93 / 130
夜祭
3
しおりを挟む
古材でも持ってきたのか、カウンターは深く、使い込まれた飴色をしている。それとなくまだ「新しい店」だと判る店内では多少浮き立っている気がしないでもないが、そのうち馴染むのだろう。並ぶタップは店内が映り込むほどに光っている。
先ほどまでの騒々しさからは少し離れ、ゆったりと流れるジャズも心地いい。
右に並ぶ二人がいなければくつろげるのにと、カウンターの端に席を取った雪季は心の底から思う。
これも地元産だという生ハムをのせたバゲットも、先ほどのものと同じ工場で作られているというペールエールも、とても美味しい。右隣の二人さえいなければ。
「もうそこは素直に謝っちゃえばー?」
「でもオレは、あやまるようなことなんて…っ、サクラっ…!」
すぐ隣に英で、その向こうに、雪季を恋人と勘違いしたつい先ほどまでの見知らぬ他人。
今も、雪季にとってはただ行き違っただけの他人なのだが、何を思ったのか、英が店にまで引っ張ってきて延々と話を聞いている。
宿に帰ってもいいだろうか。
「みかんエールください」
雪季としてはもう置いて帰ってもいい気はするのだが、英がこの男ごとついて来たりすると余計に鬱陶しいことになる。結果、だらだらと飲み続ける羽目に陥っている。
ただ、純粋にビールは美味しい。日替わりで地元以外のクラフトビールも扱っているようで、先ほどから飲んでいる醸造所のものが定番四種と季節ものの一種と併せて、今日は全部で八種類飲める。どうせなので、制覇していこうかという気もする。既に、半ばはいっているが。
隣の会話を聞くともなしに聞いていると、英が聞き上手だと感心せざるを得ない。人の話などてんで聞かないようでいて、そういった切り替えができるところが、実に性質が悪い。
そして、傍らで聞いていると男の話の支離滅裂さがよくわかる。話すそばから、つじつまの合わないことがぽろぽろと零れ落ちていた。
雪季が八種類を制覇するころには、酔い潰れてカウンターにうつ伏せになってうつらうつらとしていた。
「…ビールだけなのに」
「もともとアルコールに弱いんじゃないか? まあ、夏場にアルコールばっかり飲んでたら回りも早いと思うけど」
「どうするんだそれ」
「どこに泊まってるかは聞いたし、タクシー乗せたら何とかなるんじゃないかな」
酔っ払いが一人で乗るのを良しとしてくれるだろうか、と思ったが、「優しい理解者」の態で再度男に声をかけた英は、配車アプリで呼んだタクシーが到着すると、半ば眠りの中に沈んでいる男に肩を貸して店を出て行った。
こちらもそろそろ出るかと、グラスを干す。
会計に、とカードを預かったが、雪季が男の支払いを持つつもりはないが英に奢ってもらういわれもない。二人分をカードで、雪季の分は別に支払いを済ませる。雪季も結構飲み食いしていたが、二人分はその倍を超えていた。
勧めるままに飲まされ、酔い潰されたということだ。
「ごちそうさまでした」
ないかもしれないが機会があればまた来たい、と思う程度には居心地は良かった。妙な同席者がいなければなおのこと良い。
ありがとうございました、という穏やかな声に見送られて店外に出ると、タクシーが角を曲がって消え去って行くところだった。やはり、多少は揉めたのだろう。
「どう言いくるめた」
「えー人聞きの悪い。少し酔ってるけどお願いします、って言って気持ちよく引き取ってもらったんだけど?」
「嘘くさい」
ひどい、と笑う英にカードを返し、これでようやく帰れると思ったら、肩をつかまれた。
「…まだ何か」
「お参り。結局行ってないだろ、折角なんだから寄ってから戻ろ」
「…屋台もそろそろ店じまい始めてそうだが、行けるのか?」
「神社って年中無休で開放してるところ多いし、宵宮なんだから誰か社務所にくらいいるだろうし、ちょっとのぞくくらい大丈夫じゃない?」
