回りくどい帰結

来条恵夢

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来訪

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 笹倉を葉月ハヅキと山本が話し込んでいる部屋に送り届けてリビングに戻ると、アキラの姿はなかった。風呂場に人がいるようなので、四十万シジマや中原が起きて入っているのでなければ、英だろう。
 残っているのは、飲み食いした食器と、ソファーで眠る三浦。
 このまま放っておいても風邪をひくこともないだろうが、せっかく布団をいているのだからそちらに運んだ方がいいような気もする。どうせなら体格のいい英が運んでいてくれればと思うが、期待するだけ無駄だろう。

「三浦さん。三浦さん、起きられますか?」
「んー…」

 うなり声は返るが、言葉にはならず目も開かない。
 何度か繰り返し、雪季セッキは諦めのため息をついた。仕方なく、タオルケットをいでから三浦の体の下に腕を差し入れる。なるべく自分の体の重心に引き付けて、持ち上げる。身長差があるので、布団をひっかける要領で肩にかつぎ上げた。
 予想していた通り、力技でもどうにか運べる重さだ。
 先に戸を開けておくべきだった、と気づいたときには遅く、肩だけでも支えられはするのだがバランスを崩すと三浦ごと倒れそうなので、一旦、慎重に立ち止まる。

「何やってんだ?」
「開けてくれ、手がふさがってる」
「…見りゃわかるけど」

 何故か呆れたような声だったが、素直に戸は開けられた。部屋の中央に敷いていた布団に、頑張ってゆっくりと三浦を下ろす。そうしてから、掛布団の上に降ろしたと気づいてひたいを押さえる。
 結局、ソファーに残したタオルケットをかけて終わらせた。

「あの人運べるってことは、雪季、俺も運べたりする?」

 風呂上がりの英は、いつものようにバスローブ姿で、手にしたバスタオルで大雑把おおざっぱに髪をいている。ソファーに腰を下ろした英の前を素通りして、雪季は食器を流しへと運ぶ。

「引きずってもいいなら」
「えー? ユーキさんはあれだけ丁寧に運んどいて、俺の扱いひどくない?」

 あれはあれで雑だが、多分、そういう問題でもない。

「体重。お前の方が重いだろ」
「あー…筋肉ないもんなあ、ユーキさん。身長だけなら同じくらいだけど。…雪季ってもしかして、案外体重ある? 細身に見えるけど筋肉質だよな?」
「…多少は」

 興味津々、といった風に視線がそそがれるが、雪季としては、だらけた生活を送っている英が脂肪でなく筋肉を維持しているところが謎だ。
 雪季の知る限り運動をしている様子もないのだが、プライベートの外出時にジムにでも行っているのだろうか。少なくとも、暗殺対象で調査していた時には通っていなかったはずだが。
 護衛上、どの程度動けるのかくらいは把握しておいた方がいいかな、などと今更ながら考えながら食器類を洗いにかかる。

「…飲んでたのに風呂に入るなよ」
「あー。いや、そんなに飲んでないし。さすがに、飲んで帰って飲み足りなくてワイン一人で一瓶空けた後に風呂入った時は回ったけど」
「下手したら死ぬぞ」
「大丈夫大丈夫、意識失ってたの浴槽よくそうの外だったから」

 それのどこがどう大丈夫なのか。
 どう言ったものかと言葉を探しているうちに、あれ、と首をかしげて英が先に口を開く。

「前俺が風呂場で倒れた時、じゃあ実は引きずられてた?」

 インフルエンザの時か、と思い出す。
 しかし先程の飲酒時といい、何故入らない方がいい時にかたくなに風呂に入ろうとするのか。普段は、面倒がって出掛けにシャワーだけで済ませることもあるというのに。

「覚えてないのか」
「んん?」
「かろうじて立てたから、肩を貸すくらいでどうにかなった」
「へえ。全然覚えてない。意識なかったのか、熱で飛んだのか」
「何にしても、無茶をするな」

