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夜祭
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「…雪季。筋肉痛が痛い」
「言葉がかぶってる」
英は、昨夜の自分の予感通りに筋肉痛になったらしい。
それでも、傍目には見えないよう振る舞うところは意地なのか何なのか。旅館の駅までの送迎バスから先に降りて、英の動きを見るが、よくよく見なければわからない。
「途中下車省くか?」
「いやいや結構楽しみに…ちょっと待ってて」
英が、乗ってきた旅館のワゴンを運転していた男に声をかけている。六十は超えているだろう。
それとなく、話の邪魔をしないように駅舎の方へと身を寄せる。着替えの入ったバッグは旅館から今日泊まる大阪のホテルに送っているので、かさばるような荷物もない。
今日は、大阪で夜の予定があるだけで、昨日の昼から実質観光が続く。明日には神戸に移動で最後に李に会って、明後日の新幹線で帰る。
その、李への手土産を選ぶということを口実に、英はなかなか行けないようなところのスイーツ巡りを今回組み込んできていた。
それらのタイムスケジュールを頭の中で浚いながら、開けっ広げな笑顔で男との会話を終えた英を見る。
「時間大丈夫?」
「二十分くらいで発車。歩くのがつらいなら、とっととホテルに行って寝てていいぞ」
「歩いた方がほぐれてましになるとかない?」
「知るか」
「えー。そういうの、雪季詳しいかと思ったんだけど。ありがと」
待っている間に買ったスポーツドリンクのペットボトルを渡すと、即座にキャップをひねる。熱中症が怖いので小まめな水分補給は必須だが、英は案外さぼる。
そのまま駅のホームに移動して、とりあえずこれからの予定を改めて口頭で伝えていると、何故か不満げに遮られた。
「気にならないのか?」
「…何が」
半分くらいになったペットボトルを突き返され、保冷カバーをかけてカバンに仕舞う。ため息をつかれたが、それは無視した。
「さっきのじーさんと何話してたのか」
「話したいなら聞く」
「…雪季って、ほんっと、俺に興味ないよな…」
「…そういう話か?」
「そういう話」
何か違うような気がして、しかしそれがどうなのか指摘もできず、軽く首をかしげて終わらせる。
話がしたいのか予定の確認を続けていいのか、と問うと、まったくさあ、とぼやくようにこぼされた。そうして、とりあえず仕事は電車乗ってからで、と言われた。
結局話すらしいと、雪季は心中でのみため息をこぼす。それなら、変に絡まず進めてほしい。
「昨日の男」
通勤通学の時間帯からは少しずれているようで、それでも制服姿がちらほらと見える頃合い。ホームに二人、私服姿で並んでいるのに何か既視感があると思えば、先日、高校の文化祭に行った最中に呼び出された時のことだった。
駅のホームの光景というのは、特徴があるようで、線路やホームの作りが同じようなものだからか似た感じがある。
「もう会うこともないだろうけど、あの後デリヘル呼んだみたいだしそこそこ忘れていいレベルだと思う」
「…は?」
何かを聞き間違えただろうかと英を見るが、さわやかに笑んでいるだけでしかない。
「………なんでそれを把握してる」
「最初に訊くとこそれかー」
「怖いというか気持ち悪い」
心持ち身を引くと、逃すつもりはないとばかりに肩を掴まれる。確かに、距離を置いて大声で話すようなことではない。
「ひどいなー傷つくなー」
「勝手に傷ついてろ。触るな」
「はいはい」
あっさりと手を離し、しかし、まだ少し近付いたままのような気がする。そっと距離を取ろうとして、にっこりと微笑まれる。
電車はまだか、と思うが、近付いて来たとのアナウンスすらまだ流れていない。
「昨日さ、さっきのじーさんにデリヘルの割引券もらって。スーツ着た男二人なら出張中、狙い目だと思ったんじゃない? これって、割引券とか言いつつ仲介者にキャッシュバックとかの仕組みになってんじゃないかなーと思って確認したらやっぱそうだったみたい。で、昨日あの宿じゃないところで一枚使われたっていうから、多分あの男だろうと」
さっきから、一度に情報が多い。雪季は思わず額を抑えつつ、整理する。
こんなところでせこい斡旋があるのか、非合法だろうか、浴衣に着替えても持っていたなら財布にでも入れていたのかなんで、という感想はとりあえず投げ置く。
いつの間にかもらったという割引券を、昨夜英は、あの男をタクシーに乗せるときにでもポケットかどこかにねじ込んだのだろう。
そうして、それが使われたのであれば、あの男の「サクラ」への執着は、どうしてもそこへだけ強く向けられたものではないのではないか、と。
だから、似ているという雪季へもそう強い執着を向けはしないのではないか、と。
「……ありがとう、と、言うべきなのか?」
「言ってくれるなら嬉しいけど。まあ別に、そこまで気にしなくたって、お互い出張中だしあっちは俺たちのことなんてろくに知らないんだから再会なんてないとは思うんだけどさ」
「お前…俺のことより、自分のことに対してそのくらいの注意を払えないのか?」
つい、向ける視線が恨みがましくなる。雪季を気遣う前に、己の身の危険への無頓着さを何とかしてもらいたい。
だが英は、どこか不思議そうに、まばたきをした。
「俺のことは雪季が助けてくれるだろ」
「…請けた以上できる限りはやるが、少しは自分でも身を守る方策をとれと言ってるんだ」
「それはそれ」
頭が痛む気がする。
「…残りの予定の確認だけど」
「えーもう仕事の話?」
「まだ続きがあるのか」
「ない。けど」
「それならいいな」
不満げな英には無視を決め込んで、今日から明日にかけての予定を念押しする。どうせ頭に入ってはいるだろうが、そういったことくらいしか雪季にできる「仕事」はない。
何度か、聞いていると示すように頷きを繰り返した英は、最後に何故か、深々とため息をついた。
「…やっぱり俺、もう少し早く雪季勧誘すればよかったかも」
「は?」
「言葉がかぶってる」
英は、昨夜の自分の予感通りに筋肉痛になったらしい。
それでも、傍目には見えないよう振る舞うところは意地なのか何なのか。旅館の駅までの送迎バスから先に降りて、英の動きを見るが、よくよく見なければわからない。
「途中下車省くか?」
「いやいや結構楽しみに…ちょっと待ってて」
英が、乗ってきた旅館のワゴンを運転していた男に声をかけている。六十は超えているだろう。
それとなく、話の邪魔をしないように駅舎の方へと身を寄せる。着替えの入ったバッグは旅館から今日泊まる大阪のホテルに送っているので、かさばるような荷物もない。
今日は、大阪で夜の予定があるだけで、昨日の昼から実質観光が続く。明日には神戸に移動で最後に李に会って、明後日の新幹線で帰る。
その、李への手土産を選ぶということを口実に、英はなかなか行けないようなところのスイーツ巡りを今回組み込んできていた。
それらのタイムスケジュールを頭の中で浚いながら、開けっ広げな笑顔で男との会話を終えた英を見る。
「時間大丈夫?」
「二十分くらいで発車。歩くのがつらいなら、とっととホテルに行って寝てていいぞ」
「歩いた方がほぐれてましになるとかない?」
「知るか」
「えー。そういうの、雪季詳しいかと思ったんだけど。ありがと」
待っている間に買ったスポーツドリンクのペットボトルを渡すと、即座にキャップをひねる。熱中症が怖いので小まめな水分補給は必須だが、英は案外さぼる。
そのまま駅のホームに移動して、とりあえずこれからの予定を改めて口頭で伝えていると、何故か不満げに遮られた。
「気にならないのか?」
「…何が」
半分くらいになったペットボトルを突き返され、保冷カバーをかけてカバンに仕舞う。ため息をつかれたが、それは無視した。
「さっきのじーさんと何話してたのか」
「話したいなら聞く」
「…雪季って、ほんっと、俺に興味ないよな…」