雪季としては、そこまで参拝にこだわらなくてもとは思うのだが、散歩と考えれば断るほどでもない。宿の最終門限にはまだ時間もある。
先ほどまでの騒々しさからは少し離れ、ゆったりと流れるジャズも心地いい。
右に並ぶ二人がいなければくつろげるのにと、カウンターの端に席を取った雪季は心の底から思う。
これも地元産だという生ハムをのせたバゲットも、先ほどのものと同じ工場で作られているというペールエールも、とても美味しい。右隣の二人さえいなければ。
「もうそこは素直に謝っちゃえばー?」
「でもオレは、あやまるようなことなんて…っ、サクラっ…!」
すぐ隣に英で、その向こうに、雪季を恋人と勘違いしたつい先ほどまでの見知らぬ他人。
今も、雪季にとってはただ行き違っただけの他人なのだが、何を思ったのか、英が店にまで引っ張ってきて延々と話を聞いている。
宿に帰ってもいいだろうか。
「みかんエールください」
雪季としてはもう置いて帰ってもいい気はするのだが、英がこの男ごとついて来たりすると余計に鬱陶しいことになる。結果、だらだらと飲み続ける羽目に陥っている。
ただ、純粋にビールは美味しい。日替わりで地元以外のクラフトビールも扱っているようで、先ほどから飲んでいる醸造所のものが定番四種と季節ものの一種と併せて、今日は全部で八種類飲める。どうせなので、制覇していこうかという気もする。既に、半ばはいっているが。
隣の会話を聞くともなしに聞いていると、英が聞き上手だと感心せざるを得ない。人の話などてんで聞かないようでいて、そういった切り替えができるところが、実に性質が悪い。
そして、傍らで聞いていると男の話の支離滅裂さがよくわかる。話すそばから、つじつまの合わないことがぽろぽろと零れ落ちていた。
雪季が八種類を制覇するころには、酔い潰れてカウンターにうつ伏せになってうつらうつらとしていた。
「…ビールだけなのに」
「もともとアルコールに弱いんじゃないか? まあ、夏場にアルコールばっかり飲んでたら回りも早いと思うけど」
「どうするんだそれ」
「どこに泊まってるかは聞いたし、タクシー乗せたら何とかなるんじゃないかな」
酔っ払いが一人で乗るのを良しとしてくれるだろうか、と思ったが、「優しい理解者」の態で再度男に声をかけた英は、配車アプリで呼んだタクシーが到着すると、半ば眠りの中に沈んでいる男に肩を貸して店を出て行った。
こちらもそろそろ出るかと、グラスを干す。
会計に、とカードを預かったが、雪季が男の支払いを持つつもりはないが英に奢ってもらういわれもない。二人分をカードで、雪季の分は別に支払いを済ませる。雪季も結構飲み食いしていたが、二人分はその倍を超えていた。
勧めるままに飲まされ、酔い潰されたということだ。
「ごちそうさまでした」
ないかもしれないが機会があればまた来たい、と思う程度には居心地は良かった。妙な同席者がいなければなおのこと良い。
ありがとうございました、という穏やかな声に見送られて店外に出ると、タクシーが角を曲がって消え去って行くところだった。やはり、多少は揉めたのだろう。
「どう言いくるめた」
「えー人聞きの悪い。少し酔ってるけどお願いします、って言って気持ちよく引き取ってもらったんだけど?」
「嘘くさい」
ひどい、と笑う英にカードを返し、これでようやく帰れると思ったら、肩をつかまれた。
「…まだ何か」
「お参り。結局行ってないだろ、折角なんだから寄ってから戻ろ」
「…屋台もそろそろ店じまい始めてそうだが、行けるのか?」
「神社って年中無休で開放してるところ多いし、宵宮なんだから誰か社務所にくらいいるだろうし、ちょっとのぞくくらい大丈夫じゃない?」
雪季としては、そこまで参拝にこだわらなくてもとは思うのだが、散歩と考えれば断るほどでもない。宿の最終門限にはまだ時間もある。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる