テレパスなのに好きな人のことが全然わからない

冲令子

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彼の本当のこと

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 二藤は家に帰ると、ぐったりとソファに腰を下ろした。
 キッチンから冷蔵庫を開け閉めする音がして、ビール缶がふよふよと手元まで漂ってくる。
 一口飲むと、大きなため息をついてうなだれた。
 普段はこんな些細なことに能力を使うことはないが、今日はもう何もする気が起きなかった。

 ──詐欺未遂罪……。いや、財産を騙し取るつもりはないから成立しないな。でも民事なら……ってそういう問題じゃない。ずっと隠してたことが悪いんだから……

 サイコキネシストとして得をしたことなど、ほとんどなかった。二藤が動かせるのは、せいぜい今運んできたビール缶程度の物で、手で運んだ方が早いレベルだ。
 隠している代わりに、使うこともほとんどなかった能力を、初めてまともに使った代償がこんな形で返ってくるとは……

 二藤は見た目とスペックで好意を寄せられるものの、愛想のなさと口下手な性格が災いして、フラれることが多かった。
 大人しい見た目に反して積極的に迫ってくる敷島は、いつも肝心なところで心を閉ざしてしまう。誘ってはみたもののつまらない男だと失望されたのかもしれないと焦った二藤は、性的な経験に乏しい敷島を体から落とすことに決めた。

 幸い、自分にはサイコキネシスの能力がある。
 今までは、ゴミ箱に向けて投げたゴミが外れたのを入れ直すくらいにしか使ったことのない能力だった。もちろん人に向けて使ったことなどない。
 敷島が感じる場所を探して、そこに念を集中させると、二藤がちょっと怖くなるくらい乱れた。

 ──もう二藤さん以外の人とできないです

 敷島から思う通りの言葉を引き出せたのに、二藤の心は暗く沈んだ。こんなふうに執着させても虚しいだけだった。
 せめて自分の気持ちを素直に話せたら……法廷弁論なら澱みなく話せるのに、好きだという一言すらうまく伝えることができない。

 何度目かのため息をついていると、スマホにメッセージが届いた。敷島からだ。
 おそるおそるメッセージを開くと、明日会って話をしたいと書かれていた。二藤は断頭台に向かう思いで、了承の返事をした。

 人に聞かれたくないからという理由で、場所は敷島の部屋になった。駅まで出迎えてくれた敷島と一緒に、家へ向かう。

 ──私服の那津くん、かわいいな。前髪下ろしてるのもかわいい

 こんな状況でなければ浮かれていただろうが、今は足取りが重かった。
 敷島の部屋は、ごく普通のワンルームマンションだった。物が少なく、なんとなく淋しさを感じる部屋だと思った。

「昨日はごめんなさい、突然あんなことを言って……」
「えっ、いや、あんな反応をしてしまったのは、敷島さんのせいじゃないから……」

 頭を下げる敷島に、二藤は慌てて言葉をかけた。

「いえ、それだけじゃなくて……俺、ずっと二藤さんに隠していた事があって……話せば、二藤さんはきっとショックを受けると思うんですけど……」

 ──なんだろう。実は魔法少年ですとか? それは別にショックじゃないな

 不安になりながら敷島を見ると、笑いを噛み殺したような神妙な表情をしていた。

「実は俺、テレパスなんです」

 突然の告白に、二藤はぽかんと敷島を見つめた。

「いきなり言われてもピンとこないですよね。二藤さん、何か頭の中で考えてみてください」

 咄嗟に言われて、思わず『大好きです』と思い浮かべると、向かいに座る敷島が赤面した。

「……本当にわかるの?」
「はい。だから、今までもずっと……」

 恥ずかしさがじわじわと込み上げてきた二藤は、ゆっくりとテーブルに突っ伏した。

「二藤さん、頭の回転が早すぎるから、考えていることの全部がわかるわけじゃないんですけど、でも、黙って聞いていたのは事実なので……。俺、二藤さんが思うほどかわいくないです。かわいいって思ってもらえる行動をしていただけで、それも二藤さんの気持ちを盗み見たからできたことで……」

