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夜祭
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「名字なら性別は判らない。雪季はさっき女性と仮定したけど、そうとも限らない。男同士なら、たとえ深い付き合いをしていても周囲にはひた隠しにしていたかもしれない」
「…それが、つじつまの合わない話の理由だと? 誤魔化しを続けるうちに嘘と本当が曖昧になったとでも?」
「ただの想像だけどな。まあどれにしたって、あいつが、いるはずもない恋人と雪季を見間違えて無遠慮に声をかけてきたってのは変わらない」
「その仮説でいけば、実在しないとも限らないんじゃないのか?」
前を向かれると、少し声が聞き取りづらい。英の声は通る方ではあるが、意図してか無意識か、声量を絞ってもいるようだ。雪季は、少し足を速める。カコカコと、下駄が鳴る。
「いないだろ、今は。元からなかったのか、実在したけど去ったのか、何にしても側にいてちゃんと恋人してるなら、雪季につられて酒場に連れて行かれて、飲めない酒を大量に飲まされることもないだろ。あいつの視線、気付かなかったとは言わせないぞ」
「…ずっと、俺を見てたのは気付いた。でもそれが?」
「例えば俺がいなくて、雪季が見かけ通りにひ弱なら、最悪監禁でもされてたと思わないか?」
「少し飛躍しすぎじゃないか」
「俺、そういう嗅覚は利くと思うよ」
気付けば、また少し距離をあけられている。あと少しで境内のようで、雪季を見下ろす英の背後には朱色の鳥居が聳え立っていた。
境内にはあかりが灯されているようで明るく、だからこそ、英の表情が見えない。
「それ以前に、その仮定自体が意味がない。お前はいたし、…見かけはどうだか知らないが、俺はひ弱というわけじゃない」
「…そう言って油断してると危ないと思うけどなー」
「心配するな、そうやって何かがあっても迷惑はかけない」
深々と、ため息をつかれた。
「俺、雪季とは友達になりたいって言ったんだけど」
「………はぁ……?」
「助けさせろよ。迷惑なんてお互い様だろ」
「…雇用関係にある時点でいろいろと無理がある」
「それはそれ、これはこれ」
どうしてもと言うならまずクビにすればいいと思うが、実際にそうなれば、こうやって浴衣を着て並んで立つような機会もなくなるだろう、とも思う。一緒にいる理由がない。
そもそもよくよく考えてみれば、雪季には真っ当に友人と呼べる相手は結愛くらいのもので、その結愛でさえ、ただの友人とするには一般的に考えれば規格外れのような気がする。
では、規格内の友人とはどういった代物なのだろう。
一歩違えれば思春期の悩みそのもののようなことを考えて、それでも雪季の足は動いていた。止まったままの英を追い抜いて、鳥居をくぐって境内へと踏み入る。振り返ると、見下ろす町並みにも光は点在してた。
「雪季」
「…なんだ」
もう一度、やけに大きなため息を落とされた。立ち位置が変わったために、今は英の顔が見える。抜け落ちたような表情を、笑みが掠めたように見えた。
残り数段を子どものように駆け上がって、くるりと回り、上って来た階段を見下ろす。
「今は、ちゃんと返事があることで満足しとく。そのうち、真柴さんを差し置いても俺を優先してくれるくらいの親友って呼んでくれるように期待して」
「ないな」
「えー」
どこまでが本気なのか、あるいは全てがただの暇つぶしなのか、何にしても雪季には付き合う義理もない。
とりあえずは目的のお参りを済ませようと、拝殿らしき建物を目指して歩を進める。すぐに、英も追いついて来た。そもそもこだわったのはこちらだ。
夜なので柏手は避けて、軽く手だけ合わせる。
「…雪季」
一応、挨拶は済んだと踵を返しかけた雪季の肩を、英がつかむ。視線だけで何事かと問うと、無表情に見返された。
「俺、これ明日…筋肉痛の予感しかしない」
「…下りないと帰れないぞ。野宿するなら一人でやってくれ」
「いや待って俺も戻るって、温泉入る! あ、そうか、温泉入ってマッサージすればいいんだ」
軽快な足取りを取り戻した英は、はしゃぐように雪季を追い越して行った。階段の上りよりも下りの方が足への負担は大きく、普段使わないだろう部分の筋肉も使うのだが。
