夜明けの晩

来条恵夢

文字の大きさ
49 / 67
そうして、事態は進む

1

しおりを挟む
 目を開けてようやく、眠っていたことに気付いた。
 夢を見ていたと、遅れて思い出す。幼年時の体験をたどったそれを、もはや朧になってはいるものの思い出して溜息を落とす。
 細かなところは驚くほどに急速に忘れていって、ただの記憶とついさきほどの夢とが混じり混ざってわからなくなっているのに、何もできないという無力感だけがずしりと残った。

「起きたか」
「あ…うん。どのくらい眠ってた?」

 ローテーブルには会社の資料が広げてある。あれを読み込んでいるうちに転寝うたたねしたようだ。ソファーにしっかりと横たわっていたのは、ヒビキが移動させてくれたのだろう。
 どんな姿勢だったのか、少し首が痛い。

「三十分くらいか。紅林クレバヤシが、そろそろ呼びに来る」

 机に向かっている響は、振り返ることもなくペンをはしらせている。書類の整理でもしているのだろうか。その背中を、ぼんやりと見遣る。

「あの二人か、刑事さんから連絡は? あー。刑事さんは、それどころじゃないかな」

 なにしろ、誘拐されていた少女たちが一気に見つかり、犯人らしき男たちも捕まったのはつい昨日のこと。昨夜は保護者達に会わせるだけで手いっぱいだったはずで、それぞれから供述を得るだけでも一仕事だろう。
 おまけに、狐面の誘拐犯たちに黒幕はいるかもしれないけど、それは、あの男――このはた迷惑な失踪事件を起こした張本人ではないはずだ。
 学校は入試の採点期間ということで、当初は高校と大学は通常通りの予定だったところを全校臨時休校にした。
 浮いた今日一日は会社関係のあれこれに手を出していたのだけれど、慣れないことに頭を使ったせいか昨日のことがもう既に遠い。
 その癖、まだ夕飯前ということに違和感を覚える。転寝のせいか、もう、一日が終わったような気分になっている。

「嬢ちゃん、青二才、飯やぞー!」
「はーい。今日は何?」
「鍋や鍋」

 この家の夕飯は、希望者は時間を合わせるようにしている。それぞれ食べるかどうか自体が申告制なので、たまに、急に外食の決まった響が料理人の紅林さんを怒らせていたりする。だからといって、響が反省したりすることはないのだけれど。
 今日は私と響の他は紅林さんとハヤシさんで、他は帰ったらしい。林さんも、雑炊の締めが終わると片づけを手伝えないことをびて帰路についた。

「ごちそうさま。いつもありがとう」
「どういたしまして。いい食べっぷりで嬉しいわ。それに比べて、この若造ときたら」

 そう言った紅林さんは、手早く洗い物をまとめながらじろりと響を睨みつけた。
 響の設定よりも三つ四つ年上なだけのはずだけど、この人は、何かと響を年下呼ばわりして邪険にする。それなのに、ずっと年下の私に対しては優しい。雇主と同僚の違いなのか男女の違いなのか、軽く訊いてもはぐらかされ、実際のところはよくわからない。
 そもそも紅林さんは、秘密主義ではないのだろうけどあまり自分のことを話したがらない。
 睨まれた響は無反応で、生真面目にガスコンロからボンベを外している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...