 二藤の頭の中に、ピンク色のフィルターのかかった敷島の姿が再現される。AVの冒頭イメージ映像のようなそれに、思わず赤面した。

「……敷島さんは嫌じゃないんですか。俺、いやらしいこととかいっぱい考えていたでしょう」

 テーブルに突っ伏し、腕の中に顔を隠したまま二藤が呟くと、いえ、という敷島の声が降ってくる。

「猫ちゃんはよく踊ってましたけど……」

 敷島の言葉で、俯く二藤の首が真っ赤に染まった。

「動物好きなんだなって……あと、名前で呼んでくれてましたよね……」

 頭を抱える二藤から、歯を食いしばるような呻き声が聞こえた。

「二藤さんこそ、嫌でしょう。勝手に頭の中を覗き込まれて……ごめんなさい、ずっと黙ってて……」

 敷島の弱々しい声に、二藤が顔を上げる。

「でもそれは、敷島さんがどうにかできるものじゃないでしょう。聞きたくもない声を聞かないといけない敷島さんの方が辛いんじゃないですか?」

 敷島が目を見開いて二藤を見つめる。

「今まで考えていた事が敷島さんに知られていたと思うと、確かにショックです。でも、敷島さんに対して不誠実なことを考えたことはないから……(ないかな? 昨日、寝落ちしろって念じてたな。やばい、いきなり適当なことを言ってしまった)」

「あの、寝落ちくらい、なんとも思ってないので……。むしろ、一緒にいたいって思ってもらえて嬉しいです」
「黙ったまま会話できるんだ……意外とこれ、便利ですね。……とにかく、俺の考えていることが敷島さんに筒抜けということは、俺の気持ちの証明にもなるわけで、敷島さんさえ嫌じゃないなら、俺は気にしない──とはまだはっきり言えないですけど、気にしても仕方ないので……それに、俺は言葉足らずになってしまうので、敷島さんが考えを読み取ってくれるなら、その方が誤解がないと思います」

 二藤の言葉に、敷島が思わず俯いた。

「そんなふうに言ってもらえると思ってなかったから……」

 感動のエンディングみたいな雰囲気だが、二藤にはまだ伝えなければならないことがあった。

「実は俺も、敷島さんに言わないといけないことがあって……これ、どうぞ」

 二藤は持参した菓子折りを浮かせて、敷島に渡した。
 目を丸くして、宙に浮く手土産を受け取る敷島へ、実は……と重い口を開いた。

「俺とするのが気持ちいいって言ってくれたけど、あれも、この能力のせいなんです。敷島さんが、体だけでも俺の虜になってくれたらいいのになって……」

 二藤の頭の中で、自分のイク姿がダイジェストで再生され始めたので、敷島は妄想を霧散させるように、慌てて空中で手を振り回した。

「と、とにかく、卑怯な手を使ってただけで、俺が特別上手とかそういうことではないので……」
「え、それを上手って言うんじゃないですか?」

 敷島は二藤の手を取ると、自分の腹に押し当てた。

「いつもどういうふうに力を使ってるのか、教えてください」

 二藤が手の先に力を込めように念じると、腹の奥が熱くなって、腰が揺れる。敷島は潤んだ目で二藤を見つめた。

「俺、あざといですよね」
「……かわいいです」
「二藤さんがこういうの好きってわかってやってるんです」

 二藤は敷島をベッドに押し倒し、髪や首筋を愛撫しながら、能力で服を脱がせた。

「……便利ですね」
「俺も、初めてこの能力を使いこなした気がします」

 敷島は二藤のものに手を伸ばすと、あ……と小さな呟きを漏らした。

「な、なに……?」

 不安を抱えて二藤が訊くと、敷島は気まずそうに口を開く。

「二藤さんの能力って、モノの形とか、サイズを変えることもできますか?」
「物によるけど、できますよ」

 敷島はもじもじしながら、その……と口ごもる。

「……二藤さんのってその……すごく大きいから、これももしかしてそうなのかなって……」
「え? ない! そこは何もしてないから! サイズ変えるって……で、できるのかな……」

 二藤と敷島は思わず見つめあった。

「……試してみますか?」
「いえ、これ以上は無理です……でもあの、ちょっとだけなら……」

 二藤のものは、少しだけ大きくなった気がしたが、いつもより興奮したせいか能力のせいかはわからなかった。
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