月夜の猫屋

来条恵夢

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中編

第三幕1

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 桜が咲き乱れている。
 染井吉野ソメイヨシノ彼岸桜ヒガンザクラ八重桜ヤエザクラ枝垂桜シダレザクラ大島桜オオシマザクラ…。
 一度に咲くとは思えない様々な桜が、全て満開に咲き乱れている。見渡す限り桜が咲き、風に花弁が舞い散る。だが、どの木も満開だった。
 二人は、その光景に目を見張った。
 他の二人が、それを微笑して見ている。
「お弁当持って来れば良かったかな」
「作るの誰だと思ってるんだよ」
「もちろん、セイギ。いいじゃない、趣味と実益。便利だね―」
「遅いな」
 故意にか否か、セイギはあきらの言葉を無視して、木々の向こうを眺めやった。どこまでも続く桜の木しか見えないが、その方向に進んでいけば、そのうち小屋が発見できる。
「お茶でも飲んでるんじゃない? トゥーヤン、料理上手だし」
 セイギと同じ方向を見て、彰が言う。そこは、ロクダイが歩いて行った方角だ。
 「月夜の猫屋」にいた面々は、彰の言う代理道ダイリドウにきていた。
 「お別れ」を言いに行った真理まりと、あの後もいくつかの質問をしていたゆかり。この二人と制服姿のセイギは店内からそのまま来たが、道路でスケボーでもしていそうな服に着替えた彰と着流し姿のロクダイは、それぞれ手に蒼い棒を持っていた。
 セイギの身長ほどもある細い棒は、色が違えば孫悟空の持つ如意棒にも見える。この棒に関して、二人は「用心」との言葉しか聞いていない。
「茶なんか飲むか? こんなときに」
「わかんないよ。あ。来た来た。噂をすれば影が差すって、本当だね」
 こちらに歩いてくるロクダイに、元気に手を振る。
 ロクダイは、この空間の管理人に会いに行っていたのだ。通るのに許可は要らないが、言っておいた方が、何かあった時に便利なのだ。
「遅い。何してたんだよ」
「ああ…茶を、馳走ちそうになっておった」
 ほらねと言いたげに、彰がセイギを見る。セイギは、呆れたように溜息をついた。
「そんなの、後でいくらでも飲めるだろ。人を待たせるなよ」
「ああ、すまん。さて、行こうか」
「おーい、行くよ―っ、ゆかり、真理―っ」
 桜に見惚れていた二人が、はっとして彰を見る。セイギとロクダイの隣で彰が手招きをすると、ゆかりは頬を上気させて、真理は決まり悪げに駆け寄ってきた。
 彰の「それじゃ」という声をきっかけに、5人は歩き出した。
 咲き乱れる桜の木々の中を歩くのは、どこか現実場慣れしていて夢の中のピクニックを思わせる。ゆかりも真理も、つい今の状況を忘れそうになっていた。
「綺麗ですね―…」
「でしょ。年に一回開かれる花見が楽しみなんだよね」
「花見って…」
 真理が、呆れたように首を振る。その心情もわからないではないが、人の生死の場所では、あまりそういったことをしてほしくないと思う。
「他にも、竹ばっかりのところとかバラばっかりのところとかがあるんだよ。それぞれの場所で、年に一回はイベントがあるし」
「た、楽しそうですね」
 少しばかり、ゆかりの笑顔が引きつっている。
 それを見て、セイギは苦笑した。自分も、初めてそう聞いた時はのけぞったものだ。まさか死んでまで、年中行事をやるとは思いもしなかった。 
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