53 / 73
中編
第二幕3
しおりを挟む
「幽霊たちの迷子センターっていうのは、さっき言ったよね。で、仕事はその名の通り、道を見失ってさまよってる人たちを案内すること」
「道、ですか?」
「うん。大抵は、死んだ場所の近くに、それぞれ専用の道が開くんだよ。そこを通ってあの世にいけば問題なし。気付かなかったり無視したりした場合が、迷子」
「無視って…出来るんですか?」
「道そのものに強制力はないから」
話を聞きながら、ゆかりは少し興奮していた。あの世とか幽霊が実際にいるとは思っていたが、まさかこんな風に詳しく知る事が出来るとは思っていなかった。
自分が幽霊になっていると思うだけで、なんだか嬉しい。
「あの、…四十九日とかって、どうなってるんですか? あの世が死人を受け入れるまでの、準備期間だって言う…。私が死んだのは今日、ですけど」
「あー。えっとね。実は、あたしたちも死んでるんだ。あっちも人手不足だから、そうやって人を使っててね。第二の人生、みたいな」
セイギが、呆れたかおをする。それを見て、真理は密かに胸を撫で下ろした。全員がそんな感覚でいるとしたら、実害はないにしても、何か厭だ。
「でも時間が経つにつれて徐々に人が増えるから、昔みたいに待ってもらわなくても良くなったんだよ。だから、四十九日の保留期間どころか、待ち時間も少なくなってきてる。えーっと、それでどこまで話したっけ?」
「あっ、ごめんなさい。私が…」
「彰が脱線するのはいつもとのことじゃ。気にせんで良いよ」
「そうそう。疑問とか出てくるのは仕方ないし。で、どこまで話した?」
セイギとロクダイが視線を見交わして、お互いに首を振る。いつもの事だからと、半ば聞き流していた。次に彰の視線を受けて、ゆかりも慌てて首を振る。自然と、真理に視線が集まった。
真理が、溜息をつく。
「専用の道があるとかってところ」
ああ、と、彰が手を叩く。その様子は子どもそのもので、説明を始める前の冷淡とさえ言える様子は想像もつかない。
「ねえ、今からお払いでもするの? この怪しい置物って、そのための道具?」
真理が、適当に近くの錆びた小剣のようなものを取る。見た目以上に重さがあった。
答えたのは、セイギだった。
「そんなもの必要ない。ただ道を見失っただけなんだから、それさえ通れば逝ける」
「うん。たまに道無き道を行っちゃう人もいるけどね。あ。それは、ロクダイの趣味」
「雑貨屋の商品じゃよ」
間髪入れず訂正する。真理がつかんだものはいつ入手したものかも忘れた文鎮だが、その事には触れない。
真理は興味をなくしたように文鎮を元に戻したが、代わりにゆかりが口を開く。
「道無き道って、何ですか?」
「あっちの世界に行かないで、こっちの世界に無理矢理残る事だよ。あたしたちは『死者』って呼んでる」
「できるんですか?」
「したいの?」
不思議な瞳で、彰が覗き込む。
何も言えずにいると、隣でロクダイがカップを下ろした。
「長くこちらに留まれば、やがては理性を失う。そうして、誰かもわからずに人を襲うようになるだけじゃ。大切な人でさえ――むしろ、大切な人ほど、襲うことになる。わしは、そうなりたくは無い」
「…ああ」
穏やかに、だが断言するロクダイ。セイギは、心持ち俯いて肯いた。彰が、微笑する。
微妙な空気に、ゆかりはうろたえた。不用意な事を言ってしまったらしいと気付き、慌てる。そして、咄嗟に口を開く。
「え、ええと…あの、道って、どこにあるんですか?」
「あっち」
あっさりと、彰が店の奥を指差す。そこは、セイギが出て来た扉だ。調理場にも繋がっているのだ。
「ず、随分近く、なんですね…」
「あ。あれはあなたたち専用の道じゃないんだよ。さっき言ったけど、そっちは死んだ場所の近くにあるから。あれは、代わりの道。つまり、代理道だね」
奇妙な響きに、漢字が浮かんでこない。
そのとき、白いものが飛んできた。ついさっき彰が指差した扉を開けて、何かをくわえた真っ白な鳥が飛び込んでくる。
