夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、新たな事件が起こる

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秋山アキヤマさんと真哉シンヤ、ちゃんと通報してくれたかしら。ナンバープレートでも覚えていてくれるといいんだけど」

 小夜子サヨコちゃんのつぶやきめいた言葉に我に返り、秋山先輩はそれどころじゃなかったのではないかと言いかけて、倒れていたところを見ていないのかもしれないと気付く。
 私よりも先に車に詰め込まれたから、見ずに済んだだろうか。

 できるだけ、明るい声を出す。

羽山成ハヤマナリは関係なくて、ただの身代金目的での誘拐で、ちゃんと帰してくれるつもりかも」
「…そうね」

 一応、誘拐犯たちは顔を隠していたから望みがないではない。
 ついでに、さっきからどこかの関節でも外して縄抜けができないかと試しているのだけど、一向にできそうな気配がない。
 縛られているのが一人ずつなら、片方が片方の縄を歯で噛み切るなり倒れ込んで脱臼を試みるなりできるのに。
 そのあたりまで考えて二人さらったなら、厭な人たちだと心の中でぼやく。昨日の呑気な誘拐未遂犯を見習ってほしいところだ。

 小夜子ちゃんが何か言おうとしたようだけど、足音が聞こえた。ぴたりと口を閉じ、私たちは、気付けば息すら押し殺していた。
 戸の開いた音がして、おそらくは足音の主が入ってくる。
 積み上げられた段ボールの向こうに、白い顔が覗く。それは、体つきから判断すると成年に達していそうな男だろう。真っ白な狐の面をつけていた。
 京都旅行で見かけたなと、ぼんやりと考える。伏見稲荷へ行く途中で売られていた気がする。土産でもらったか買ったかしたのだろうか。

「外に出ろ」

 甲高い声に、変声器ではなくヘリウムガスだろうと見当をつける。
 こんな状況ながら、笑いそうになって困った。結構がっちりした体つきに線の細い面というだけで既に不似合いなのに。不気味さよりも滑稽こっけいさが際立つというのは、誘拐犯としてどうなのだろうか。
 どうも、背後で小夜子ちゃんも笑いをこらえている気配がある。

「出ろと言われても、立てません」

 段ボール箱の向こうから出てきた狐面は、私の言葉に反応してというよりも、当初の予定のように足を縛ったロープを切り落とした。

「立て」

 足だけを解放されても両手が不自由だと言うよりも先に、狐面が小夜子ちゃんをかつぎ上げた。一括ひとくくりに縛られたままの私の手首も引き上げられ、半ば無理やり立たされる。
 小夜子ちゃんも腕が痛んだはずだけど、悲鳴は呑み込んでいる。
 引きずられるようにして、ろくに足元も見えない状態で歩き出す。しかも、後ろ向きだ。
 いつ転んでもおかしくはないし、下手をすると肩が脱臼しそうな気もするのだけど、小夜子ちゃんを巻き込みたくはないのでどうにか体勢を保とうと頑張る。
 閉じ込められていた部屋同様に段ボール箱と埃の積み上げられた廊下を歩き、上に続く階段に突き当たったところで、予告もなく止まった。
 こけそうになったところを、縛られた腕で引き留められる。

「ケータイ?」

 小夜子ちゃんの声が、疑問の形をとって状況を報せる。電波の通じるところまで引っ張ってきたということだろうか。
 電話口に出されるのなら居場所のヒントくらい伝えたいと思うけれど、そもそも現在地に見当がつかない。車には、放り込まれるとすぐに目隠しをされた。
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