剣闘大会

tabuchimidori

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4戦目

社会勉強

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 テレランの街からフリティアの街へ帰ってきた時に時刻は十時過ぎ。馬車に揺られながら時に魔物との戦いを繰り広げてきて、普通なら体力的にかなりキツくなっていてもおかしくない仕事をこなしてきたヒリューは、朝と特に変わらないテンションでアムーリヤに仕事の報告をしていた。
 キャラバンからの報告もあって無事にヒリューは仕事を終えて日当ももらい、今は二人でヒリューが最初にただ飯を食らってしまった飲食店にやってきていた。
 夕食をそこで取るようにしたのはもちろん前回迷惑をかけたお詫びとして、その時の昼食代を支払いに来たからだ。アムーリヤを誘ったのは今日の昼食代を肩代わりしてもらったお礼に奢るためである。アムーリヤは少年でいかにも旅慣れていないヒリューが、そういったお礼やお返しに関してはしっかりとしていた点に感心しながら飯に付き合う事にした。
「うん、完全に騙されたね」
「は?」
 そして夕食の席でヒリューは豪快に五人分はあろうご飯を平らげて、その後でテレランの街で魔力を受け取った話をしていた。そしてアムーリヤがそれに問題があると指摘したのである。
「ヒリュー君が入れてもらった『眠』はね、私も昨日君に使った魔力だよ」
「……ああ! 昨日何か急に眠くなったけど、あれアン姉さんの仕業だったのか!」
 なら効果は抜群だなと昨日の自分を思い返してさらに満足そうに頷くヒリュー。しかしアムーリヤは長めのため息を吐いてから説明を続ける。
「あれはね、普通の人が相手なら非常に有用な魔力よ。実際に中々眠れなくて困っている人たちには重宝されている魔力よ」
 使えばその場で眠ってしまうほどに強力だからと説明する。それは間違いないだろうとヒリューもうんうんと相槌を打つ。
「問題はこれって簡単に抵抗できるのよ。特に剣闘士たちは意識しなくても良いくらいにね」
 ヒリューはその説明はよく分からないと首を傾げる。
「剣闘士たちは魔力剣にある魔力を使うために、体内の魔法の源、魔素まそを集中させるわね。そしてそれを魔力に通して様々な現象を起こす、ここまでは良い?」
「……確かそんな話だったな。うん、それで?」
「君だけじゃなくほとんどの剣闘士が使う『力』の魔力は、その魔素を体中に張り巡らせる事で物理的な力を向上させるんだけど、これって魔力の膜が体中に存在している形になっているのよ」
 ヒリューは村の座学で、人の身体の周りにオーラみたいに魔力が加わった図を見せられたなというのを思い出す。
「それって外からの魔力の抵抗もできるようになる状態なのよ。魔力の膜が、外からの魔力が介在しないように壁になってくれるわけね」
「か、かいざい?」
「要はパンチをガードされるわけよ」
「なるほど!」
 ヒリューは分かりやすいとその説明に納得する。するとアムーリヤは逆に質問する。
「じゃあ『眠』の魔力はどういう事になるかな?」
「?」
 いきなり『眠』の魔力の話に戻されてヒリューは再び首を傾げる。基本的な魔力の話をいきなりし始めたので、そもそも『眠』の魔力の話をしていた事すら忘れていたからだ。
 しかしアムーリヤは二の句を告げようとしないので、ヒリューはこれまでの流れを思い出して、何とか考えをまとめる。
 ――ええと、『力』の魔力を使うとオーラみたいなのができるんだよな。さっき壁とかガードとか言ってたし、これが『眠』の魔力を防ぐって事で良いのか?
「『眠』の魔力は簡単に防がれる……?」
「基本的に誰もが使う『力』の魔力でね。つまり……」
使って事か!?」
「はい、正解。これで騙されたって分かってもらえたかしら?」
「……そういう事か!」
 バンと両手をテーブルに力一杯叩きつけて大きな音を立てながらいきり立つ。その音で飲食店内の騒がしさは一瞬にして静まり返ったので、ヒリューは込み上げてきた怒りを何とか抑えようと両手で握り拳を作りつつ座る。ヒリューが座ったのを見届けて客たちはまた何事もなかったように食事と会話に勤しむようになる。
 ――くっそ、そんな卑劣な事をする奴もいるのか!
 怒りとそれに気づかなかった自分への苛立ちが募って今すぐにでも暴れ出したい気持ちだったが、昨日の失敗を思い出して寸での所で堪えていた。
「まあそれはもう済んだ事だからどうしようもないとして、これからどうするのかな?」
「えっ?」
 ヒリューはアムーリヤの質問の意図が分からず聞き返す。
「仕事がまだ欲しいなら私の方から優先して君に回すようにできるけど、まだお金が必要かな?」
 飲食店にお金を支払っても、アムーリヤとのこの晩飯代を払っても、一応次の街に行く分には問題ないだけのお金を手に入れている。ヒリューはもちろん移動費やら宿泊費の相場を知らないので、自分が今どれだけ余裕があるのかちゃんと把握していない。
「まあ一応、またお金が無くなる可能性もあるので、もうちょっと稼いでおきたいです」
 だからヒリューとしては一応本人なりに考えた結果、もう少しお世話になる選択肢を選んだ。
「あ、できればまたテレランに行かせてもらえません? 今日会った奴らを懲らしめておきたいんで」
 握り拳をわなわなと震わせて主張する。アムーリヤは少し考えてから……。
「まああれば君に回すよ。まだまだ経験しておくべきだと思うから」


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