テレパスなのに好きな人のことが全然わからない

冲令子

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好きな人の頭の中

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 隣に座る二藤の顔がゆっくりと近づいてくる。
 敷島は二藤の眼鏡を外してベッドのヘッドボードに置くと、目を閉じた。
 視界が暗くなる前に見た二藤の顔はいつもと同じ、生真面目な無表情だった。
 唇が重なって、戯れるように何度か角度を変えた後、すでに半開きだった唇を、催促するように舌先で舐められる。敷島が素直に口を開くと、二藤の生温い舌が入ってきた。
 口内を丁寧に舐められ、敷島は無意識のうちに二藤の背中に手を回して、シャツをぎゅっと握った。
 舌を追いかけて絡ませると、二藤も敷島を抱き寄せる。
 しばらく夢中になってキスを交わし、ようやく唇を離すと、二藤は糸を引く唾液を舌先で舐め取って、じっと敷島を見た。目元がほんのり赤くなっているものの、その表情はキスする前とほとんど変わらなかった。
 こんなに情熱的なキスをして、敷島はすでに息も絶え絶えになっているのに……敷島が普通であれば、これ以上の行為に進む勇気をなくしていただろう。

 ──那津くん!! 今日もめちゃくちゃかわいい。キス待ち顔が軽犯罪法違反。人の身体に重大な害を加える器具の所有に該当だよ。しかも、さっきまで緊張してたのに、キスだけでこんなトロトロになるのエロすぎ。顔がどエロ過ぎる。わいせつ物の公然陳列で逮捕。俺以外に見せたら捕まっちゃう。やばい。我慢できない。このまま押し倒していいかな……でも那津くん、いつもする前は絶対シャワー浴びるし嫌がるよな……ここは準強制性交等罪になる覚悟で……でも、那津くんの嫌がるようなことは──

「二藤さん、俺、今日はもう準備してるから……」

 敷島はそう言うと、自分からベッドに仰向けになった。
 目を伏せて二藤の手を握り、引き寄せる。二藤はベッドを軋ませて敷島の上に覆い被さった。

「そんなにしたかったんですか?」

 二藤は敷島を見下ろして無表情に尋ねた。態度だけなら、蔑まれているようにすら感じる。

「時間もったいなくて……久しぶりだから、今日はたくさん抱いて欲しいです」

 盛大なファンファーレが鳴り響いた。

「いいよ」

 敷島が普通であれば、二藤のそっけない言葉と冷たい視線に気持ちが折れて、はしたないお願いをしてしまったと後悔していたかもしれない。でも敷島は普通じゃないから、二藤の首に腕を回し、顔を寄せて唇を合わせた。







 敷島那津しきしまなつ二藤千晶にとうちあきとこういう関係になったのは、三ヶ月ほど前のことだった。

 昼休み、敷島は会社から少し離れた雑居ビルにある定食屋に入った。この店は場所がわかりにくい上に営業日が不定期のため、旨い割にはあまり客がいない。静かに食事をしたい敷島にはうってつけの店だった。

 店内に入ると、奥の席に座る二藤と目が合った。
 まさか二藤とこんな場所で会うとは思ってもいなかった敷島の心臓は、ドコドコと音を立てた。体中の血が沸き立つような気がする。
 こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。
 敷島は、震えそうになる脚で二藤のテーブルへ向かった。

「貿易課の敷島です。以前はお世話になりました。あの……ご一緒してもいいですか?」

 二藤が戸惑いながら頷くのを確認してから、敷島は向かいの席に座った。
 二藤は明らかに困惑していた。普通の神経なら、この状況でここまで距離を詰めることはしないだろう。
 食事中も、特に盛り上がる話題もなく、自分の部署の近況や当たり障りのない時事ネタについて、ぽつぽつと言葉を交わしただけだ。

「そろそろ行きますね」

 休み時間はまだ残っていたが、二藤は席を立った。
 敷島は声が震えそうになるのをなんとか抑えて、若干迷惑そうに見える二藤へ、あの……と話しかけた。

「……二藤さんさえよければ、また一緒にお昼食べませんか?」

 眉を寄せて不機嫌そうに黙り込む二藤に臆することなく誘えるのには理由がある。

 ──えっ……また一緒に? いいのか? 全然話せなくて、気の利いた会話もできなかったのに……最終的に手数料百万円くらい取られる有利誤認か?

