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夜祭
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連れ立って、明かりの揺らめく方へと歩き出す。
九月に入って、まだ熱帯夜も続いてはいるがさすがに夜も更ければ風には涼しさが混じる。ここは山が近いから余計に、吹き降ろす風には、浴衣一枚では寒さを感じる瞬間もあった。下駄履きで素足のせいもあるかも知れない。
「で。どう思う?」
黒地に細い銀の縦縞の浴衣を選んだせいで、英の姿は半ば闇にとける。
「あんまり大股で歩くな。着崩れる」
「ん? そういうもん? 女の子だけじゃなくて?」
「…女性よりは気にならないかも知れないが、崩れるのは崩れる」
「へえ。…雪季はなんか慣れてる?」
「一時寝間着だった」
「……何が?」
「浴衣」
英の足が止まり、何事かと雪季も立ち止まる。軽く振り返ると、わかりやすく腕組みをしていた。
「なんで?」
「…もともと寝間着だろう、浴衣」
今となっては旅館での貸し出しや夏場のイベントでの装いの感が強いが、元は、下着に近い寝間着だ。師と二人暮らしをしていたころに、荷物を処分しすぎた雪季は古いので良ければと浴衣をもらった。
「いや、なんで今は浴衣じゃないんだよ」
「…夜中だろうと何があるか分かったものじゃないだろ」
「あー…護衛。ほんっと、雪季って真面目だよな…」
護衛仕事に関しては、かなりの部分を省略して大分いい加減にしかこなしていない自覚があるので、何故か不満そうな英に首をかしげるしかない。
そして、原因は雪季ではあるが、話が逸れている。
「あの男の言う女性がそもそも実在するかも怪しいところだし、いたとして、本当に恋人だったとは思えない」
いくらか雪季に向けられる視線が恨みがましい気がするが、軌道を戻しただけなのでどうこう言われるいわれはない。歩みを戻すと、英もすぐに追い付いてきた。
からころと下駄が鳴る。
その響きに妖怪が出てくるアニメを思い出してしまうのは、幼い日の刷り込みのせいだろう。夜真っただ中だが、宵宮が終わり切っていないこともあってまだそれなりに人出があるため、おどろおどろしさは幾分薄いが。
やがて、片づけている最中のものも多い屋台の並ぶ石畳に戻り、何十段もある長い石階段を見上げる。
「これのぼるのかー」
「金毘羅さんほどはないだろ」
「比較対象がでかすぎる」
ぼやきながらも、英は躊躇するでもなく足を踏み出した。こういった階段は、一段が意外に低く、逆に疲れる。
「サクラって人がいないかいても、下手をしたら向こうには認識されてないくらいに薄い関係だったんじゃないかってのは俺も賛成。あいつの話、妙なところ細かいのにちぐはぐだったし」
一定のリズムで足を運びながら、息も乱れていない。
「でも、違うかもしれない」
「?」
英が、雪季の少し先を歩く。履き慣れないはずの下駄で軽快に上る足音が、頭に響いた。
まだ四分の一ほどだろうが、振り向くと屋台の明かりがきれいだ。ただの人工的な光でしかなく、それに照らされる人々は、今日の売り上げを気にしたり慣れない下駄や草履に足が痛んだり、残暑の暑さにうんざりしたりといったごくありふれた感情を抱えているはずだ。
それなのに綺麗に見えるのは、どこか詐欺のようだと、つい思う。
英に視線を戻すと、ふっと、息だけで笑ったようだった。そんなはずはないのに考えていたことを悟られたような気分になってしまって、雪季は知らず、身構える。
「サクラ、って、下の名前でもあるけど、名字でもあるよな」
「…それが?」
佐倉、佐久良、というのはそこまで珍しくもないだろう。笹倉、も、発音次第では聞き間違えるかもしれない。しかしだからどうしたのかと、英を見る。
止まった歩みを戻し、英は雪季に背を向ける。
九月に入って、まだ熱帯夜も続いてはいるがさすがに夜も更ければ風には涼しさが混じる。ここは山が近いから余計に、吹き降ろす風には、浴衣一枚では寒さを感じる瞬間もあった。下駄履きで素足のせいもあるかも知れない。
「で。どう思う?」
黒地に細い銀の縦縞の浴衣を選んだせいで、英の姿は半ば闇にとける。
「あんまり大股で歩くな。着崩れる」
「ん? そういうもん? 女の子だけじゃなくて?」
「…女性よりは気にならないかも知れないが、崩れるのは崩れる」
「へえ。…雪季はなんか慣れてる?」
「一時寝間着だった」
「……何が?」
「浴衣」
英の足が止まり、何事かと雪季も立ち止まる。軽く振り返ると、わかりやすく腕組みをしていた。
「なんで?」
「…もともと寝間着だろう、浴衣」
今となっては旅館での貸し出しや夏場のイベントでの装いの感が強いが、元は、下着に近い寝間着だ。師と二人暮らしをしていたころに、荷物を処分しすぎた雪季は古いので良ければと浴衣をもらった。
「いや、なんで今は浴衣じゃないんだよ」
「…夜中だろうと何があるか分かったものじゃないだろ」
「あー…護衛。ほんっと、雪季って真面目だよな…」
護衛仕事に関しては、かなりの部分を省略して大分いい加減にしかこなしていない自覚があるので、何故か不満そうな英に首をかしげるしかない。
そして、原因は雪季ではあるが、話が逸れている。
「あの男の言う女性がそもそも実在するかも怪しいところだし、いたとして、本当に恋人だったとは思えない」
いくらか雪季に向けられる視線が恨みがましい気がするが、軌道を戻しただけなのでどうこう言われるいわれはない。歩みを戻すと、英もすぐに追い付いてきた。
からころと下駄が鳴る。
その響きに妖怪が出てくるアニメを思い出してしまうのは、幼い日の刷り込みのせいだろう。夜真っただ中だが、宵宮が終わり切っていないこともあってまだそれなりに人出があるため、おどろおどろしさは幾分薄いが。
やがて、片づけている最中のものも多い屋台の並ぶ石畳に戻り、何十段もある長い石階段を見上げる。
「これのぼるのかー」
「金毘羅さんほどはないだろ」
「比較対象がでかすぎる」
ぼやきながらも、英は躊躇するでもなく足を踏み出した。こういった階段は、一段が意外に低く、逆に疲れる。
「サクラって人がいないかいても、下手をしたら向こうには認識されてないくらいに薄い関係だったんじゃないかってのは俺も賛成。あいつの話、妙なところ細かいのにちぐはぐだったし」
一定のリズムで足を運びながら、息も乱れていない。
「でも、違うかもしれない」
「?」
英が、雪季の少し先を歩く。履き慣れないはずの下駄で軽快に上る足音が、頭に響いた。
まだ四分の一ほどだろうが、振り向くと屋台の明かりがきれいだ。ただの人工的な光でしかなく、それに照らされる人々は、今日の売り上げを気にしたり慣れない下駄や草履に足が痛んだり、残暑の暑さにうんざりしたりといったごくありふれた感情を抱えているはずだ。
それなのに綺麗に見えるのは、どこか詐欺のようだと、つい思う。
英に視線を戻すと、ふっと、息だけで笑ったようだった。そんなはずはないのに考えていたことを悟られたような気分になってしまって、雪季は知らず、身構える。
「サクラ、って、下の名前でもあるけど、名字でもあるよな」
「…それが?」
佐倉、佐久良、というのはそこまで珍しくもないだろう。笹倉、も、発音次第では聞き間違えるかもしれない。しかしだからどうしたのかと、英を見る。
止まった歩みを戻し、英は雪季に背を向ける。
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