方がいいとか、いっそ闇に葬るべきだとか」
「…仮にも友人だろう」
「仮にもホントにも、あんなのとは友達でも何でもないんだけど?」
どこかで聞いたようなやり取りだなと思ってから、結愛に英のことを言われた時だと気付いて眉間にしわが寄る。
「俺に訊くな。好きにしろよ、お前の交友関係だろ」
「えー。雪季があの馬鹿を危険人物だからって排除してくれたら楽なのになーって」
「わけのわからん人間関係に巻き込むな」
深々と溜息を落として、雪季は自分の焼き飯にとりかかった。食べたらさっさと寝よう。これ以上英に付き合って、妙な絡まれ方をしても面倒だ。
英と篠原が互いに興味を持てば世の中平和だったのではないかとちらりと考えて、それはそれで気持ち悪い図式だなと即座に払い落とす。
もっとも、そうであれば雪季は関わり合いになる余地がなかっただろうから、とても平穏に…今も、雪季は殺人稼業をしていただろう。それとも、猟奇殺人に誘われていたようだから、どこかでかち合っただろうか。
酸っぱさとほのかな甘みをまとった最後の米粒を飲み込み、そっと手を合わせる。
言葉に出すことは少ないが、食べ始めと終わりに手を合わせてしまうのは、幼年時に叩き込まれた癖だ。言い換えれば、父母の躾のたまもの。
ふと、英はどこで身に着けたのだろうかと思う。「先生」だろうか。
最後に、冷酒のコップを干して終える。
「食べ終わったら」
「流しに置いとけ」
言って、にやりと笑う。そんなに繰り返し言っただろうか。言ったかもしれない。
英の皿にはまだ半分ほどが残っていて、急ぐ様子もない。それならと、雪季は自分の分の洗い物だけを流しに置いた。
「雪季」
何が続くのかと視線だけ向けるが、なかなか口を開かない。これはもう放置していいだろうかとカウンターを出ようとしたところで、腕をつかまれた。
「雪季にも、俺と篠原は友達に見える? それとも、同類?」
その二つは並ぶようなものだっただろうか。雪季は、英は一体どんな回答を望んでいるのだろうと内心首をかしげた。
「…違うとしても、そもそもそう見えるように振る舞ってきたんじゃないのか」
「雪季の前では、してないだろ」
「それは…高校時代の印象が残ってるのかもな」
ほんのわずか、驚いたように目が大きく見開かれる。同時に腕をつかむ力も緩んだので、とりあえず振り払っておく。英は、もう何もつかんでいない手を見て、もう一度雪季を見た。
押し出された声も、どこか茫洋としていた。
「雪季…案外、俺のこと見てたんだな。高校の時」
「…目立ってたから、避けたくて気にしてたんだろうな」
「え。えー、なんだよそれ」
「人目を引いていいことなんてないからな。あまり近付かないようにしようと」
「えええー」
何故か恨めし気に見上げて来る英に溜息を落とし、洗面所へと向かう。どうにも疲れた一日だが、歯を磨いてさっさと寝てしまおう。
部屋に戻ると、結愛から『今日は大変お世話になりました』と始まるお詫びのメールと、篠原からも似たようなメールが入っていた。結愛はともかく、篠原にはアドレスも番号も教えた覚えはないのだが。
深々と息を吐き、雪季は返信もせず布団を敷いた。
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