 返答がなく、無視されたかと視線を向けると、ぼんやりと表情のない英が、のろりと見返してきた。慣れてきているはずなのに、少し身構えてしまう。

「雪季のそれさ、何なの」
「…何、とは」 

 体温を感じさせない眼だと思う。まばたきが少ないせいで、爬虫類じみた印象を受けるせいなのかもしれない。何か、違うものを見ているように思えるのだろうか。
 確か蛇は、視力がおとる代わりに、熱をる器官があるのではなかっただろうか。
 洗い終えた食器をかごに置いたまま、食器棚に軽く寄りかかる。

「インフルエンザも、酒飲んで風呂入るのも、別に、ほっといてもいいのに」
「両方、下手したら死ぬぞ」
「じゃあ。…じゃあ、世話焼くのはなんで。食事も、洗濯とか掃除も、生死にかかわるようなことじゃない」
「…食費は出すから作ってほしい、と言ったのはお前じゃなかったか?」

 ついでに、名目上とはいえハウスキーパーとしての報酬が毎月振り込まれている。一応それが護衛料と雪季は認識しているが、怪しまれない程度にはその役目も果たしているだろう自負はある。
 何より、料理はほとんど趣味のようなものなので、食材をふんだんに使えるこの状況は恵まれたものだと思っていたのだが。
 不意に、英は表情を取り戻した。何故か、絶望したようなかおで見つめられる。

「雪季…オカン体質って言われない…?」
「………ない」
「嘘だ」 

 語尾を踏みつける勢いの断言に、雪季は、つい目をらす。言われたことがないのは本当だ。

「なんか…その気もないのに優しくしないで、って言う女の子の気持ちわかる」

 深々とため息とともに吐き出された言葉に数舜、腕組みをして考え込む。それぞれの立ち位置は。

「…寝る」
「えぇー会話途中でぶった切るぅー?」
「語尾を伸ばすな気色悪い。お前もさっさと上に上がれ」
「も少し飲んでく」
「ほどほどにしろよ」
「雪季も飲む? 開けそこねたシードル冷えてるんだけど。ケーキ食べるときにでも開けようかと思ってたのにうっかりして。雪季、きっつい酒好きだけど、意外に軽くて甘いのも好きだよな」

 言いながら、カウンターを回り込んで冷蔵庫に歩み寄る。雪季としては、出入り口をふさがれた形にもなる。
 野菜室から黄緑がかった四合半ほどのボトルを引き抜き、顔の横あたりまで持ち上げて笑顔とともにボトルラベルを見せてくる。まるで、宣伝用の写真素材のようだ。

「炭酸で腹膨れるから、一人で空けるのはしんどいしさ」
「…飲んだら寝ろよ」
「うん」

 食器棚からワイングラスを二客出すうちに、英が慣れた手つきでコルクを抜きにかかる。
 英がカウンターに腰を下ろし、雪季はカウンター内にいつものように折りたたみ椅子を出して座った。少し飲むくらい立ったままでもいいのだが、それではバーの客と店員のようだ。
 グラスに、ほんのりと黄色味を帯びて泡を含んだ透明な液体が注がれる。かちりと、小さくグラスが打ち合わされた。

「カナさんと何話してた?」

 それぞれ一口飲飲むのを待ったような間合いで、英が口を開いた。笹倉の名を呼ぶ。
 そもそもの知り合い同士が多いこともあって、仕事中はそれぞれ名字で呼び合っても、時間外であればそれまでの呼び名を使うことの方が多い。雪季もすっかり、社員たちのそんな呼び方を覚えてしまった。
 暗殺対象の調査のための暗記ではなくごく自然に覚えたそれらが、どこかこそばゆい。

「そろそろ、採用されてから一年くらいだなとかそんな話」
「それだけ? そんなの、わざわざ聞かれないように外出てまで話さなくていいのに」
「酔ったって言ってたから、少し歩きたかったんだろ」

 実際、笹倉であれば英が目の前にいたところで口にしたような話ではあった。あるいは、雪季をこそ気遣きづかってくれたのかもしれない。言いたかったことを言い切れなかっただけかもしれないが。