「道、ですか?」
「うん。大抵は、死んだ場所の近くに、それぞれ専用の道が開くんだよ。そこを通ってあの世にいけば問題なし。気付かなかったり無視したりした場合が、迷子」
「無視って…出来るんですか?」
「道そのものに強制力はないから」
話を聞きながら、ゆかりは少し興奮していた。あの世とか幽霊が実際にいるとは思っていたが、まさかこんな風に詳しく知る事が出来るとは思っていなかった。
自分が幽霊になっていると思うだけで、なんだか嬉しい。
「あの、…四十九日とかって、どうなってるんですか? あの世が死人を受け入れるまでの、準備期間だって言う…。私が死んだのは今日、ですけど」
「あー。えっとね。実は、あたしたちも死んでるんだ。あっちも人手不足だから、そうやって人を使っててね。第二の人生、みたいな」
セイギが、呆れたかおをする。それを見て、真理は密かに胸を撫で下ろした。全員がそんな感覚でいるとしたら、実害はないにしても、何か厭だ。
「でも時間が経つにつれて徐々に人が増えるから、昔みたいに待ってもらわなくても良くなったんだよ。だから、四十九日の保留期間どころか、待ち時間も少なくなってきてる。えーっと、それでどこまで話したっけ?」
「あっ、ごめんなさい。私が…」
「彰が脱線するのはいつもとのことじゃ。気にせんで良いよ」
「そうそう。疑問とか出てくるのは仕方ないし。で、どこまで話した?」
セイギとロクダイが視線を見交わして、お互いに首を振る。いつもの事だからと、半ば聞き流していた。次に彰の視線を受けて、ゆかりも慌てて首を振る。自然と、真理に視線が集まった。
真理が、溜息をつく。
「専用の道があるとかってところ」
ああ、と、彰が手を叩く。その様子は子どもそのもので、説明を始める前の冷淡とさえ言える様子は想像もつかない。
「ねえ、今からお払いでもするの? この怪しい置物って、そのための道具?」
真理が、適当に近くの錆びた小剣のようなものを取る。見た目以上に重さがあった。
答えたのは、セイギだった。
「そんなもの必要ない。ただ道を見失っただけなんだから、それさえ通れば逝ける」
「うん。たまに道無き道を行っちゃう人もいるけどね。あ。それは、ロクダイの趣味」
「雑貨屋の商品じゃよ」
間髪入れず訂正する。真理がつかんだものはいつ入手したものかも忘れた文鎮だが、その事には触れない。
真理は興味をなくしたように文鎮を元に戻したが、代わりにゆかりが口を開く。
「道無き道って、何ですか?」
「あっちの世界に行かないで、こっちの世界に無理矢理残る事だよ。あたしたちは『死者』って呼んでる」
「できるんですか?」
「したいの?」
不思議な瞳で、彰が覗き込む。
何も言えずにいると、隣でロクダイがカップを下ろした。
「長くこちらに留まれば、やがては理性を失う。そうして、誰かもわからずに人を襲うようになるだけじゃ。大切な人でさえ――むしろ、大切な人ほど、襲うことになる。わしは、そうなりたくは無い」
「…ああ」
穏やかに、だが断言するロクダイ。セイギは、心持ち俯いて肯いた。彰が、微笑する。
微妙な空気に、ゆかりはうろたえた。不用意な事を言ってしまったらしいと気付き、慌てる。そして、咄嗟に口を開く。
「え、ええと…あの、道って、どこにあるんですか?」
「あっち」
あっさりと、彰が店の奥を指差す。そこは、セイギが出て来た扉だ。調理場にも繋がっているのだ。
「ず、随分近く、なんですね…」
「あ。あれはあなたたち専用の道じゃないんだよ。さっき言ったけど、そっちは死んだ場所の近くにあるから。あれは、代わりの道。つまり、代理道だね」
奇妙な響きに、漢字が浮かんでこない。
そのとき、白いものが飛んできた。ついさっき彰が指差した扉を開けて、何かをくわえた真っ白な鳥が飛び込んでくる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる