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夜祭
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古材でも持ってきたのか、カウンターは深く、使い込まれた飴色をしている。それとなくまだ「新しい店」だと判る店内では多少浮き立っている気がしないでもないが、そのうち馴染むのだろう。並ぶタップは店内が映り込むほどに光っている。
先ほどまでの騒々しさからは少し離れ、ゆったりと流れるジャズも心地いい。
右に並ぶ二人がいなければくつろげるのにと、カウンターの端に席を取った雪季は心の底から思う。
これも地元産だという生ハムをのせたバゲットも、先ほどのものと同じ工場で作られているというペールエールも、とても美味しい。右隣の二人さえいなければ。
「もうそこは素直に謝っちゃえばー?」
「でもオレは、あやまるようなことなんて…っ、サクラっ…!」
すぐ隣に英で、その向こうに、雪季を恋人と勘違いしたつい先ほどまでの見知らぬ他人。
今も、雪季にとってはただ行き違っただけの他人なのだが、何を思ったのか、英が店にまで引っ張ってきて延々と話を聞いている。
宿に帰ってもいいだろうか。
「みかんエールください」
雪季としてはもう置いて帰ってもいい気はするのだが、英がこの男ごとついて来たりすると余計に鬱陶しいことになる。結果、だらだらと飲み続ける羽目に陥っている。
ただ、純粋にビールは美味しい。日替わりで地元以外のクラフトビールも扱っているようで、先ほどから飲んでいる醸造所のものが定番四種と季節ものの一種と併せて、今日は全部で八種類飲める。どうせなので、制覇していこうかという気もする。既に、半ばはいっているが。
隣の会話を聞くともなしに聞いていると、英が聞き上手だと感心せざるを得ない。人の話などてんで聞かないようでいて、そういった切り替えができるところが、実に性質が悪い。
そして、傍らで聞いていると男の話の支離滅裂さがよくわかる。話すそばから、つじつまの合わないことがぽろぽろと零れ落ちていた。
雪季が八種類を制覇するころには、酔い潰れてカウンターにうつ伏せになってうつらうつらとしていた。
「…ビールだけなのに」
「もともとアルコールに弱いんじゃないか? まあ、夏場にアルコールばっかり飲んでたら回りも早いと思うけど」
「どうするんだそれ」
「どこに泊まってるかは聞いたし、タクシー乗せたら何とかなるんじゃないかな」
酔っ払いが一人で乗るのを良しとしてくれるだろうか、と思ったが、「優しい理解者」の態で再度男に声をかけた英は、配車アプリで呼んだタクシーが到着すると、半ば眠りの中に沈んでいる男に肩を貸して店を出て行った。
こちらもそろそろ出るかと、グラスを干す。
会計に、とカードを預かったが、雪季が男の支払いを持つつもりはないが英に奢ってもらういわれもない。二人分をカードで、雪季の分は別に支払いを済ませる。雪季も結構飲み食いしていたが、二人分はその倍を超えていた。
勧めるままに飲まされ、酔い潰されたということだ。
「ごちそうさまでした」
ないかもしれないが機会があればまた来たい、と思う程度には居心地は良かった。妙な同席者がいなければなおのこと良い。
ありがとうございました、という穏やかな声に見送られて店外に出ると、タクシーが角を曲がって消え去って行くところだった。やはり、多少は揉めたのだろう。
「どう言いくるめた」
「えー人聞きの悪い。少し酔ってるけどお願いします、って言って気持ちよく引き取ってもらったんだけど?」
「嘘くさい」
ひどい、と笑う英にカードを返し、これでようやく帰れると思ったら、肩をつかまれた。
「…まだ何か」
「お参り。結局行ってないだろ、折角なんだから寄ってから戻ろ」
「…屋台もそろそろ店じまい始めてそうだが、行けるのか?」
