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夜祭
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二人の間にパックを置いて、それぞれつつく。暴力的なソースの香りのまだ十分に熱のある生地を口に入れると、予想を外れない味と食感がする。キャベツが多少生のままなのは、それだけ繁盛しているということだろうか。
クレープ状の生地に大量のキャベツと豚肉、卵などの具材を重ねていって焼き上げるお好み焼きを広島焼と呼ぶなら、生地に多くの具をあらかじめ混ぜて焼くお好み焼きは大阪焼きとでも呼ぶべきだ、と主張したのは、今となっては連絡の取りようもない、仕事中に知り合った誰かだ。広島県の出身だと言っていた。
「あー…ソースとはあんまり合わなかったなこれ」
「…そう言いながら今渡すな」
「飲まない?」
「飲む」
差し出されたビールのカップを受け取り、英の感想を受けて、一旦水を飲んでソースを洗い流す。
しっかりとミカンの味もするビールは、美味しいが、確かにソースとはあまり合わないかも知れない。屋台で売っているようなものなら、塩焼き鳥くらいの方が良さそうだ。
「広島焼き、あと全部よろしく。こっちは俺がもらう」
ビールのカップを奪って、まだ半分近く残っているパックを押し付けてくる。一瞬文句を言おうかと思ったが、面倒でパックを持ち上げた。夕飯時で、それなりに腹はすいている。
「参道ってさあ、神様の前庭みたいなもんだよな? そこをこれだけごみで汚して、それっていいものなのかとか思わないもんなのかな。…何?」
「…いや。信仰心があるというのが意外だった」
そういえばさっきも、店に行く前にお参りしようと言っていた。雪季はてっきり、英は無神論者だと思い込んでいた。
ところが英は、ビールを飲みながらも器用に、首をかしげた。
「ないけど?」
「え」
「ここで祀られてる神様も、調べたけど忘れた。それでも信心深いって言う?」
「いや…信心深いとまでは言ってないが…」
三分の一くらいは残っていただろうビールを一息に飲み干し、りんご飴のビニールをはぎ取りながら、英はもう一度首をかしげる。
「神様がいようといなかろうとこの世界なら、信じたって意味ないし。これまで生きて来て、別に、神様がどうこうしてくれたからだって思うようなこともないし。…あー。何だっけ、神は乗り越えられるものにしか試練を与えないだか何だか、そんなこと言ってくるような神なら要らないし」
大まかになら、雪季も似たような考えだ。
神も幽霊も怪奇現象も雪季の中では同列で、在ろうと無かろうと、現在は変わらないのだろうからどうでもいい。何らかの形で現れれば対応はするだろうが、それだけだ。例えば、英に関わるあの手のように。
英もそういった考え方なのはある意味予想通りなのだが、それでは先ほどの発言は。
どう訊いたものかと考えて、面倒になってもう投げようか、と思ってしまう入り口あたりで、英が先に口を開いた。
「ややこしい名前だとか仕組みだとか作っちゃって、建物やらしきたりやら作って守って、そういう人の営み自体は凄いと思うからさ。そういったところはまあ、敬意を払おうかなと。キリスト教徒じゃなくたって、教会に入ったら帽子ぐらい脱ぐし、仏教徒じゃなくても板張りの寺で靴くらい脱ぐみたいな」
「…なるほど」
「宗教って隅から隅まで実に人間らしくて、面白いと思うんだよな。信仰はできないけど」
「多分、わかる」
「あー…うん。だと思った」
うっすらと笑んで、英はりんご飴をかじった。側面の、薄く張った飴の層とリンゴの果実をかみ砕く。
「え」
「え?」
思わず上げてしまった声に、驚いたように英が見返してくる。
珍しく、演技をしていそうな気配もなく、かといって、感情を感じさせないものではない、本当に、ただ吃驚したような眼をしている。
「いや…かじるんだと、思って」
「え? それ以外にどうやって?」
