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そうして、歪に日常になる
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この頃、放課後にそのまま仕事関係で出かけることが増えて、なかなか自転車で通えないでいる。着替えも必要だから戻った方がいいはずなのだけど、なんとなく押し切られているような気がしないでもない。
記憶が戻ったという響は、今まで以上に過保護になっている。それでいいのだろうか、悪魔なのに。
校門の前には時間通りに林さんが車を回していて、家に戻った。
「ちょっと響、帰って来るなら今日自転車で良かったじゃない! てっきり他の…さぁちゃん、どうかしたの?」
居間に踏み込むと、小夜子ちゃんがソファーに寝ていた。眠っているのか、目をつぶっている。
私が紅子だったころならともかく、現在は羽山成晧の家であるここで、小夜子ちゃんがそんなことをするとは思えない。
しかも。
「しぃくん…なんで? 響?」
目に入るのが遅れたけど、ソファーの傍らでは真哉くんが響に組み伏せられていた。
頭が追いつかず、ただただ立ちすくむ。
響はちらりと私を見ると、ひょいと真哉くんの体を持ち上げ、両手足を拘束してカーペットに転がした。いやそんな荷物みたいに。
「少し早かったな。いや、ちょうどよかったか」
「いや、えーと、えーと。真哉くん、何かしたの?」
「逃げられると面倒だから、先に」
「いや、全然さっぱりわからない。何がどうして。小夜子ちゃんは? 眠ってるの?」
「眠らせた」
「…ねえ響、説明する気、ある?」
「ああ」
淡々と応える無表情に本当だろうかと思いながら、とりあえず持ったままだったかばんを下ろす。
真哉くんは、手荒に扱われているのに何を言うでもない。響に何も喋れないようにされているのかもしれないけど、私を見ても何かを訴えようという気配もない。仲間だと思われているからかも知れないけど、それにしても、ふてくされたような表情は気になる。
話し始めるのかと思った響は、何も言わずに部屋を出てしまった。音の方向から、お茶を淹れに行ったのかもしれない。この状況で。
「あの…真哉くん? 一体これ、何がどうなってるの?」
「…やっぱり、紅ちゃんなんだ」
「え」
何かどこかでぼろを出しただろうか。だから響は、こんな風に取り押さえたのか。
床に片膝をついた状態で硬直した私を上目遣いに見上げて、くしゃりと、真哉くんは泣くように笑った。
「呼び方。俺と小夜子と、そんな風に呼ぶの、紅ちゃんだけだ」
小夜子ちゃんと真哉くん。さぁちゃんとしぃくん。気をつけているつもりだけど、動転して慣れた方で呼んだかもしれない。でも。
「それだけで?」
「あの秘書がいるから、そうかなとは思ってた」
「え? どういう…」
わざわざ音を立てて開けられた戸に、思わずびくりと身がすくんだ。立っているのは響だとわかっているのに、音もたてずに気付けば傍にいることが多いからか、慣れない。
思った通りにお茶のセットとお菓子を片手にした響は、何故か、ため息を吐いた。
記憶が戻ったという響は、今まで以上に過保護になっている。それでいいのだろうか、悪魔なのに。
校門の前には時間通りに林さんが車を回していて、家に戻った。
「ちょっと響、帰って来るなら今日自転車で良かったじゃない! てっきり他の…さぁちゃん、どうかしたの?」
居間に踏み込むと、小夜子ちゃんがソファーに寝ていた。眠っているのか、目をつぶっている。
私が紅子だったころならともかく、現在は羽山成晧の家であるここで、小夜子ちゃんがそんなことをするとは思えない。
しかも。
「しぃくん…なんで? 響?」
目に入るのが遅れたけど、ソファーの傍らでは真哉くんが響に組み伏せられていた。
頭が追いつかず、ただただ立ちすくむ。
響はちらりと私を見ると、ひょいと真哉くんの体を持ち上げ、両手足を拘束してカーペットに転がした。いやそんな荷物みたいに。
「少し早かったな。いや、ちょうどよかったか」
「いや、えーと、えーと。真哉くん、何かしたの?」
「逃げられると面倒だから、先に」
「いや、全然さっぱりわからない。何がどうして。小夜子ちゃんは? 眠ってるの?」
「眠らせた」
「…ねえ響、説明する気、ある?」
「ああ」
淡々と応える無表情に本当だろうかと思いながら、とりあえず持ったままだったかばんを下ろす。
真哉くんは、手荒に扱われているのに何を言うでもない。響に何も喋れないようにされているのかもしれないけど、私を見ても何かを訴えようという気配もない。仲間だと思われているからかも知れないけど、それにしても、ふてくされたような表情は気になる。
話し始めるのかと思った響は、何も言わずに部屋を出てしまった。音の方向から、お茶を淹れに行ったのかもしれない。この状況で。
「あの…真哉くん? 一体これ、何がどうなってるの?」
「…やっぱり、紅ちゃんなんだ」
「え」
何かどこかでぼろを出しただろうか。だから響は、こんな風に取り押さえたのか。
床に片膝をついた状態で硬直した私を上目遣いに見上げて、くしゃりと、真哉くんは泣くように笑った。
「呼び方。俺と小夜子と、そんな風に呼ぶの、紅ちゃんだけだ」
小夜子ちゃんと真哉くん。さぁちゃんとしぃくん。気をつけているつもりだけど、動転して慣れた方で呼んだかもしれない。でも。
「それだけで?」
「あの秘書がいるから、そうかなとは思ってた」
「え? どういう…」
わざわざ音を立てて開けられた戸に、思わずびくりと身がすくんだ。立っているのは響だとわかっているのに、音もたてずに気付けば傍にいることが多いからか、慣れない。
思った通りにお茶のセットとお菓子を片手にした響は、何故か、ため息を吐いた。
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