夜明けの晩

そうして、事態は混迷する

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　羽山成ハヤマナリの財力と影響力に背を押されて警察官がやってきたときには、本人たちの基準による、来られるだけの保護者は集まっていた。
　両親が揃っているのは森村家一組だけで、他は片親。
　もっともこれは、離婚や死別の家が三件あったためでもある。海外出張中で、来たくても来られなかった親もいる。今、とりあえず母親が急いで戻るようにはしているらしい。
　そうして人が増えて狭く感じられるようになった教室に、私は、ちゃっかりと居残ることに成功していた。

「二人しか来ないなんて、怠慢だな」
「秋山アキヤマ先輩でもそんなことを言うんですね」

　放送室を臨時に貸し切っての個別事情聴取に切り替えた体制の、順番待ちの合間の会話だ。ありきたりの台詞せりふだ、と暗に告げた私に、秋山先輩は声を潜めた。

「聞かせるために言ってるからな」
「ああ、なるほど」
「大体、一人が見張りで一人が事情聴取って、二人一組の原則無視してるよな」

　元に戻した声の大きさは決して張り上げているわけではないが、休み時間の雑談程度の声量はあるのだから、にぎやかの対極にあるこの教室ではよく聞こえる。
　戸口でむっつりと黙り込み、まるで怒っているように見えるだろう梨木ナシキ刑事の相方の刑事さんにも、十分に聞こえただろう。
　秋山先輩の安っぽい挑発に、いつ怒鳴り込んでくるかと刑事さんの様子を窺ったところ、無視を決め込んだようだった。こちらに詰め寄ってくればないなりに情報もつかめるが、これでは手の出しようがない。
　どうします、と秋山先輩に目線で問いかけていると、そっと、美人が近付いてくるのに気付いた。

「はじめまして。あなたが、羽山成皓コウさん？」
「はい、そうです」

　高校生の娘がいるにしては、ずいぶんと若く見える女性だ。三十前後と目算しかけて、もう少し上のはずかな、と、訂正を入れる。
　梨木刑事たちとの会話に耳をそばだてていたため茜アカネさんの母親とは気付いていたけれど、名乗った覚えもないのに言い当てられ、その上何を言われたものかと、少しばかり身構えた。
　その間に、女性は簡潔に自己紹介を済ませている。
　看護師だとは聞いていたしそう告げられたけど、有無を言わせぬ迫力があるのはそのせいなのか元々の性格なのかと、考えたところで答えの出しようのないことを考えた。
　秋山先輩が当然のように立ち上がって椅子を勧め、場所を移る。女性は、それを微笑で受けた。ありがとうと言ってから、私に視線が向けられる。

「羽山成さん、茜を心配してくれてありがとう。あの子も、知ったら喜ぶわ」
「…すみません」
「あなたが犯人だったり妨害しようと思っているのでないなら、謝る必要はないわよ」　

　笑顔なのに言い咎められたような気分でつい謝罪を口にしていた私に、小声だけど近くであればはっきりと聞き取れる声の大きさで、さらりと言ってのける。

「程度の差はともかく、心配してくれているのはわかるわ。…早く帰ってきて、こんな時間、無駄な笑い話にならないかしらね」

　語尾がかすかに震えていた。何も言えず、指摘することなく無言で頷いて同意を示した。
　叱られるよりも利いて、遊び半分だったと思い知らされた。
　心配も、早く行方不明の生徒たちに無事帰ってきてほしいのも本心だ。だけど、その過程で楽しめることがあるだろうかと思っていたのも、本当だ。
　恥ずかしくなった。