夜明けの晩

来条恵夢

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そうして、事態は進む

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「おせっかいかも知らんけどな、あの秘書にいつか身代喰い尽されんか?」
「いくらなんでもそこまで食べないよ。うーん、何かあったかな、甘いもの」
「つまみでいいなら作ったるけど。時間外労働で」
「無料奉仕で? ありがとう、いい料理人が雇えたなあ」
「ひどい雇い主や」

 泣く素振りを見せながら、笑っている。私も、笑顔を返した。

「どうして、甘いものは作らないの?」
「んー? 中学くらいのときかな。姉が焼きたての菓子の側で死んでてなあ。誰かにあげるつもりやったんか、ラッピングの用意までしてあったのに。それ以来、どうも、菓子の焼ける甘い匂いがすると思い出す」

 あまりにもからりと語られて、どう反応したものかわからなかった。冗談と片付けるには、今までの紅林クレバヤシさんに似合わず悪趣味だ。
 紅林さんは、私に一瞥を向けると大仰に肩をすくめた。

「で。つまみ作るか?」

 人の良さそうな笑みの裏に自嘲が透けて見えるようで、つい視線をらす。わざとらしくならない程度に、明るい声を選ぶ。

「それなら、サンドウィッチがいいな。夜食に。来客もあるから、多めに作ってもらっていい?」
「来客分もか?」
「うん。余ったら、明日の朝ごはんにするから」
「そんなことされたら、俺の腕の振るいどころが減るやろ。余ったら置いといて。俺が食べる」
「ありがとう。後で取りに来るから、ここに置いといて。よろしく」 

 そう言って、厨房を後にする。開け放していた扉も閉めておく。
 雇用者としては終わったら帰っていいとでも言っておくべきなのかもしれないけど、仕込みの都合があったりもするのでそのあたりはすべて本人に任せている。
 顔を上げると、ヒビキがわざわざ廊下で待ち構えていた。

「あの二人、来たの?」
「無理はするな」
「今日の課題出したの響でしょ。無理させるような内容だった?」

 響が、じっと見つめる。浮かべた笑みが張り付く。

「それじゃない」
「そっか、聞こえてたよね。――ありがとう」

 紅林さんから無理に厭な記憶を引きずりだしたような気がして、少しばかり自己嫌悪に陥っていたところだ。ただの思い上がりだろうとはわかっている。どうしようもないなと、呟いて目を閉じる。
 一つ深呼吸をして、瞼を上げる。ちゃんと、笑顔が作れた。
 響の横を抜けて、居間に戻る。

「頭を冷やすのに散歩でもしてきたいところだけど、そろそろあの二人が来る頃だろうしなあ」
「紅林がいるだろう」
「今、夜食作ってくれてるんですけど。料理人に客の応対も任せるのはちょっと違わない?」 

 紅林さんのお姉さんの件を意識の隅に追いやり、思考を切り替える。

 予定している来客は、誘拐未遂犯の二人だ。
 経過報告ということで、依頼していたのは、彼らを唆した大本と失踪した生徒たちの件が私と関係があるかを探るために、羽山成ハヤマナリグループの中で妙な動きをしている人がいないかということだった。
 今となっては後者は関係がないとわかっているけど、前者とつながってくる可能性は高い。
 あの愉快な二人だけなら、首謀者を押さえるだけ抑えておいて、放っておいても良かった。しかし、続いた上に他の者まで巻き込むことも気にしないとなれば別だ。
 同じ黒幕なら、ついでなのでいろいろとひっくるめて叩き潰しておきたい。

「大人しく、書類整理の続きでもしようかな」
「いや。来た」

 鳴る前にインタフォンにつながった受話器に手を伸ばし、響が告げる。追いかけるように鳴り響き、即座に受話器を取り上げ、短い通話で置く。 
 それをかたわらで聞いて、首を傾げて響を見上げた。
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