 二藤を誘うことができるのは、彼が嫌がっていないことが敷島にはわかるからだ。






 それから敷島は、二藤に対して積極的にアプローチを仕掛けた。
 二藤の思考から趣味の話を振り、共感を伝え、些細なことも誉めて感謝の言葉を口にした。時には手を握るなどのボディタッチもした。ボディタッチは効果覿面だった。

 何度目かのランチの際、敷島は二藤を夕飯に誘った。

「ただの食事じゃなくて、その……デートのつもりで誘っているので、無理なら断ってもらって全然いいので……」

 敷島はしどろもどろになりながら、二藤を見つめた。
 二藤の持っていた割り箸がバキッと二つに折れる。二藤は折れた箸を握りしめたまま、ぎこちなく頷いた。

「俺でよければ喜んで(え………………敷島さん、そういう……? 積極的だなとは思ってたけど……え……??)」

 二藤の頭の中では、たくさんの子猫が飛び跳ねていた。

 約束の夜、待ち合わせ場所に敷島が到着すると、すでに二藤がいた。

「すみません、お待たせしました」
「いえ、俺も今来たところなんで大丈夫です」

 敷島はほぼ時間通りに来たので遅刻したわけではないのだが、二藤が三十分近く待っていたことがわかったので、心の中で申し訳なく思う。

「もしよかったら、もう少し飲みませんか」

 上の空での食事の後、二藤が敷島に言った。
 食事の最中、二藤が次のステップを考えていることはわかっていたので、敷島は思い切って

「二藤さんさえよかったら、二人になれるところに行きませんか……?」

と誘った。
 澄んだソプラノの美声が大音量で響いた。
 頷いた二藤の頭の中では、ソプラノ歌手がど派手な神輿に乗って勇壮に駆け回っていた。

 ホテルの部屋に入ると、敷島はあの、と二藤を見上げた。

「自分から誘っておきながらなんですけど、俺、こういうの経験なくて……もし二藤さんがそういうのに慣れてる人の方がいいなら、がっかりさせてしまうかもしれないです。もちろん、準備とかは一人でできるので、二藤さんの迷惑にはならないようにしますけど……」

「……俺も男性相手は初めてなので、不手際があったらすみません(え……? 経験ない? 初めてってこと……? 何が初めて? どこまでなら経験済み? え……最高か? いや、敷島さんなら淫乱どすけべでも最高だけど……やばい、めちゃくちゃに抱きたいけど、初めて……? どこまでやっていい感じ……? いや、俺も男の人とはやったことないし、うまくできなかったらどうしよう。印象悪くしたら次ないかもだし、ここは)先にシャワー使いますか?」

 冷静に見下ろす二藤に頷いて、敷島は赤い顔でバスルームに向かった。
 テレパスの敷島にとって、恋愛やセックスをするのは至難の業だった。
 好意を向けられることは多かったものの、口では甘い言葉を囁きながら、心の中では全く別のことを考えているのがわかってしまえば、どんな相手だろうと信用なんてできない。
 それに、妬みや陰口、理不尽な言いがかりなど、悪意のある心の声が常に頭に入ってくる状態で、誰かを好きになるのは難しかった。敷島は目立たないよう、人となるべく関わらないようにする癖がついてしまった。
 貿易の仕事に就いたのも、海外とのやりとりはオンラインや電話がほとんどで、対面での交渉が少ないからだ。実際には国内や社内での折衝も多いのは見込み違いだったが。

 好きな人の知りたくない二面性を知って傷つきたくない。もし二藤の嫌な面を見てしまったら、酷いショックを受けるだろう。でも、二藤なら大丈夫だろうという期待もあった。
 ベッドに横たわり、二藤の手でバスローブの紐が解かれる。

