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夜祭
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煌々とつけられた夜店のライトがまぶしい。そして、鉄板で熱されたソースのにおいは凶悪だ、と雪季は思う。
「雪季、焼きそばとたこ焼きどっちがいい?」
「…広島焼き」
「なるほど」
楽し気に、目についた広島焼きの屋台に突撃する英の背を見送る。やはり、ソースに動かされたのだろうか。
先程購入したベビーカステラの紙袋を片手に下げ、そこだけ見れば食べ盛りの高校生のようだ。高校生よりもずっと軍資金があるだけに、食べきれない量を買い込まないかは心配だが。
珍しく男性用も数種類から選べた旅館の浴衣を着込み、屋台の立ち並ぶ雑踏に一人で立っていると、不意にいろいろと見失いそうになる。雪季が素直にこういった雰囲気を楽しめたのは、まだ、両親が生きていた時分のことだっただろうか。
仕事で訪れた和歌山で、温泉があるからと宿を決め、偶然宿泊日が宵宮で出店が出ているらしいと情報を集め。そういったこともどちらかと言えば秘書仕事の範疇ではないのかと、いつものように雪季は己の存在意義を見失う。
「雪季! なんかあっちにクラフトビールの屋台出てた。見に行こう」
広島焼きのパックが入っているのだろう白いビニール袋をぶら下げ、何故か真っ赤なりんご飴まで手にして英が笑う。ちらりちらりと行き交う主には女性らの視線を集めていることには気付いているだろうが、無頓着に。
「…売れるのか? 夜店で?」
「さあ?」
どうしても大量生産していないものは、単価が上がる。いくら祭り気分で浮き立っているとはいえ、屋台価格の缶ビールを使い捨てのカップに入れただけのものよりも上値をつけなければ採算が取れないようなものが成り立つのか。
「クラフトビールはわりと好きだろ? 行こう」
結構な人込みだというのに、雪季が後を追うことを疑わずに背を向ける。一瞬だけ、このまま宿に帰ってやろうかとの考えが雪季の頭をかすめたが、言われた通りに、それぞれに個性的なクラフトビールは気になる。
そうしてたどり着いた屋台は、確かにクラフトビールを売っていた。地元に醸造所があるという三種。更には、近くに店舗があるようで、どちらかと言えばその宣伝をするための出店のようだった。
鮮やかなオレンジ色の、蜜柑を使ったものに視線を注ぎつつ英が、もらったショップカードをひらりと示して見せる。
「行く?」
「…夜店見たいんじゃなかったのか」
「今日だけ、持ち込みオッケーだって言うし。さくっとお参りだけして、屋台のジャンクフード買い込んでまったりとか。ここで買ってその辺で呑んでもいいけど、店の方が色々置いてるんだよね?」
ほんの瞬く間に屋台の青年と気安く話す英の姿に、どこに行っても変わらないと幾らか呆れた気分になる。
客商売なので青年の方も人馴れしてはいるのだろうが、目の前で連絡先のやり取りが始まり、雪季には何故そうなるのかがさっぱりわからない。いっそ芸の域ではないかと思う瞬間だ。
結局、とりあえず英が気を惹かれた蜜柑色の一杯だけを購入して、ぶらぶらと神社へと足を向ける。
「あーでも冷めるかな。その辺で、とりあえず食べる?」
「…そうだな」
参道にずらりと居並ぶ屋台の裏側にはブロックで囲まれた花壇があるようで、何人もがその縁に腰かけている。
やはり買い食いがてらの一休みが多いようで、よく見れば足元には不届きにも捨て去られたごみも多い。ここまで歩いてくる途中にも、何か所もごみ集積所を設けていたのだから、そこまで持って行けばいいだけだろうにとため息が落ちる。
「ん? 疲れた?」
「…いや」
顔を覗き込まれ、大したことを考えていたわけではないのでどう言ったものかと言葉を探すうち、面倒になって放り投げる。
たまに、よほど人でなしなのは英よりも自分の方ではないだろうかと雪季は思う。
「違うならいいけど、雪季案外人見知りだからさー。たくさん人に会った上にこの人込みで、疲れちゃったかと」
雪季に人見知りだという自覚はない。からかうような色合いの視線に、その決めつけもからかいの一環なのかと悩みかけて、そんなところに乗ってどうする、と軽く頭を振る。
「冷めるんだろう。さっさと食べよう」
「…ん。この辺でいいか」
適当に空いたところに座った英に応じて、雪季も腰を落とす。借り物の浴衣が汚れないか少し気になるが、湿った感じもないので大丈夫だということにしておく。
