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遺棄事件と見えないドア15
しおりを挟むプレハブの隙間から、無数のハエが飛び出してきた。
「きゃあ!」
そのおぞましさにシャッター棒を放り出し、私たちは慌ててプレハブから距離をとった。
「気持ち悪いっ。犬はこんなところにいるんだね」
「早く助けてあげなきゃ」
固い土に座り込み、私たちは肩を寄せ合って、呼吸が落ち着くのを待った。涼子と手が離れてしまったのは残念だったけど、犬たちを助けたいという思いが繋がっているのを感じていた。
「助けてあげたいけど、ドアが見つからないと始まらないね。どうなってるのかな、この建物」
錆びついて、あちこち塗装の剥げているプレハブを見上げた。
「犬が入ってるんだから、絶対に入り口があるはずだよ。探さなくちゃ」
涼子の言葉に、私はこくりと肯いた。
「まさか、屋根から入るのかな」
私はトタン屋根を見上げた。
「脚立や梯子はないよ」
「飼い主がここに来る時に持ってくるのかも。トラックに登れば、なにか見えるかな」
フロントタイヤに足をかけたものの、次の足場が見つからなかった。
「美央、危ないよ」
「大丈夫だって」
水泳部のエースだった涼子には負けるだろうけど、私だって運動神経は悪くないはずだ。
私は窓ガラスのちょっとした隙間に足をかけて登ろうとした。
「美央、スカートだよ」
「一応、見ないで」
窓にかけた足に力をいれて、更に高い位置にあるミラーを掴もうとした時、足が滑った。
「しまっ」
「美央っ!」
涼子が悲鳴を上げる。
掴むものもなく、私の手は虚しく空を切った。
落ちる!
反射的に目を閉じて、受け身の準備をした。確か体育の時間に習ったはず……。
思い出しながら構えを取ったものの、いつまで経っても覚悟していた衝撃がこなかった。
「……あれ?」
目を開けると、端正な顔がすぐ近くにあった。下がり気味な眦の大きな瞳と視線が合う。強張っていた表情が、安堵したようにくしゃりと崩れた。
「驚かさないでよ美央、下手したら骨折する高さだよ」
地面に座り込んだ涼子の上に、私は乗っていた。私の背中と膝の下に、涼子の腕が回っている。トラックから落ちた私を空中でキャッチした涼子は、座り込みながらその衝撃を受け止めてくれたに違いない。
「怪我はない? わたしが力持ちで良かったね」
涼子はおっとりとした口調で、にっこりと微笑んだ。
「涼子」
「なに?」
「涼子が男子だったら、絶対惚れてた」
「やめてよ、シャレにならないから」
「いてっ」
私はポイッと地面に転がされてしまった。どうやら涼子は、同性の後輩から毎年バレンタインチョコレートを大量に貰うらしい。本命チョコも少なくないようだ。
「そっか。涼子って、宝塚の男役みたいだもんね」
「もう聞き飽きたっ。部活のために髪を短くしてたけど、これからは伸ばすから」
随分と嫌そうだ。美人には美人の悩みがあるらしい。
「涼子はキビキビ喋ったら、もっとモテそうなのにね。むしろ、そのギャップがいいのかな」
「わたしの話はいいって」
涼子は立ち上がってGパンの埃を払った。私も同じようにする。
「それより、トラックに登った収穫は?」
「……ありません」
私は肩を落とした。
「わたしは上じゃなくて、下に注目するべきだと思うよ」
「下? 地下?」
隠し通路の扉でもあるのかと、私は周囲を見回した。
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