かつて最強の刀弟子

くろまねこる

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森編

六話.修練

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 全身から汗が吹き出し、立っていられないくらいの倦怠感に襲われる。僕は思わず膝をついてしまった。

 何だ? 何が起きた?
 いま僕は何をした、、、、

 考えれば考えるほど頭の中がごちゃごちゃしていく。

 まるで世界が広がったかのような感覚だった。全ての感覚が研ぎ澄まされ、世界が体の一部になった様な気がした。
 瞑想をしている時の感覚と似ていたが、圧倒的に規模が違う。
 
 ──気持ち悪い。

 吐けるほど胃の中には何も無かったのが幸いか吐くことはなかった。それでも胃酸が喉までやってきて、寸前の所で抑える。ジリジリと喉が焼けるような不快感に僕は顔を歪めた。

 それにしても、さっきのは何だったのだろうか。
 まるで僕が僕じゃないような──そう、まるで『私』になったような。
 僕と『私』の意識が混合していて気持ち悪い。ありとあらゆる僕と『私』のズレ、、が研ぎ澄まされた集中力でより顕著に感じてしまう。
 未だに息切れは収まらない。身体も言う事を聞かないし、段々と耳鳴りもし始めてきた。

「魔物が……逃げてくれて……良かった……」

 意識が一瞬途切れたような気がした。
 それでも何とか持ち直すと、今ここで倒れるのはマズイと気力を振り絞って立ち上がる。木の棒を支えにしようと目をやると、もはや使い物にならない程無惨に砕けていた。杖代わりにするのは諦め、言うことを聞かず震える足を殴り前に進み始める。

 それは川へと続く道。
 嫌でも聴こえる川の音を頼りに、僕はまた森の中を彷徨うのであった。
 
 ▽

 歩き始めてから少しが経過した。
 それまでは自分がキリなのか『私』なのかが曖昧に感じていたが、今では僕の意識がはっきりとしている。
 そのおかげか身体の方も落ち着いてきたし、僕と『私』の感覚の違いによる気持ち悪さもなくなった。

「もうあんな体験はこりごりだ……」

 でもおかげで分かった。
 僕と『私』の意識の混合──ゴブリンを倒したときも、あの鹿型の魔物を倒した時も、僕の意識が飛びそうになった時に『私』が出てきていた。僕の意識と『私』の意識による力の均衡が崩れた結果によるものと考えるのが妥当か。
 悪いことじゃない。それがなければ今の僕はないし、『私』の記憶だって少しだけだが戻ってくるんだからいい事ばかりだ。

 でも僕の実力で勝てるようにならないと意味がない。村に戻ってからその強さを証明する必要があるんだから、いちいちその為に死にかけていたら僕の体が持たないだろう。

 だから僕は強くならないといけない。
 せめてさっきの『私』を真似るくらいは出来ないと、村に戻っても笑いものにされて終わってしまう。

 それじゃ何も変わってない。何も変えられない。

 そんな事を考えながら少しばかり歩く。
 すると今の僕でも分かるくらいの大きさで川のせせらぎが聞こえてきた。自然と進める足が早くなる。

「着いた……」

 目的地に辿り着いた僕は嬉しさと達成感からそう呟かずにはいられなかった。
 目の前には澄んだ水が流れる川があった。深さもそんなになく、僕の膝には届かないくらいの深さだ。流れる勢いも穏やかなので、雨の日以外なら流される心配もなさそうだった。

「明るいうちに着いて良かった……」

 喉の渇きを今更感じた僕は、もう心配の必要はないという安堵感に包まれ地面にへたり込む。

 喉も渇いているのはもちろんだけど、久し振りにこんなに汗をかいたから身体を洗いたい。 
 服もズボンも穴だらけでボロボロだからこれもついでに洗わないと。

 やる事を決めた僕は取り敢えず水を飲んで気持ちを落ち着かせる。

「美味しい……」

 今まで水の美味しさに気付けなかったのが馬鹿みたいだ。味がないものだと思っていたけど、乾いた喉を流れる水はとても甘く感じた。
 気付けば二口、三口と飲み進め、喉の渇きが無くなったところで止める。

「服と身体も洗わないと」

 ぼろぼろになった服とズボンを脱ぎ捨て、手頃な場所を探す。
 ちょうど椅子代わりに座れそうな石があったので、僕はそこに座って服を洗い始める。
 ようやくまともな休息を取っているような感覚が僕の体を包み込んだ。
 意識が戻ってから二日程だろうか。瞑想を始めたあの時からずっと気を張り続けていたから、その反動がここに来て出たようだ。瞑想ばかりでまともに寝ていないのも関係あるかもしれないが。

「周辺に魔物の気配もないし、今は少し気楽に構えてもいいか」

 実は『私』と意識が混合した時の状態がまだ続いているのか、五感が少し敏感になったままなのだ。今まで感じることのできなかった魔物の気配なども少しは分かるようになった。ここまでの道のりで魔物と出会わなかったのもそれによるものが大きい。
 
「……でも、まだまだ弱い」

 服を洗い終え、次にズボンを洗い始めた僕はふとそんなことを考える。

 『私』に追いつく為には身体の作りが足りない。それはあの魔物との戦いで分かった。
 持っていた武器が木の棒だからと言い訳はできるが、例え僕がナイフを持っていたとしても結果は変わらなかったと思う。それくらい完全に力負けしていた。
 それに、『私』の力に追い付けず無様に鼻血を垂らし、暫く身動きが取れなくなったあの時のようになるわけには行かない。あの時にゴブリンや他の魔物が来ていたら、今頃僕は殺されていた事だろう。

 力も、精神も、技術も、何もかもが足りていない。
 感覚は覚えている。木の棒で鹿の角を斬ったあの感覚は、不思議と手に残っている感覚がある。でもだからこそわかる。今の僕には到底辿り着けいない境地なのだと。紛れもない僕のこの手が告げている。

「よし」

 服とズボンを洗い終えた僕はしっかりと水を絞り、近くにあった低木に適当に掛ける。

「休んでる暇はないな」

 水はあるから汗をかいても水分補給はできる。食料は……まぁなんとかする。
 僕は適当な岩場を探し、うつ伏せの姿勢になると両手を地面に着け腹筋に力を入れ、腕の力で上体を持ち上げる。

「一……二……」

 この身体に筋肉なんてないようなものだ。精神を鍛えるにもそれを補えるような自信きんにくをつけないといけない。
 幸い今の僕には瞑想がある。『私』の瞑想には遠く及ばないものの、これを上手く使えば筋肉の再生が早まり時短になるはずだ。
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