「人妻とのランデヴー? ほどほどにしろよ、あそこは浮気されたら相手を刺して女房の監禁に走るタイプだと思うから、雪季だと抵抗して逆に過剰防衛で捕まりそう」
「………人の家庭で遊ぶな。想像の上でとはいえ」
「本当にそういうタイプなんだって。基本温厚だし沸点高いけど、切れたら怖い。あとカナさんにべたぼれ。あそこの夫婦と一緒に飲んでると、俺、さりげなく牽制けんせいされる」

 今日の飲み会で残っていたドライフルーツとナッツを小皿に盛る。

「…だから、笹倉さんには手を出してないのか?」

 少なくとも、友人あるいは知人の妻だからという理由ではないだろう。笹倉自身が友人だから、というのも考えにくい。
 英は、干からびたパイナップルをつまんでゆるりと首を振った。

「そこはカナさんの功績。防御鉄壁だから、あの人。まず俺と二人きりにならないようにしてるし、どうしてもってときはワンタップで警察にでも繋がるんじゃないかって勢いでケータイ離さないし。それ俺に見せつけて防御線張りまくり」
「…言われてみれば、俺が席外してるとき、葉月さんのとこに行ってることが多いような」
「あいつは大体巣にいるから、多分あの部屋安全地帯とか思われてる。下手したら、山本にもやばいと思ったら逃げ込めとか言ってそう。…やっぱり俺の扱い、ひどくない?」
「適切な対応だな」
「えー」
「おかげでセクハラや性犯罪で訴えられずに済んでるんだろ。むしろ感謝すべきじゃないか」
「俺今まで合意なしでやったことないんだけど」

 それでも大分問題しかない気がする。
 そして心底、笹倉が得難えがたい人材だったのだと実感する。よくぞ、甘言かんげんに乗った上に居ついてくれたものだ。

「まあ、それだけ警戒してくれるってことは、俺のこと魅力的だって思ってるってことだからそれはそれでいいんだけど」
「いいのか」
「うん。それはそれで、可愛かわいいし。頑張ってるなって思うし。興味持たれないのが一番つまらない」

 それは、子どもが好きな子に嫌がらせをするような心理ではないのか。お互い大人だし、笹倉もそのあたりはわかって付き合っているのだろうからいいが、変な人間関係だとつくづく思う。
 雪季の空いたグラスに、英がシードルをそそぐ。泡がおどった。そうして自分もグラスを干して、そちらにも注ぎ入れる。

「辛口って聞いてたけど、それでもやっぱ甘めだな」
「りんごだから」
「あー…まあそうか…?」
「あと、その甘く感じてるのは酒か?」
「ん?」
「つまみ」

 手元を見て、ようやく気付いたように笑う。手元のドライフルーツは、マンゴーに変わっていた。

「あとさ、雪季、俺の母親。今日来た方の」

 他の社員たちの前で、今後適当に追い返していい、と言っていたはずだが。ざっくりと事情を話して、ついでに今日の顛末も話して、何を言われても中途半端に動揺しないようにとやんわりと釘も刺していた。
 それ以上に何かあるのかと、無言で先をうながす。
 グラスを干し、新しくシードルを注ぎ入れて、ワイングラスをくるりと回し、英はじっと雪季を見た。

「何か言われたら、適当に話合わせといてくれる?」
「…さっきもそういう話してなかったか?」
「ん? んー…いや、ちょっと違う。俺が言ってるのは、高校からずっと付き合ってるってことの方」
「ああ…否定はしないけど積極的に演技しろとかは」
「そこまでは言わない。雪季案外、嘘嫌いだよな」

 くるくると手品でも始めそうな調子でグラスを回していた英は、グラスの中を覗き込むようにして言葉を落とす。

「細かいのでも、俺が嘘つくとにらんでくるだろ。今日みたいな、る嘘はそうでもないけど、普段とか」
「…そうか?」
「うん。それで俺、あー今の嘘だったか、とか気付くの多くなった。別に、だからって変えようとは思わないけど。逆に雪季はそうやって見てるの気付いてないっぽかったから、なんか面白いなって思ってた」

 顔を上げて、視線を雪季に向ける英は子どものように笑っていて、これも皮一枚の演技なのか本心なのか、雪季にはよくわからなかった。
 グラスの中で、シードルの泡が静かに上がっていった。
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