夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、事態は混迷する

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「先輩、後で連絡もらえますか?」
「うん? ああ…?」
「では、また後で。失礼します」

 秋山アキヤマ先輩とアカネさんのお母さんとに軽く頭を下げ、立ち上がる。不安からか、落ち着きなくうろうろとする人も少なくはなく、私の行動はさほど目立たない。
 戸口まで行くと、刑事さんを真っ直ぐに見上げた。睨まれても、ただ見つめ返す。

「すみません、用事ができました。帰ってもいいですか?」
「何?」
「私では、行方不明者に関する証言はできません。いなくなったところで、問題はないと思います」
「判断するのはこちらです」
「私がここに残るよりも、外でやれることがあります」

 小声のやり取りだけど、いつ誰に聞かれるかわかったものではない。
 私は、今の学校での自分の立ち位置を結構気に入っている。理事長と理事長の孫でどの程度扱いに差が出てくるのかはわからないけれど、今までと全く同じとはいかないだろう。できれば、それが露見するのは避けたいところだ。
 だけど焦りは、顔には出さない。

「呼び出しがあれば、応じます。いつでもどうぞ。失礼しますね」

 ヒビキの財布から色々な肩書きのついた名刺を抜き取り、半ば押し付ける。気圧けおされたていの刑事さんの横をすり抜け、廊下に出た。
 事の次第は、秋山先輩から聞けばいい。取調室に同席するのならまだしも、あそこにいても、何ができるわけではない。それなら余程、響に動いてもらった方が何かが見つかるだろう。
 ――それすらおこたっていたことに、苦笑すらこぼれない。
 足は、校長室に向いていた。
 鍵がかかっているはずだけど、合鍵を持っている。あの部屋には、保管庫代わりに生徒たちの調書が置いてあるはずだった。私は今のところ、茜さん以外の生徒は顔も知らない。

「あ」

 しまった、と呟き、足が止まる。校長室は目の前だけど。

「鍵がない…」

 ほとんど着の身着のままで出てきたようなものだから、通学かばんに入れっ放しにしている学校要所の合鍵も、手元にない。
 それ以前に、生徒たちの名前も全部は覚えていなかった。響ではないのだから、一度聞いたくらいで覚えられるわけがない。
 少しの間考えて、校長室を素通りした。
 一旦校舎を出る必要があるけど、図書館棟へ向かって階段を下りる。休日でも開いていて、インターネットに繋がったパソコンも置いていたはずだ。
 メールで秋山先輩に名前を聞く為だから、実を言えば、引き返すだけでもいい。でもそれだと、刑事さんとひと悶着あることを覚悟しなければならないだろう。そちらの方がより、時間を浪費するような気がした。
 己の間抜けっぷりに溜息をつきながら、足早に図書館一階のパソコンへと向かう。
 携帯端末を持とうかとちらりと考えるものの、すぐに打ち消す。下手にSNSにでもはまれば、すぐにぼろを出してしまいそうだ。君子ではないけれど、危うきには近寄らないのが無難だ。
 ウェブメールの画面を呼び出し、保存してあるアドレス帳から、秋山先輩の携帯電話のアドレスを選択する。返信は早かった。

『今どこ?』

 素直に、校長室に入ろうとして鍵を忘れて図書館棟、と応える。

『校長室で待ってる』

 半ばその返事を期待していたと、そのメールを読んでから気付いた。
 人を利用するのは今更で、そんなことを悔やめばそもそも、羽山成ハヤマナリコウは存在しなかっただろう。
 だから私は、当然のようなふりをして、小走りで校長室へと引き返した。
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