「神社って年中無休で開放してるところ多いし、宵宮なんだから誰か社務所にくらいいるだろうし、ちょっとのぞくくらい大丈夫じゃない?」
雪季としては、そこまで参拝にこだわらなくてもとは思うのだが、散歩と考えれば断るほどでもない。宿の最終門限にはまだ時間もある。
先ほどまでの騒々しさからは少し離れ、ゆったりと流れるジャズも心地いい。
右に並ぶ二人がいなければくつろげるのにと、カウンターの端に席を取った雪季は心の底から思う。
これも地元産だという生ハムをのせたバゲットも、先ほどのものと同じ工場で作られているというペールエールも、とても美味しい。右隣の二人さえいなければ。
「もうそこは素直に謝っちゃえばー?」
「でもオレは、あやまるようなことなんて…っ、サクラっ…!」
すぐ隣に英で、その向こうに、雪季を恋人と勘違いしたつい先ほどまでの見知らぬ他人。
今も、雪季にとってはただ行き違っただけの他人なのだが、何を思ったのか、英が店にまで引っ張ってきて延々と話を聞いている。
宿に帰ってもいいだろうか。
「みかんエールください」
雪季としてはもう置いて帰ってもいい気はするのだが、英がこの男ごとついて来たりすると余計に鬱陶しいことになる。結果、だらだらと飲み続ける羽目に陥っている。
ただ、純粋にビールは美味しい。日替わりで地元以外のクラフトビールも扱っているようで、先ほどから飲んでいる醸造所のものが定番四種と季節ものの一種と併せて、今日は全部で八種類飲める。どうせなので、制覇していこうかという気もする。既に、半ばはいっているが。
隣の会話を聞くともなしに聞いていると、英が聞き上手だと感心せざるを得ない。人の話などてんで聞かないようでいて、そういった切り替えができるところが、実に性質が悪い。
そして、傍らで聞いていると男の話の支離滅裂さがよくわかる。話すそばから、つじつまの合わないことがぽろぽろと零れ落ちていた。
雪季が八種類を制覇するころには、酔い潰れてカウンターにうつ伏せになってうつらうつらとしていた。
「…ビールだけなのに」
「もともとアルコールに弱いんじゃないか? まあ、夏場にアルコールばっかり飲んでたら回りも早いと思うけど」
「どうするんだそれ」
「どこに泊まってるかは聞いたし、タクシー乗せたら何とかなるんじゃないかな」
酔っ払いが一人で乗るのを良しとしてくれるだろうか、と思ったが、「優しい理解者」の態で再度男に声をかけた英は、配車アプリで呼んだタクシーが到着すると、半ば眠りの中に沈んでいる男に肩を貸して店を出て行った。
こちらもそろそろ出るかと、グラスを干す。
会計に、とカードを預かったが、雪季が男の支払いを持つつもりはないが英に奢ってもらういわれもない。二人分をカードで、雪季の分は別に支払いを済ませる。雪季も結構飲み食いしていたが、二人分はその倍を超えていた。
勧めるままに飲まされ、酔い潰されたということだ。
「ごちそうさまでした」
ないかもしれないが機会があればまた来たい、と思う程度には居心地は良かった。妙な同席者がいなければなおのこと良い。
ありがとうございました、という穏やかな声に見送られて店外に出ると、タクシーが角を曲がって消え去って行くところだった。やはり、多少は揉めたのだろう。
「どう言いくるめた」
「えー人聞きの悪い。少し酔ってるけどお願いします、って言って気持ちよく引き取ってもらったんだけど?」
「嘘くさい」
ひどい、と笑う英にカードを返し、これでようやく帰れると思ったら、肩をつかまれた。
「…まだ何か」
「お参り。結局行ってないだろ、折角なんだから寄ってから戻ろ」
「…屋台もそろそろ店じまい始めてそうだが、行けるのか?」
「神社って年中無休で開放してるところ多いし、宵宮なんだから誰か社務所にくらいいるだろうし、ちょっとのぞくくらい大丈夫じゃない?」
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