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遺棄事件と見えないドア13

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 山口さんは、一旦言葉を止めて、一重の目を眇めた。
「そうしたら?」
「ドアがないの」
「……え?」
「四方向、全て壁。入り口がないのよ。でも中には、絶対に犬がいるの。まさか屋根の上や地下に入り口があるわけじゃないだろうし、謎なのよ」
「ドアがない」
「謎、ですね」
 入り口がない家なんて、あるのだろうか?
 私と涼子は、顔を見合わせた。
 車の写っている写真をスマートフォンで接写し、他にも条件に合いそうなパピーミルの住所を書き写してから、NPOを後にした。

 涼子と相談した結果、NPOでいくつかメモを取らせてもらった中で、私が目撃した女性のパピーミルの可能性が最も高い所に行くことにした。もちろん、ステッカーのついた車が映っていた写真の場所だ。
 しかし、訪問するには問題があった。場所が遠かったのだ。
 涼子が一日自由になる日曜日まで待ち、私たちは電車を乗り継いで、三時間かけて栃木駅に辿りついた。そこからは、三十分ほど車を走らせなければならない。
「本当にタクシー代出してもらっていいの?」
「大丈夫。正月に親戚が一同に集まるから、お年玉がいっぱいもらえるんだよ。殆ど使ってないからさ」
 涼子は温和な笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
どんな貯め方だとしても、大切なお金に違いないのに。でも、そのお金がないと、目的地にたどり着けない。私は涼子に甘えることにした。
栃木駅で下車した時から既に山は見えていたけれど、車を走らせるとすぐに自然豊かな景色に変わった。
「この辺りのはずだね」
 涼子はスマートフォンの地図アプリと周辺の景色を見比べていた。
 周囲は二、三百メートル級の低い山と田畑が続く牧歌的な景色になっていた。猪の皮を干している小屋もあることから、この辺りは狩猟区域なのだろう。そういえば、今から行くパピーミルを初めに通報してきた人はハンターだったらしい。
「その建物だ、写真と同じだよ」
 涼子が指さした先に、プレハブがあった。確かに写真と同じもののように見える。
「揺れますよ」
 運転手さんはそう言って、舗装されていない脇道にハンドルを切った。道がデコボコとしていて、車が大きく揺れる。
「運転手さん、あまり近づかなくていいです。この辺りで」
 涼子は運転手さんを止めた。
「例のオバサン、あのプレハブの中にいるかもしれないでしょ。逃げられないように」
「なるほど」
私たちは運転手さんにお礼を言って、タクシーを降りた。
「やっと着いたね!」
 ミニリュックを背負った私は、大きく伸びをした。
私は膝丈のワンピースにスニーカーを合わせ、活発に動けるガーリーコーディネートにした。涼子はVネックの黒いサマーセーターにスリムジーンズというシンプルな格好で、それがスタイルの良さを強調するように似合っている。
「あ、これって」
 深呼吸をした私は、異臭を感じた。森林の香りに混じって、腐った溝のような、排泄物のような臭いがする。
周囲には草が伸び放題の空き地しかない。異臭はプレハブからきているに違いなかった。
「まだ五十メートル以上離れてるのに」
 私は口元を手で覆った。涼子は唇をかみしめて、険しい表情でプレハブを見つめている。
「気を引き締めて行こう」
 私は頷いた。
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