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キス

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 タクシーの隣に座る瞳をちらっと見ると、がちがちに顔が強張っていた。

「……あのビデオ、全然売れなかったらしいし、レビューも最悪だったのに、何がそんなによかったんだよ」

 あきらが尋ねると、瞳は少しびっくりした表情のあと、にちゃぁと気持ち悪い笑顔を浮かべた。

「えっとぉ、俺はエイジに性癖を歪められたんでぇ、あのマグロで無反応なところがいいんですよぉ」
 でれでれと語る瞳を見て、訊くんじゃなかったと、瑛は窓の外へ視線を向けた。堂々と本人に言える胆力は認める。

 瑛は中学一年生の時に初めてセックスして以来、相手に困ったことはないが、セックスが楽しいと思ったこともなかった。
 射精の気持ちよさはあるが、それまでの過程が面倒くさい。ぐにゃぐにゃ柔らかい女の体も、女性器のグロテスクな見た目も、どちらかと言うと苦手だった。
 そのせいか、ゲイビデオに出ることにもあまり抵抗はなかった。触られたり、舐められたりするのは気持ち悪かったけど、いつもやっているセックスだって大して変わらない。むしろ、何もせずにほぼ寝ているだけで済むと思えば、普段より楽だった。

 セックスが好きじゃなくて、手っ取り早く射精だけできればいいと思っている瑛との行為は、相手も楽しくなかっただろう。割とクズいセックスをしている自覚はあったが、それでもいいから抱かれたいと請われるまま、瑛は自分本位のセックスをするだけだった。
 だから、我を忘れるほど気持ちよさそうな相手の姿を見るのも、もう一度その姿を見てみたいと思ったのも、瞳が初めてだったのだ。





 瞳の住むマンションは、黒と白のコントラストが目を引く個性的な外観だった。
 ヘタレで気持ち悪い瞳しか見ていないので、とんでもないボロアパートに住んでいてもおかしくないイメージだったが、伊達に空間デザインとかやってるわけじゃないんだなと、ちょっと感心した。館内は静かで、共有部分も清潔に保たれており、住民のモラルも高そうだ。

「すみません、部屋散らかってるかも……」
「いや、急に来ることになって悪い」

 少しそわそわしながら、瞳が鍵を開けるのを見つめていると、佐久間さんって謝ったりするんだ……とぶつぶつ言っていた。こいつ、まじでなんだと思ってんだ。

 どうぞ、と案内された瑛は、玄関に立ち尽くした。

「きったね!!!!!!!」

 ヒステリックな声にビクッと反応する瞳を、じっとりと睨む。

「は? 何これ? 下にゴミ置き場あったじゃん。なんで部屋にゴミ溜めてんだよ。ちょっ……シンクに食器置きっぱにするの、まじで信じらんねえ……」
「あ、あの、えと、それは朝食べた時のやつで、その、ちょっとだけだし……」
「少ししかないなら、すぐ洗えばいいじゃん!!」
「え、あ、はい」
「……このシーツ洗ったのいつ?」
「シーツ……洗う……?」

 本気で訳がわからないといった表情できょとんとしている瞳へ、瑛はおぞましいものを見るような目を向ける。

「えと、あの……俺、あんまり掃除とか得意じゃなくて、その……」
 瞳はしょんぼりした顔で、おどおどと瑛の顔色を伺いながら、
「帰っちゃいますか……?」
と呟いた。

「……帰んないよ」

 瑛が言うと、瞳は慌ててソファの上に散らばった服や、床に置きっぱなしの宅配便の空き箱を、部屋の隅に押しやった。

「ど、どうぞ!」
 腰を下ろすスペースが空いたソファに、瑛が気まずそうに座る。

「……まあ、お前の部屋が散らかってるからって、俺が文句言うことでもないし、急に来たのも悪かったし……」
「いえ、汚いのは事実なんで……それに、潔癖症っぽいところ、解釈一致でなんか嬉しかったです!」

