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二章 目指せ声優! 鈴華愛紗

目指せ声優! 鈴華愛紗 7

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「この声のせいで小さいころから、声作ってんじゃねえよとか、ぶりっ子とか言われていじめられました。でも地声なんですよ。クラスは一つしかないからクラス替えとかなくて、毎年クラスメイトの顔触れは変わりません。わたしはクラスでずっと孤独でした」
 愛紗は細い首を指先ですっとなでた。
「声が低くなれば目立たないんじゃないか、みんなと同じような声になるんじゃないかって色々と調べて、小学五年生の時に強いアルコールをガブガブ飲んで、同時にタバコも吸いました。喉が焼けるように痛くなって、これならきっと声が低くなるぞって嬉しくなって、苦しかったけど続けました。そうしたら喉だけじゃなくて、胃も頭も痛くなって、吐いて倒れちゃいました。気づいた母に病院に運ばれていて、こんなことをしたら声帯が壊れる前に死んでしまうとお医者さんに怒られました」
 苦笑する愛紗を、悲痛な面持ちで拓斗は見つめた。
 多感な頃にずっと一人で過ごすなんて、つらくて寂しい思いをしていたに違いない。しかもいじめられる理由は、自分ではどうしようもできない声質だ。
「でもある日、国民的な人気アニメを見ていたら、主人公がわたしそっくりの声だったんです。その主人公のセリフを真似してしゃべってみたら、妹がものすごく喜んだんですね。アニメの世界ならわたしも主人公になれるんだって、この時思ったんです」
 愛紗はアニメのキャラクターに声を当てる“声優”という職業があることを知る。
「わたしは声優になるって決めました。客観的に考えたらわたし、みんなよりかなり声が高いだけで、かわいい声なんですもん。みんなと違うってことは武器になるんだと気づきました。そうですよね、拓斗さん?」
「う、うん」
 突然話を振られて、こくこくと拓斗はうなずいた。
「ぶりっ子って言われて嫌だったけど、普通にしていてそう言われるなら、もうとことんぶりっ子になろうと決めました。このフリフリのスカートも似合ってますよね、拓斗さん?」
 愛紗が立ち上がってクルリとまわった。ひざ丈のスカートがふわりと広がって、すらりと細い足の太ももまで持ち上がった。
「うん、似合ってるけど、あまり回らないほうが……」
「ピンチはチャンス。短所は長所。だから拓斗さんもピアノを弾けます!」
「えっ?」
「えっ、って?」
 二人はきょとんとしたまま見つめ合った。
「拓斗さん、スランプ中なんですよね?」
 拓斗は何度かまばたきを繰り返して、やっと思いついた。
「もしかして、ぼくを励ましてくれていたの?」
「やだ、もしかしなくてもそうですよ! そうじゃなきゃ、いじめられた時の黒歴史なんてしないじゃないですか!」
 肩をバシンと叩かれた。
「そうか、ありがとう。そうだよね」
 ふつふつと笑いが込み上げてきた。成長痛の話も、壁の話も、過去の話も、全て自分を励ますために力説していたのか。
 そう思うと、愛紗の優しさと可愛らしさに、笑いが止まらなくなってきた。
「えっ、なんで笑うの? 笑うところ? 感動するところじゃないの?」
「うん、感動してる」
「笑ってるじゃないですかっ」
「嬉しいと笑いたくなることもあるんだよ」
「そうですか? なら、いいんですけど」
 愛紗はあまり納得していないような顔で席に戻った。
 精一杯励ましてくれた愛紗のためになにかしてあげたい。
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