月夜の猫屋

来条恵夢

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中編

第二幕3

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「幽霊たちの迷子センターっていうのは、さっき言ったよね。で、仕事はその名の通り、道を見失ってさまよってる人たちを案内すること」
「道、ですか?」
「うん。大抵は、死んだ場所の近くに、それぞれ専用の道が開くんだよ。そこを通ってあの世にいけば問題なし。気付かなかったり無視したりした場合が、迷子」
「無視って…出来るんですか?」
「道そのものに強制力はないから」
 話を聞きながら、ゆかりは少し興奮していた。あの世とか幽霊が実際にいるとは思っていたが、まさかこんな風に詳しく知る事が出来るとは思っていなかった。
 自分が幽霊になっていると思うだけで、なんだか嬉しい。
「あの、…四十九日とかって、どうなってるんですか? あの世が死人を受け入れるまでの、準備期間だって言う…。私が死んだのは今日、ですけど」
「あー。えっとね。実は、あたしたちも死んでるんだ。あっちも人手不足だから、そうやって人を使っててね。第二の人生、みたいな」
 セイギが、呆れたかおをする。それを見て、真理まりは密かに胸をで下ろした。全員がそんな感覚でいるとしたら、実害はないにしても、何か厭だ。
「でも時間がつにつれて徐々に人が増えるから、昔みたいに待ってもらわなくても良くなったんだよ。だから、四十九日の保留期間どころか、待ち時間も少なくなってきてる。えーっと、それでどこまで話したっけ?」
「あっ、ごめんなさい。私が…」
あきらが脱線するのはいつもとのことじゃ。気にせんで良いよ」
「そうそう。疑問とか出てくるのは仕方ないし。で、どこまで話した?」
 セイギとロクダイが視線を見交わして、お互いに首を振る。いつもの事だからと、半ば聞き流していた。次に彰の視線を受けて、ゆかりも慌てて首を振る。自然と、真理に視線が集まった。
 真理が、溜息をつく。
「専用の道があるとかってところ」
 ああ、と、彰が手を叩く。その様子は子どもそのもので、説明を始める前の冷淡とさえ言える様子は想像もつかない。
「ねえ、今からお払いでもするの? この怪しい置物って、そのための道具?」
 真理が、適当に近くの錆びた小剣のようなものを取る。見た目以上に重さがあった。
 答えたのは、セイギだった。
「そんなもの必要ない。ただ道を見失っただけなんだから、それさえ通ればける」
「うん。たまに道無き道を行っちゃう人もいるけどね。あ。それは、ロクダイの趣味」
「雑貨屋の商品じゃよ」
 間髪かんはつ入れず訂正する。真理がつかんだものはいつ入手したものかも忘れた文鎮ぶんちんだが、その事には触れない。
 真理は興味をなくしたように文鎮を元に戻したが、代わりにゆかりが口を開く。
「道無き道って、何ですか?」
「あっちの世界に行かないで、こっちの世界に無理矢理残る事だよ。あたしたちは『死者』って呼んでる」
「できるんですか?」
「したいの?」
 不思議な瞳で、彰が覗き込む。
 何も言えずにいると、隣でロクダイがカップを下ろした。
「長くこちらにとどまれば、やがては理性を失う。そうして、誰かもわからずに人を襲うようになるだけじゃ。大切な人でさえ――むしろ、大切な人ほど、襲うことになる。わしは、そうなりたくは無い」
「…ああ」
 穏やかに、だが断言するロクダイ。セイギは、心持ち俯いて肯いた。彰が、微笑する。
 微妙な空気に、ゆかりはうろたえた。不用意な事を言ってしまったらしいと気付き、慌てる。そして、咄嗟に口を開く。
「え、ええと…あの、道って、どこにあるんですか?」
「あっち」
 あっさりと、彰が店の奥を指差す。そこは、セイギが出て来た扉だ。調理場にも繋がっているのだ。
「ず、随分近く、なんですね…」
「あ。あれはあなたたち専用の道じゃないんだよ。さっき言ったけど、そっちは死んだ場所の近くにあるから。あれは、代わりの道。つまり、代理道ダイリドウだね」
 奇妙な響きに、漢字が浮かんでこない。
 そのとき、白いものが飛んできた。ついさっき彰が指差した扉を開けて、何かをくわえた真っ白な鳥が飛び込んでくる。 
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