 こいつぶれねえな、と隣にかしこまって座る瞳を見る。

「あの、何か飲みますか?」
 そわそわと気を遣う瞳へ、瑛が首を振る。何が出てくるかわからん。

「えと、じゃあ何か見ます? 動画配信サービスとか入ってるんで見たいのがあればーー」
 瑛はじっと瞳を見つめる。
「あの、えっと、えっと……」

 こんな時、どうすればいいかなんてわかっているくせに、答えに自信が持てずに怖気付く瞳へ、瑛は自分の唇をトントンと指し示した。
 瞳はおずおずと瑛に手を伸ばすと、壊れ物に触れるようにそっと抱き寄せた。瑛が顔を上げると、鼻先が触れそうになる。

「……いいの?」

 普段は頭の悪そうな敬語で話しかけてくるくせに、こういう時だけそんな言い方をするなんてずるい。
 瑛が瞳の背中に腕を回すと、瞳は緊張した顔を傾けて、ぎこちなく唇を合わせた。少しかさついた唇が柔らかく押し付けられると、瑛はふっと小さな声を漏らした。
 それが合図のように、瞳の舌が入ってくる。ねっとりと緩慢な動きで口の中を丁寧になぞられて、瑛は瞳の背中に爪を立てた。

 ーーこいつキス上手い……

 もどかしさから瞳の頭を掻き抱いて、髪の毛をぐちゃぐちゃに乱してしまう。舌が絡み合い、お互いの息が荒くなる。
 ようやく唇が離れて、瑛が唾液で濡れた唇を親指で拭うのを見ると、瞳の顔からはサーッと音を立てるように血の気が引いていった。

「あの、俺、おれ……」
 瞳は頭を抱えてうなだれると、耐えきれないようにオエッとえずいた。
「お前さあ」
「ち、違うんです……」
 呆れた声を出す瑛の顔も見れず、かたかたと震えながら瞳が声を絞り出す。

「待って……俺、今キスしました? 嘘、え、ちょっと……あの、警察に通報を……」
「しねえよ」
 瑛は面倒くさそうに答えると、瞳の顔を覗き込んだ。

「あの、ガチ恋距離まじでやめて……死んじゃうから……」
「死なねえし、嫌なら最初から部屋になんて来ないだろ」
 瑛の言葉に、瞳が目を見開く。

「はっ!? まじでそういうつもりだったのかよ!? 何考えてんのこの人どすけべ過ぎる……えと、あのでも、佐久間さんノンケですよね……?」
「男とやったことあるノンケだよ」

 混乱して、でも、とか、あの、とかもごもご言っている瞳の腕を掴んで、瑛はソファに仰向けになった。瞳は覆い被さるように、瑛の上に倒れ込む。

「こんな体勢、おちんちん勃っちゃう」

 顔を真っ赤にして体を捩る瞳の股間に、膝を当てて緩く撫で上げる。そこはすでに反応していて、瞳は、あ……♡と声を上げた。

「あの、本当にちょっと待って……」
 瞳はそう言うと、またメソメソと泣き出した。

「佐久間さん、俺のことおちょくって遊んでるでしょ……」
「イヤ?」
「全然嫌じゃないです♡」

 キスの余韻で、腹の奥の方ではまだ、もやもやとした熱が燻っている。瑛は瞳の首に腕を回すと、脚と脚を絡ませた。お互いの固くなったものが擦れて、瞳がへこへこと腰を揺らす。

「ご、ごめんなさい……腰動いちゃう……」

 ベソをかきながら、なんとか瑛と距離を取ろうと無駄に足掻く瞳の腰を、脚で挟んで引き寄せる。バカで情けない顔が、なんだか最高にかわいく見えた。

「お前のことオモチャにして遊んでるのは、まあそうかもしれないけど、エッチなオモチャで遊びたい時もあるんだよなあ」

 耳元に唇を寄せて囁くと、ポンっと音がするように瞳の体温が上がるのがわかった。
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