まあいいか、と、雪季はつられることなくゆっくりと階段を下りて行った。
「…それが、つじつまの合わない話の理由だと? 誤魔化しを続けるうちに嘘と本当が曖昧になったとでも?」
「ただの想像だけどな。まあどれにしたって、あいつが、いるはずもない恋人と雪季を見間違えて無遠慮に声をかけてきたってのは変わらない」
「その仮説でいけば、実在しないとも限らないんじゃないのか?」
前を向かれると、少し声が聞き取りづらい。英の声は通る方ではあるが、意図してか無意識か、声量を絞ってもいるようだ。雪季は、少し足を速める。カコカコと、下駄が鳴る。
「いないだろ、今は。元からなかったのか、実在したけど去ったのか、何にしても側にいてちゃんと恋人してるなら、雪季につられて酒場に連れて行かれて、飲めない酒を大量に飲まされることもないだろ。あいつの視線、気付かなかったとは言わせないぞ」
「…ずっと、俺を見てたのは気付いた。でもそれが?」
「例えば俺がいなくて、雪季が見かけ通りにひ弱なら、最悪監禁でもされてたと思わないか?」
「少し飛躍しすぎじゃないか」
「俺、そういう嗅覚は利くと思うよ」
気付けば、また少し距離をあけられている。あと少しで境内のようで、雪季を見下ろす英の背後には朱色の鳥居が聳え立っていた。
境内にはあかりが灯されているようで明るく、だからこそ、英の表情が見えない。
「それ以前に、その仮定自体が意味がない。お前はいたし、…見かけはどうだか知らないが、俺はひ弱というわけじゃない」
「…そう言って油断してると危ないと思うけどなー」
「心配するな、そうやって何かがあっても迷惑はかけない」
深々と、ため息をつかれた。
「俺、雪季とは友達になりたいって言ったんだけど」
「………はぁ……?」
「助けさせろよ。迷惑なんてお互い様だろ」
「…雇用関係にある時点でいろいろと無理がある」
「それはそれ、これはこれ」
どうしてもと言うならまずクビにすればいいと思うが、実際にそうなれば、こうやって浴衣を着て並んで立つような機会もなくなるだろう、とも思う。一緒にいる理由がない。
そもそもよくよく考えてみれば、雪季には真っ当に友人と呼べる相手は結愛くらいのもので、その結愛でさえ、ただの友人とするには一般的に考えれば規格外れのような気がする。
では、規格内の友人とはどういった代物なのだろう。
一歩違えれば思春期の悩みそのもののようなことを考えて、それでも雪季の足は動いていた。止まったままの英を追い抜いて、鳥居をくぐって境内へと踏み入る。振り返ると、見下ろす町並みにも光は点在してた。
「雪季」
「…なんだ」
もう一度、やけに大きなため息を落とされた。立ち位置が変わったために、今は英の顔が見える。抜け落ちたような表情を、笑みが掠めたように見えた。
残り数段を子どものように駆け上がって、くるりと回り、上って来た階段を見下ろす。
「今は、ちゃんと返事があることで満足しとく。そのうち、真柴さんを差し置いても俺を優先してくれるくらいの親友って呼んでくれるように期待して」
「ないな」
「えー」
どこまでが本気なのか、あるいは全てがただの暇つぶしなのか、何にしても雪季には付き合う義理もない。
とりあえずは目的のお参りを済ませようと、拝殿らしき建物を目指して歩を進める。すぐに、英も追いついて来た。そもそもこだわったのはこちらだ。
夜なので柏手は避けて、軽く手だけ合わせる。
「…雪季」
一応、挨拶は済んだと踵を返しかけた雪季の肩を、英がつかむ。視線だけで何事かと問うと、無表情に見返された。
「俺、これ明日…筋肉痛の予感しかしない」
「…下りないと帰れないぞ。野宿するなら一人でやってくれ」
「いや待って俺も戻るって、温泉入る! あ、そうか、温泉入ってマッサージすればいいんだ」
軽快な足取りを取り戻した英は、はしゃぐように雪季を追い越して行った。階段の上りよりも下りの方が足への負担は大きく、普段使わないだろう部分の筋肉も使うのだが。
まあいいか、と、雪季はつられることなくゆっくりと階段を下りて行った。
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