回りくどい帰結

来条恵夢

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会合

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 どうしてこうなった。

 雪季セッキの頭の中をぐるぐると回るその言葉を止めようにも、それしか浮かばない。どこをどう間違えてこんなことになっているのか。きっと、それを解明しようとすれば、少なくとも雪季の母の誕生のあたりにまで遡るのではないだろうか。十年前よりも更に巻き戻ることに気付いて、ため息も出ない。
 焼酎の梅割りを片手に、いつものようにのんびりと唐揚げをつまむアキラを、もはや睨み付ける気力もない。

「雪季? 飲まないのか?」
「…今日はやめておく」
「今更緊張することもないだろう」

 わずかに苦笑を含んだ秦野ハタノの声に、雪季は力なく視線を向けた。
 薄々気付いてはいたが、やはりこの二人は、会わせてはいけない組み合わせだったに違いない。少なくとも雪季にとっては、大凶るコンビだ。

 日程調整に手間取り、英から思いがけない「伝言」を聞かされてから、確認を取るのが今日になってしまった。もう、あれから半月ほどがって、今年は残り一月もない。
 本当は無理やりにでも会うことはできただろうに今日まで持ち越したのは、やはり、いくらか怖気づいていたからだろう。
 だというのに。

「それなら食べろよー。俺こんなに食べないからな。こっちの年寄りももうそんな食べられないだろうしさ」
「若造の自覚があるならこのくらい軽く平らげてもらいたいものだな」
「それはどっちかと言えば雪季に任せてて俺の役目じゃないから」
「君の役目はただの置き物か」

 確認はものの数秒で終わり、食い下がって更なる説明を求めたところで、せいぜい数分延びた程度だった。
 そうして後は、どうやってもついて来て離れなかった英と一緒に酒盛りが始まってしまった。料理は、居酒屋の残り物に、雪季が厨房を借りて数品増やした。
 その間、離れて見れば実になごやかそうな表情や口調なのに、よく聞くととげだらけの会話が延々と続いていた。
 そもそも、死後に伝えてほしいと言われていた「伝言」をあっさり暴露してしまった英に秦野が文句の一つもあるのは当然ではあるのだろうが、聞かされる身にもなってほしい。
 のろりと箸を伸ばして、居酒屋メニューのきんぴらを天ぷらにしたかたまりを口に放り込んだ。まだあたたかい。案外家々で味付けの違うそれが、母と秦野の実家の味だと確認が取れたのは、つい先ほどのことだ。

「…帰る」
「え? そう? じゃあ俺も」

 半分ほどは残っていたグラスを一息に空け、英が立ち上がる。置いて行こうかとも思ったが、仕事帰りで会社に車を止めたままだ。はじめはもちろん英を伴うつもりなどなく、車は英に任せるつもりだった。
 そのまま置いて帰っても問題はないが、雪季は飲んでいないので、乗って帰った方が明日の都合がいい。それなら、別々に帰るのも無駄な手間ではある。

「雪季」

 呼ばれて、視線を向ける。一緒に寝起きをするようになったのは十年以上前で、変わらないようでいて、動作の一つ一つが以前に比べてゆっくりになったようにも感じる。
 椅子から立ち上がった秦野は、カウンターの中へとを進める。

「持って帰りなさい。残っても無駄になる」
「…うん」

 作り足す必要はなかったなと、初めからわかっていたことを改めて感じながら、残ったつまみをビニールパックに詰めていく。いくつかはやはりまだ、温かかった。

「明日の朝にでも食べれば? ああ、ご老体には油が多い?」
「ああ。過剰摂取は若者に任せる」
「…さっきからその老若対決何」
「ろーにゃく?」

 雪季と秦野はてきぱきと手を動かし、英はそれを眺めるともなく眺めやりながら、首を傾げた。

「…老人バーサス若者」

 大雑把に分ければ収まるかも知れないが、秦野は老人というほどではないし、英や雪季も若者と言うにはややかさがいっている。それでも、えて区分をすれば。
 わかりやすく噴き出した英を放置して、パックを輪ゴムでめる。一人で食べ切るには多くても、それほど大量にあるわけでもない。二人でやれば、作業はすぐに終わる。
 パックをビニール袋に入れて、店の出入り口に向かう。英がさっさと先に立った。

「…そのうち」
「うん?」

 振り向き損ねて前を向いたまま、呟くように言葉を落とす。

「…子どもの頃の話を、聞かせてください」

 秦野と母は七歳離れていて、両親を亡くして離れ離れになったのは秦野が高校に上がる前だったという。聞きたいのは母のことなのか秦野自身のことなのかは、雪季にもよくわからないでいる。
 それでも、聞けたらいいなと思った。思えた。

「…たいした思い出はないが、それでいいなら。いつか」
「はい。…おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気をつけて帰りなさい」

 振り返ることなく店を後にして、雪季は短く息を吐き出した。

 結局、変わらないのだろうと思う。同じではなくても、変わらない。そしてそれは、十年以上前のあの日であっても。あの時点で全てを知っていたとしても、同じ選択をしたのではないだろうか。

河東カトウ
「んー?」

 待っていたのか、雪季よりも早く出ていたのにほんの少しだけ前を歩く同級生に声をかける。返事はしたが、振り返ることはなかった。
 吐いた息が白くなって、今日は随分と冷え込むのだと気付く。持ち帰る料理は、家に着いた頃にはすっかり冷え切っているだろう。

「…ありがとう」

 一瞬動きを止めた英は、ややあって振り返った。

「帰ったら飲み直そうぜ。結局俺一杯しか飲んでないし。さっきの焼酎結構おいしかった」
「…どちらかと言えば、梅干しの功績だ。自家製。あと、焼酎のストックはないから飲むならどこかに寄って帰らないと」
「うん、じゃあ寄って帰ろ」

 店に置いていた銘柄は何だっただろうかと考えながら、雪季は英と並んで会社へと引き返していった。二人分の息が、白く尾を引いた。
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