「して欲しいこととか、されたら嫌なことはありますか」
「……できれば、優しくして欲しいです」

 二藤は、わかりました、というと、手の甲で敷島の頬を撫でた。

 ──……赤ちゃんか? 二十代男子の肌じゃないだろ。え……もしかして児童福祉法違反? さすがに未成年ってことはないよな……年齢詐称? いや、ないない、倉田の同期だから、それはない。スベスベすぎて動揺しすぎた。なんか……本当に慣れてないんだな。気持ちいいの処理しきれてないのかわいすぎる……演技? 演技でもいいや。もうなんでもいい。かわいい。かわいすぎて製造物責任法適用対象。俺の生命が危うい。

 二藤の手が肌を撫でると、怒涛の思考と快感が敷島の中に流れ込んでくる。キャパオーバーで朦朧としていた敷島は、二藤の指が後ろに触れたところで我に返った。

「きついけど、大丈夫?」
「すみません、シャワーのときに少し準備したんですけど……」
「俺は無理に挿れなくてもいいけど(挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい挿れたい)」

 敷島は二藤の陰茎に手を伸ばして、後ろに当てがった。

「今、俺すごく気持ちいいです…………だから、最後までしたいです」
「……………………痛かったり苦しかったりしたら、言ってくださいね」

 バッファローの大群が駆け抜けた後、二藤が落ち着いた声をかけた。
 ──落ち着け俺。ベッドの中の言葉なんて信じたらアホだぞ。いや、もういい。なんでもいい……中やば…………あ、いい……

 二藤が深呼吸してからゆっくりと挿入すると、敷島は腰を浮かせて仰け反った。つま先がぎゅっと丸まって、シーツを蹴る。

「大丈夫?(優しく優しく優しく優しく……)」
「わ、わかんない……待って……怖い……」

 二藤のものは大きかった。みちみちと中を拡げられて、動いていないのに前立腺が刺激される。

「動いても平気?」

 奥の襞を擦るように二藤が先端を押し当てると、敷島は肩にしがみついて、何度も頷く。
 うるさかった二藤の心の声もほとんど聞こえなくなり、敷島の耳には自分が漏らす喘ぎ声だけが響いた。

「二藤さん、これ以上無理……だめです……」

 中が不規則に痙攣して、二藤のものに絡みついている。体を捩って頭を振ると、パサパサと髪がシーツを叩いた。二藤は敏感になった敷島の体を抱きしめると、耳元に唇を寄せた。

「だめじゃなくて、イクって言って」

 敷島は、涙の浮かんだ目で二藤を見た。
 祈るような二藤の視線に、胸を撃ち抜かれる。

「イ……イキます……」

 言葉にすると、堰を切ったように快感が溢れた。びくんと大きく体が跳ねて、二人の腹の間で敷島の陰茎から精液が飛び散った。

 ──那津くん

 名前、知ってたんだ。
 ずっと心の声が聞こえなかった二藤が、ひっそりと敷島の名前を呼んだ直後、熱い精液が奥に叩きつけられるのが、ゴム越しにわかった。

 別れ際、二藤は敷島へ、今日はありがとう、と言った。

「敷島さんが声をかけてくれたおかげで、楽しい時間が過ごせました。俺なら勇気がなくて、敷島さんを誘えなかったと思うので」

 ──俺だって勇気があるわけじゃない。勝手に心を覗き見ただけだ……

「あの……もしよかったら、また会ってもらえますか」

 罪悪感を覚えつつ敷島が誘うと、二藤は生真面目な表情で頷いた。

「敷島さんがよければぜひ」

 二藤の頭の中では、二足歩行のウサギと子猫が手を繋いで輪になり、スキップをしていた。

 ──こんなの、もっと好きになっちゃうじゃん……

 駅前で二藤と別れ、ついさっきまでの出来事を思い出して顔を赤くしながら、敷島はしみじみと思った。

 ──二藤さん、相変わらず何考えてるかほとんどわかんなかったな

 二藤は大学在学中に司法試験に合格したという秀才だった。そして、秀才らしく超高速で思考する二藤の頭の中は、集中して聞こうとしない限り、テレパスの敷島にも伝わらなかった。
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