「…そういう話か?」
「そういう話」
何か違うような気がして、しかしそれがどうなのか指摘もできず、軽く首をかしげて終わらせる。
話がしたいのか予定の確認を続けていいのか、と問うと、まったくさあ、とぼやくようにこぼされた。そうして、とりあえず仕事は電車乗ってからで、と言われた。
結局話すらしいと、雪季は心中でのみため息をこぼす。それなら、変に絡まず進めてほしい。
「昨日の男」
通勤通学の時間帯からは少しずれているようで、それでも制服姿がちらほらと見える頃合い。ホームに二人、私服姿で並んでいるのに何か既視感があると思えば、先日、高校の文化祭に行った最中に呼び出された時のことだった。
駅のホームの光景というのは、特徴があるようで、線路やホームの作りが同じようなものだからか似た感じがある。
「もう会うこともないだろうけど、あの後デリヘル呼んだみたいだしそこそこ忘れていいレベルだと思う」
「…は?」
何かを聞き間違えただろうかと英を見るが、さわやかに笑んでいるだけでしかない。
「………なんでそれを把握してる」
「最初に訊くとこそれかー」
「怖いというか気持ち悪い」
心持ち身を引くと、逃すつもりはないとばかりに肩を掴まれる。確かに、距離を置いて大声で話すようなことではない。
「ひどいなー傷つくなー」
「勝手に傷ついてろ。触るな」
「はいはい」
あっさりと手を離し、しかし、まだ少し近付いたままのような気がする。そっと距離を取ろうとして、にっこりと微笑まれる。
電車はまだか、と思うが、近付いて来たとのアナウンスすらまだ流れていない。
「昨日さ、さっきのじーさんにデリヘルの割引券もらって。スーツ着た男二人なら出張中、狙い目だと思ったんじゃない? これって、割引券とか言いつつ仲介者にキャッシュバックとかの仕組みになってんじゃないかなーと思って確認したらやっぱそうだったみたい。で、昨日あの宿じゃないところで一枚使われたっていうから、多分あの男だろうと」
さっきから、一度に情報が多い。雪季は思わず額を抑えつつ、整理する。
こんなところでせこい斡旋があるのか、非合法だろうか、浴衣に着替えても持っていたなら財布にでも入れていたのかなんで、という感想はとりあえず投げ置く。
いつの間にかもらったという割引券を、昨夜英は、あの男をタクシーに乗せるときにでもポケットかどこかにねじ込んだのだろう。
そうして、それが使われたのであれば、あの男の「サクラ」への執着は、どうしてもそこへだけ強く向けられたものではないのではないか、と。
だから、似ているという雪季へもそう強い執着を向けはしないのではないか、と。
「……ありがとう、と、言うべきなのか?」
「言ってくれるなら嬉しいけど。まあ別に、そこまで気にしなくたって、お互い出張中だしあっちは俺たちのことなんてろくに知らないんだから再会なんてないとは思うんだけどさ」
「お前…俺のことより、自分のことに対してそのくらいの注意を払えないのか?」
つい、向ける視線が恨みがましくなる。雪季を気遣う前に、己の身の危険への無頓着さを何とかしてもらいたい。
だが英は、どこか不思議そうに、まばたきをした。
「俺のことは雪季が助けてくれるだろ」
「…請けた以上できる限りはやるが、少しは自分でも身を守る方策をとれと言ってるんだ」
「それはそれ」
頭が痛む気がする。
「…残りの予定の確認だけど」
「えーもう仕事の話?」
「まだ続きがあるのか」
「ない。けど」
「それならいいな」
不満げな英には無視を決め込んで、今日から明日にかけての予定を念押しする。どうせ頭に入ってはいるだろうが、そういったことくらいしか雪季にできる「仕事」はない。
何度か、聞いていると示すように頷きを繰り返した英は、最後に何故か、深々とため息をついた。
「…やっぱり俺、もう少し早く雪季勧誘すればよかったかも」
「は?」
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