白いビニール袋から取り出されたビニールパックは一つで、よかった、と思う。英は気分屋の基本小食なので、二パックあれば、一人前以上を雪季が胃に収める羽目になっていただろう。割り箸はちゃんと二膳ある。
「雪季、焼きそばとたこ焼きどっちがいい?」
「…広島焼き」
「なるほど」
楽し気に、目についた広島焼きの屋台に突撃する英の背を見送る。やはり、ソースに動かされたのだろうか。
先程購入したベビーカステラの紙袋を片手に下げ、そこだけ見れば食べ盛りの高校生のようだ。高校生よりもずっと軍資金があるだけに、食べきれない量を買い込まないかは心配だが。
珍しく男性用も数種類から選べた旅館の浴衣を着込み、屋台の立ち並ぶ雑踏に一人で立っていると、不意にいろいろと見失いそうになる。雪季が素直にこういった雰囲気を楽しめたのは、まだ、両親が生きていた時分のことだっただろうか。
仕事で訪れた和歌山で、温泉があるからと宿を決め、偶然宿泊日が宵宮で出店が出ているらしいと情報を集め。そういったこともどちらかと言えば秘書仕事の範疇ではないのかと、いつものように雪季は己の存在意義を見失う。
「雪季! なんかあっちにクラフトビールの屋台出てた。見に行こう」
広島焼きのパックが入っているのだろう白いビニール袋をぶら下げ、何故か真っ赤なりんご飴まで手にして英が笑う。ちらりちらりと行き交う主には女性らの視線を集めていることには気付いているだろうが、無頓着に。
「…売れるのか? 夜店で?」
「さあ?」
どうしても大量生産していないものは、単価が上がる。いくら祭り気分で浮き立っているとはいえ、屋台価格の缶ビールを使い捨てのカップに入れただけのものよりも上値をつけなければ採算が取れないようなものが成り立つのか。
「クラフトビールはわりと好きだろ? 行こう」
結構な人込みだというのに、雪季が後を追うことを疑わずに背を向ける。一瞬だけ、このまま宿に帰ってやろうかとの考えが雪季の頭をかすめたが、言われた通りに、それぞれに個性的なクラフトビールは気になる。
そうしてたどり着いた屋台は、確かにクラフトビールを売っていた。地元に醸造所があるという三種。更には、近くに店舗があるようで、どちらかと言えばその宣伝をするための出店のようだった。
鮮やかなオレンジ色の、蜜柑を使ったものに視線を注ぎつつ英が、もらったショップカードをひらりと示して見せる。
「行く?」
「…夜店見たいんじゃなかったのか」
「今日だけ、持ち込みオッケーだって言うし。さくっとお参りだけして、屋台のジャンクフード買い込んでまったりとか。ここで買ってその辺で呑んでもいいけど、店の方が色々置いてるんだよね?」
ほんの瞬く間に屋台の青年と気安く話す英の姿に、どこに行っても変わらないと幾らか呆れた気分になる。
客商売なので青年の方も人馴れしてはいるのだろうが、目の前で連絡先のやり取りが始まり、雪季には何故そうなるのかがさっぱりわからない。いっそ芸の域ではないかと思う瞬間だ。
結局、とりあえず英が気を惹かれた蜜柑色の一杯だけを購入して、ぶらぶらと神社へと足を向ける。
「あーでも冷めるかな。その辺で、とりあえず食べる?」
「…そうだな」
参道にずらりと居並ぶ屋台の裏側にはブロックで囲まれた花壇があるようで、何人もがその縁に腰かけている。
やはり買い食いがてらの一休みが多いようで、よく見れば足元には不届きにも捨て去られたごみも多い。ここまで歩いてくる途中にも、何か所もごみ集積所を設けていたのだから、そこまで持って行けばいいだけだろうにとため息が落ちる。
「ん? 疲れた?」
「…いや」
顔を覗き込まれ、大したことを考えていたわけではないのでどう言ったものかと言葉を探すうち、面倒になって放り投げる。
たまに、よほど人でなしなのは英よりも自分の方ではないだろうかと雪季は思う。
「違うならいいけど、雪季案外人見知りだからさー。たくさん人に会った上にこの人込みで、疲れちゃったかと」
雪季に人見知りだという自覚はない。からかうような色合いの視線に、その決めつけもからかいの一環なのかと悩みかけて、そんなところに乗ってどうする、と軽く頭を振る。
「冷めるんだろう。さっさと食べよう」
「…ん。この辺でいいか」
適当に空いたところに座った英に応じて、雪季も腰を落とす。借り物の浴衣が汚れないか少し気になるが、湿った感じもないので大丈夫だということにしておく。
白いビニール袋から取り出されたビニールパックは一つで、よかった、と思う。英は気分屋の基本小食なので、二パックあれば、一人前以上を雪季が胃に収める羽目になっていただろう。割り箸はちゃんと二膳ある。
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