「…飴をなめてた記憶しかない」
「えー。それなら飴買えよ、りんご全否定かよ」
「…飴舐めてから食べてたんじゃないか、多分」
ゆっくりと夜店を眺め歩くこと自体が久々で、りんご飴を食べたのは、きっと、まだ両親がいた頃が最後だ。
ぶどう飴は何かの流れで師の店の常連たちと屋台を覘いた際に買った気がするが、あれも飴と中身はほとんど別々に食べたような気がする。
何故か、憐れむような目を向けられた。
「雪季はりんご飴のおいしさをわかってない」
何を言い出すのか。
「中のリンゴだけ食べたって味気ないだろ。こういうのに使われてるのは大体、正規ルートに乗らないやつとか食べ時ちょっと過ぎちゃったやつなんだって。飴があるからそこそこおいしく食べられるのに、まさか別々に食べるなんて。かわいい子とかがちょっとずつ舐めてるようなのは絵にはなるけど、あいつら結構リンゴ自体はおいしくないって捨ててるからな」
珍しく英の言葉に熱がこもり、逆に、雪季は醒めた目を向けてしまう。手の中の、まだほんのりと熱を持つビニールパックの存在を思い出して、英の言葉を適当に聞き流しながら箸を運ぶ。ソースは最強だ。
「ちょっ、聞いて――」
「サクラ! その男は誰や!?」
唐突に。後方の茂みから飛び出た声と人影に、雪季と英は胡乱げな視線を向けた。
仁王立ちをしているのはスーツ姿の男で、何故かメガネの間に青々とした葉っぱを挟み込んでいる。よく見れば、ひざは土で汚れているようだ。
雪季と英は、男に向けた視線を一度切り、互いに向ける。知り合い? いや。そんな無言の会話に、男は更に激高したようで、声を荒げる。体ごと、雪季に向かっている。
「人の浮気を疑っといて、そっちこそなんやそいつ!」
「どなたとお間違いですか?」
「何を――!」
「何雪季、どっかでサクラって偽名でも使った?」
「ない」
「ふうん。まあ、人間三人は似た奴がいるっていうし。おめでとう、雪季の一人目が見つかったみたいだな」
「どこがめでたいんだ」
淡々とした英と雪季のやり取りに、ややあって、男は、がくりと肩を落とした。それどころか、膝を抱えてしゃがみ込む。
「…声が違う…」
別人だから当たり前だろうと、雪季は闖入者を眺めやりながら、三分の一ほどに減った広島焼の攻略を続けた。
クレープ状の生地に大量のキャベツと豚肉、卵などの具材を重ねていって焼き上げるお好み焼きを広島焼と呼ぶなら、生地に多くの具をあらかじめ混ぜて焼くお好み焼きは大阪焼きとでも呼ぶべきだ、と主張したのは、今となっては連絡の取りようもない、仕事中に知り合った誰かだ。広島県の出身だと言っていた。
「あー…ソースとはあんまり合わなかったなこれ」
「…そう言いながら今渡すな」
「飲まない?」
「飲む」
差し出されたビールのカップを受け取り、英の感想を受けて、一旦水を飲んでソースを洗い流す。
しっかりとミカンの味もするビールは、美味しいが、確かにソースとはあまり合わないかも知れない。屋台で売っているようなものなら、塩焼き鳥くらいの方が良さそうだ。
「広島焼き、あと全部よろしく。こっちは俺がもらう」
ビールのカップを奪って、まだ半分近く残っているパックを押し付けてくる。一瞬文句を言おうかと思ったが、面倒でパックを持ち上げた。夕飯時で、それなりに腹はすいている。
「参道ってさあ、神様の前庭みたいなもんだよな? そこをこれだけごみで汚して、それっていいものなのかとか思わないもんなのかな。…何?」
「…いや。信仰心があるというのが意外だった」
そういえばさっきも、店に行く前にお参りしようと言っていた。雪季はてっきり、英は無神論者だと思い込んでいた。
ところが英は、ビールを飲みながらも器用に、首をかしげた。
「ないけど?」
「え」
「ここで祀られてる神様も、調べたけど忘れた。それでも信心深いって言う?」
「いや…信心深いとまでは言ってないが…」
三分の一くらいは残っていただろうビールを一息に飲み干し、りんご飴のビニールをはぎ取りながら、英はもう一度首をかしげる。
