剣闘大会

tabuchimidori

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5戦目

色ボケ猫

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「だからダメだって言ってるでしょー!」
「もう無理なのにゃ! 我慢できないのにゃ!」
 高めの二つの音声で目が覚める。語尾が間延びする話し声はすぐにエリアスさんだと分かったが、語尾がにゃという話し方をしている人間には会った事がないので全くの他人だろうと思いつつベッドから起き上がろうとする。
「??」
 しかし体が、特に下半身が全く動かせる感じがしなかったのでよくよく見ると、エリアスさんではない別の人間らしい生き物が僕の身体にのしかかっていた。
「あ! しまったにゃ! 騒ぎすぎて起きてしまったにゃ!」
 その生き物は見た目小さな子供という感じだったが、顔の体毛やらピンと上向きに生えている耳やらを見る限り、猫人族ウェアキャットだと分かった。ただその猫人族は予想通り僕の知り合いじゃなかったから、何故にのしかかられているのかは理解できなかった。
「あ、良かったセキヤ君。目が覚めたんだねー」
「何が良いのか分からないので、順を追って説明して欲しいんですが?」
「よろしいにゃ。ならば分かりやすく行動で説明するにゃ」
 僕はエリアスさんに質問したはずなのに、何故か体に乗っている猫人族が僕の服を脱がそうとしてきた。
「ちょっとー!」
「さすがにやりすぎだ、バカ」
 エリアスさんが止めに入るよりも先に、僕は猫人族の尻尾の付け根に火の魔法を当てて軽く炙った。
「んにゃーーーー!!」
 猫人族はすぐに僕の身体から離れてそのまま部屋を飛び出しそうな勢いで転げまわった。
「にゃー……、中々やるにゃ。にゃーの弱点をすぐに見抜くとは……!」
 転げまわって尻尾に火が付いてないかを念入りにチェックした後で話し始める。さっきまでの興奮気味のテンションも、弱点を刺激された痛みである程度落ち着いたようだった。
「お前には説明を求めてない。そこでじっとしてろ」
 眠っている最中に体の上に乗ってくるどころか服を脱がそうとした時点でこいつはまともな奴じゃないと判断した僕は、命令口調で強いプレッシャーを与えた。さっきみたいに騒がれるのも僕は嫌いだからだ。
「ああん……。そんな冷ややかな目で睨まれるのも悪くないにゃ」
 ――こいつ、絶対ヤバい奴だ。
 息を少し荒くして体をくねらせている猫人族は無視して、エリアスさんに事情を説明するようにお願いする。
「ええとー、話すとちょっと長くなるんだけどー……」
 そう言い始めながら、これまでの経緯をゆっくり丁寧に教えてくれた。

 まずこの猫人族はクヌーという名前である事とエリアスさんに憑依していた事を教えてもらった。
 どうやらここに来るまでの道中で僕たち、主に僕が魔物退治している姿を目撃したらしく、その勇ましい姿に一目惚れしたのが事の発端との事。猫人族の姿では告白しても取り合ってもらえないだろうし、ぶっちゃけ一晩だけでもそういう関係になれれば良いという思いで、最初はエリアスさんの身体を乗っ取ってチョメチョメしようとしたらしい。
「ああ、だから今日はずっと部屋にいたんですか?」
 この猫人族のクヌーに憑依されていたせいで体が本調子じゃなかったのかと推測した。
「うん、そうなのー。それでおかしいなーって自分の身体を色々調べてみたら、この子に悪戯されてるって気づけたのー」
 クヌーは他人に憑依できる魔法を使えて、それで人間世界の暮らしを盗み見ていた内に、人間と色々付き合ってみたい思いがだんだんと強くなり、終いにはそういう関係性を作りたいとまで思うようになっていたと続ける。
「それで好みの見た目をした男の人を探していたら、セキヤ君を見付けたってわけらしいのー」
 そこからはエリアスさんに憑依し機会を伺っていたのだが、エリアスさんに存在がバレてやむなく勢いで僕に迫ったという流れになっていたのだ。
「やはり急な睡眠術では大した効果が無かったにゃ。……もう少し準備時間があれば……にゃ」
 エリアスさんの説明を聞いていたら部屋の隅にいたクヌーが何やら不敵な笑みを浮かべていた。どうやらまだ僕の身体を狙っているようだった。
「それで私としては恋する女の子の味方になりたいからー、セキヤ君にできれば彼女の想いを受け止めて欲しいんだけど―」
 説明を全て聞いてここまでの流れを全て理解していたけど、続くエリアスさんの発言は全く理解できなかった。
「今なんて言いました?」
「だからー、クヌーちゃんとセキヤ君がチョメチョメすれば全部丸く収まるんだけどー、どうかなーって話だよー」
「収まるわけないじゃないですか!?」
 ――いきなり何言いだしてんだこの人!
「言っときますけど、そういう事はまだ僕には早いし興味もないので、エリアスさんがこの色ボケ猫の手助けをするって言うなら、別の相手を探すっていう方法で協力してください!」
「でもでもー、クヌーちゃんも数ヶ月探してようやくこの人ならって思える人に出会ったって言ってたからー、多分見付けるの難しいと思うんだよー」
「何ヶ月でも何年でも勝手に探してろって話ですよ! エリアスさんも体乗っ取られてたんですよね!? 迷惑かけられた相手に何でそんなに優しくするんですか!?」
「恋する女の子の味方でいたいからだよー」
「理由になってないですし、それだったらさっき言ったように別の方法でって言ってるんです!」
「でもでもー……」
 エリアスさんと完全に平行線の言い合いになってしまって、どうにも収拾がつかない状態になってしまった。
 ――何でこの人、この猫人族に肩入れするんだ?
 何となく並々ならない、むしろ個人的な理由が多分に含まれているような気すら感じられるエリアスさんの普段では考えられない気迫に、このままでは押し切られそうで一瞬背筋がゾクッとした。
 ――誰が会って間もない奴とチョメチョメするか!
 気を引き締め直して、自分は間違ってない事を再確認して、別の答えがそこにある事に気付く。
 ――いや、これって単に問題を先送りにしてるだけな気が……。
 それでもこの状況は一旦収まるし、何より自分にとってもメリットがあるこの提案を飲んでもらった方が好都合だと思い、その考えを二人に話す。
「エリアスさん、それからそこの猫人族も」
「クヌーって呼んでもらえると嬉しいにゃ」
「呼ぶかどうかはこれから決める。とりあえず、一旦保留って提案を飲んでくれます?」
「どういう事ー?」
「僕としてはそういう関係になりたくないっていうのは、まず相手の事を全く知らないのが一番の問題なわけなんですよ。見ず知らずの相手とチョメチョメしたいって思うほどさかってないので、できればちゃんとしたお付き合いを積んだ上でお願いしたいです」
「つまりー?」
「これから僕と行動を共にして、僕の研究なり剣闘大会の手伝いをしてもらえれば、僕としてもそういう事をしても良いと言うわけです」
 ――実際にはそんな気は一切ないが。
「まあ要は条件付きで良いなら後々したいようにしていいって事です。それまで我慢できるかどうか次第ですね」
 問題はすでに我慢しきれずに僕を襲おうとしたクヌーの方だが、そっちの方を見てみると、思いの外キラキラとした目でこちらを見ていた。
「そんにゃ条件で良いのかにゃ!? それならむしろこっちからお願いしたいくらいにゃ!」
 ――あれ、割とあっさり受け入れたな?
「まさか人間と懇ろになるだけじゃなく、恋人チックな事もできるとは思ってもみなかったにゃ! 私デートは漁港が良いにゃ!」
「良かったねー、クヌーちゃん。セキヤ君も中々やるねー」
「……あれ?」
 自分の考えた提案が通って喜ばしいはずが、何故かやらかした雰囲気が漂って、また背筋がゾクッとした。
 ――別に間違った提案はしてないよな……?
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