夜明けの晩

そうして、新学期は始まる

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　年が明け七草粥もすすり終えた頃、ようやく、待ちわびていた新学期が始まった。
　約二年前に購入したマウンテンバイクを走らせながら、私はもしかしたら日本で一番学校が好きな高校生かもしれないと、つい口元がゆるむ。
　傍はたから見れば不気味だろうけれど、この気持ちは、病弱でほとんど学校に通えない子どもや、家が嫌いだけど街中に遊びに行こうとも思わない子どもなら、あるいは理解してくれるかもしれない。
　学校前の坂道を登り、息が切れ、汗が流れるのも、嫌いな感覚ではない。短くした髪が風にかきまわされるのも、心地いい。

「おはよ、羽山成ハヤマナリ」
「おはよう、茜アカネさん」

　自転車に前かごのついた、いわゆる「ママチャリ」に乗った少女と並走して、笑顔を返す。
　クラスメイトの茜さんは、登校時のみ束ねた長い髪に、度の軽いふちなし眼鏡。
　型は平凡だけど色は黒でラインが白、水色のスカーフ、という特徴のあるセーラー服は、私たちの通う私立梨園リエン学園高等部の制服だ。
　茜さんは、制服姿であっても薄々、服や身なりを選ぶだけで見違えるほどに華やかになるだろうと思わせる。

「ね、数学やった？」
「やったけど、自信はないよ。私は文系・雑学が専門」
「この年で専門なんて絞るもんじゃないよ」
「天才は、幼少のみぎりからその才を見せるらしいけどね？」

　校門をくぐり、指定の駐輪場に到着する。比較的早い時間のため、止めてある台数は少ない。
　かばんを前かごから取り出す茜さんを待って、並んで教室に向かう。私ははじめからリュックを背負っていて、自転車に鍵をかけるだけだった。
　一月上旬の朝の風が冷たくて、コートの下で身をすくめた。
　隣では、生足で、ポンチョのようなマフラーを巻いただけの茜さんが平然としている。自律神経が壊れていないかと、疑う瞬間だ。
　さらりと、茜さんが束たばねていた髪を下ろした。

「凡才でも、努力すりゃ一流になれる」
「数学者になるつもりはないよ。譲る」
「いらない。あたしは、新聞記者か弁護士か検事になるの」
「そうでした」

　約七ヶ月前、四月の始業日に自己紹介でそう公言して以降も、茜さんは時折宣言する。厳密にはその三択だけが選択肢ではないらしいのだけど、目指すものはわかるような気がする。

　一年生の教室は三階のため、靴を上履きに履き替えて、せっせと階段を上った。
　この靴箱に、漫画のようにバレンタインにチョコが潜まされていることがあるらしい。
　そう聞いて羨ましいとかドラマチック、などと感じる前に、嫌がらせなのかなと思ったのは内緒だ。手紙くらいならともかく、食べ物はどうかと思う。

「そこで相談」
「答えを写すなら、高木君か雪さんが妥当かと」
「なるほど」

　そもそも高校生にもなって冬休みの宿題もないものだ、と思わないでもないけれど、放っておけば、自主的に勉強をする生徒がどれだけいることか。
　私も、好き好このんで教科書を広げようとは思わない。

「ところで、羽山成。イヴに告白されて、その後どうした？」
「…どうしてそれを」

　二学期の終業式の日、見知らぬ先輩に告白された。いや、あれは告白と呼んでいいものなのか。
　自称、メジャーデビューの話もきているが断っているバンドのボーカルという彼は、邪魔そうな長い前髪をかき上げ、文化祭での彼らの盛況振りを語った。
　あいにく私は、その頃は弓道部の射的屋の売り子をしていたので全く知らない。
　ともかくその青年が、付き合ってやるよというような台詞せりふを吐いたので、気を遣っていただかなくても結構ですと断った。断った、つもりだった。
　そうすると、何を思ったか顔を近づけてきたので、咄嗟に蹴り上げて逃走した。
　あんなものを、告白と呼んでしまっていいのだろうか。

　誰もいなかったはずなのに、とこぼすと茜さんは、何故か感嘆めいた息をこぼした。