「神様がいようといなかろうとこの世界なら、信じたって意味ないし。これまで生きて来て、別に、神様がどうこうしてくれたからだって思うようなこともないし。…あー。何だっけ、神は乗り越えられるものにしか試練を与えないだか何だか、そんなこと言ってくるような神なら要らないし」
大まかになら、雪季も似たような考えだ。
神も幽霊も怪奇現象も雪季の中では同列で、在ろうと無かろうと、現在は変わらないのだろうからどうでもいい。何らかの形で現れれば対応はするだろうが、それだけだ。例えば、英に関わるあの手のように。
英もそういった考え方なのはある意味予想通りなのだが、それでは先ほどの発言は。
どう訊いたものかと考えて、面倒になってもう投げようか、と思ってしまう入り口あたりで、英が先に口を開いた。
「ややこしい名前だとか仕組みだとか作っちゃって、建物やらしきたりやら作って守って、そういう人の営み自体は凄いと思うからさ。そういったところはまあ、敬意を払おうかなと。キリスト教徒じゃなくたって、教会に入ったら帽子ぐらい脱ぐし、仏教徒じゃなくても板張りの寺で靴くらい脱ぐみたいな」
「…なるほど」
「宗教って隅から隅まで実に人間らしくて、面白いと思うんだよな。信仰はできないけど」
「多分、わかる」
「あー…うん。だと思った」
うっすらと笑んで、英はりんご飴をかじった。側面の、薄く張った飴の層とリンゴの果実をかみ砕く。
「え」
「え?」
思わず上げてしまった声に、驚いたように英が見返してくる。
珍しく、演技をしていそうな気配もなく、かといって、感情を感じさせないものではない、本当に、ただ吃驚したような眼をしている。
「いや…かじるんだと、思って」
「え? それ以外にどうやって?」
「…飴をなめてた記憶しかない」
「えー。それなら飴買えよ、りんご全否定かよ」
「…飴舐めてから食べてたんじゃないか、多分」
ゆっくりと夜店を眺め歩くこと自体が久々で、りんご飴を食べたのは、きっと、まだ両親がいた頃が最後だ。
ぶどう飴は何かの流れで師の店の常連たちと屋台を覘いた際に買った気がするが、あれも飴と中身はほとんど別々に食べたような気がする。
何故か、憐れむような目を向けられた。
「雪季はりんご飴のおいしさをわかってない」
何を言い出すのか。
「中のリンゴだけ食べたって味気ないだろ。こういうのに使われてるのは大体、正規ルートに乗らないやつとか食べ時ちょっと過ぎちゃったやつなんだって。飴があるからそこそこおいしく食べられるのに、まさか別々に食べるなんて。かわいい子とかがちょっとずつ舐めてるようなのは絵にはなるけど、あいつら結構リンゴ自体はおいしくないって捨ててるからな」
珍しく英の言葉に熱がこもり、逆に、雪季は醒めた目を向けてしまう。手の中の、まだほんのりと熱を持つビニールパックの存在を思い出して、英の言葉を適当に聞き流しながら箸を運ぶ。ソースは最強だ。
「ちょっ、聞いて――」
「サクラ! その男は誰や!?」
唐突に。後方の茂みから飛び出た声と人影に、雪季と英は胡乱げな視線を向けた。
仁王立ちをしているのはスーツ姿の男で、何故かメガネの間に青々とした葉っぱを挟み込んでいる。よく見れば、ひざは土で汚れているようだ。
雪季と英は、男に向けた視線を一度切り、互いに向ける。知り合い? いや。そんな無言の会話に、男は更に激高したようで、声を荒げる。体ごと、雪季に向かっている。
「人の浮気を疑っといて、そっちこそなんやそいつ!」
「どなたとお間違いですか?」
「何を――!」
「何雪季、どっかでサクラって偽名でも使った?」
「ない」
「ふうん。まあ、人間三人は似た奴がいるっていうし。おめでとう、雪季の一人目が見つかったみたいだな」
「どこがめでたいんだ」
淡々とした英と雪季のやり取りに、ややあって、男は、がくりと肩を落とした。それどころか、膝を抱えてしゃがみ込む。
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