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終章 新たな企画
終章 新たな企画 前編
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「口を開けて。ほら、アーン」
「兄さん、ぼくが怪我をしたのは足なんだから、自分で持てるよ」
「いいから、アーン」
(出た、強制アーン)
ベッドサイドの椅子に座り、央都也の口元でスプーンを止めている真顔の雄誠は、央都也が口を開くまでそのまま動かない。
央都也はしぶしぶと口を開けた。カットされたメロンが口の中に滑り込んでくる。よく熟れていて口の中でとろけた。
(甘い。ものすごく甘い。まるで今の兄さんのよう)
元々雄誠は央都也に対して過保護の傾向があったが、辟易するほど過干渉になってしまった。
(こんなこと、個室じゃなきゃ恥ずかしくてできなかったな。いや、個室だからこんなことしてくるのか。団体部屋に移動しようかな)
そんなことを央都也は真剣に考える。
央都也は現在、病院のホテルタイプの個室に入院している。動画のネタになるかとあえて豪華な部屋を選んだのだが、文字通りホテルのようだった。テレビやDVDプレーヤーはもちろん、机やソファ、冷蔵庫、キッチン、ワードローブ、バス、トイレもついている。よくある病院らしい白壁でもないため、病院であることを忘れそうだ。
個室にしたのは極力人と接触したくないせいでもあるが、動画を配信するためでもあった。
先日の生配信では「治療費にして」「お見舞いだよ」などと、驚くほどの投げ銭が入った。理由をつけてずっと入院していようかとゲスなことを考えたくらいだ。
「退院まで、あと半分」
そう言いながら、半身を起こしている央都也はベッドの上で伸びをした。
十日ほど前、病院に搬送された央都也は検査を受けた。
カッターで刺された左の太ももは、幸いなことに太い動脈も神経も損傷がなく、傷跡も大して残らないと言われた。
問題は右足で、右すねを形成する脛骨と腓骨が骨折しており、全治二か月、入院三週間だと診断された。既に金属を入れて患部を固定する手術を受け、ギブスを巻いている。
引きこもりの央都也にとって、入院していてもさほど生活は変わらなかった。朝起きて、だらだらして、少し配信用の撮影をして投稿し、やっぱりだらだらして、寝る。
病院では三食食事が出てくるので、家よりも更に楽だともいえた。
ただ、家でさえ一食食べればいい方だったのに、足を損傷して動けない央都也にとって三食は多すぎた。一食にするか、一回の食事量を減らしてほしいと頼んだのだが、白米の量が少し減ったくらいだった。ならばと遠慮なく残しているのだが、看護師がいい顔をしない。「央都也くん、片付ける前に一口食べて」と、「ラスト一口」を言われるようになった。それが毎度のようになってきたので、「ラスト一口」用に胃をあけて食事を残してやろうかと画策中だ。
それくらい胃が「入ってくるな!」と悲鳴を上げているのに、雄誠が毎日見舞いに来て、甘いフルーツを買ってくる。そして強制的に央都也に食べさせる。
(みんなして、ぼくを太らせたいのかな)
退院するころには体重が二倍になっているかもしれない。
(それもネタになっていいかも)
自棄気味に央都也はそんなことを考える。
「ねえ、兄さんだって忙しいんでしょ。毎日来なくていいんだよ、本気で」
むしろ来ないでほしいという気持ちを込めて央都也は言った。
「来ないわけがないだろ。退院後はしばらく俺の家に住め。あんな事態が起こったのはコミュニケーション不足が原因だ。俺は深く反省している」
スーツ姿の雄誠は精悍な顔をしかめ、眉間に深くしわを刻んだ。
(確かに意思の疎通が足りなかったのかもしれないけど、極端なんだよね)
あれから雄誠に、青山桜子との関係を聞いた。
結論から述べると、すべて桜子の思い込みによるものだった。
桜子は雄誠の会社の後輩で、神経質でネガティブ思考の持ち主だった。
納得できるまで仕事を先に進めることができず、納期が遅れるなどのトラブルが多発していた。それで上司やチームと折り合いが悪くなり、陰口を言われていると悩んでいた。実際はそんなことはなく被害妄想なのだが、チームの者が説明しても余計こじれるだけだった。
そこで桜子の上司に「相談にのってやってほしい」と頼まれたのが雄誠だった。
桜子は「差別されている」「悪口を言われている」と思い込んでいるので、社内ではこの話題をしづらい。
昼休みや仕事が終わった後に食事をしながら話を聞いて励ましていたのだが、それがいつの間にか桜子の中で、「雄誠は自分が好きだから励ましてくれている」となり、「私たちは付き合っている」となり「いつか結婚する」に変換されていった。
雄誠はその逞しい想像力と思い込みの激しさに驚いた。相手を傷つけないよう、そうではないと軌道修正しようとしたが、まったく通じなかった。
苦肉の策で、
「引きこもりの弟の世話を毎日しているから、恋人を作れないし結婚も考えられない」
と、央都也をダシにして「自分たちは付き合っていない」アピールをしてみた。
しかし、これも失敗だった。
やはり桜子の中で、
「障害になっている弟がいなくなれば、私たちは結婚できる」
にすり替わっていた。
雄誠は頭を抱えていた。電話もメールも毎日何度もかかってくるのだ。
内容は「私たちが結婚できるように、弟さんを説得します。連絡先を教えてください」というものが多く、桜子に央都也の連絡先を知られたら悪い展開になりそうだと考えていた。
だから雄誠は頑なに、央都也の動画で顔出しを拒否していたのだ。
央都也は人気ユーチューバーだ。なにかのきっかけで、桜子も央都也の動画を見ることがあるかもしれない。
そして、その危惧は当たってしまった。
央都也の動画で雄誠が顔を晒してしまったことがネットニュースになり、その記事を桜子が読んだのだ。
雄誠の弟がユーチューバーのXだと知った桜子が、SNSのダイレクトメールで連絡したのが、央都也に届いたメールだった。
「実害が出てしまったからな。事情を上司に報告したし、彼女にははっきりと、付き合えないから今後は一切連絡してこないようにと伝えた。彼女は俺を婚約破棄したひどい男として周囲に言いふらすのだろうが、それも仕方がない。勉強料だと受け止めよう」
(それだけ誇大妄想をすることが周囲に知られているなら、その人が吹聴しても、むしろ兄さんが同情されるだけだろうけどね)
そう思いはしたが口にせず、央都也はいたずらっぽい視線を雄誠に向けた。
「災難だったね。ぼくをダシにするからだよ」
「それも反省している」
雄誠は頭を下げた。
「兄さん、ぼくが怪我をしたのは足なんだから、自分で持てるよ」
「いいから、アーン」
(出た、強制アーン)
ベッドサイドの椅子に座り、央都也の口元でスプーンを止めている真顔の雄誠は、央都也が口を開くまでそのまま動かない。
央都也はしぶしぶと口を開けた。カットされたメロンが口の中に滑り込んでくる。よく熟れていて口の中でとろけた。
(甘い。ものすごく甘い。まるで今の兄さんのよう)
元々雄誠は央都也に対して過保護の傾向があったが、辟易するほど過干渉になってしまった。
(こんなこと、個室じゃなきゃ恥ずかしくてできなかったな。いや、個室だからこんなことしてくるのか。団体部屋に移動しようかな)
そんなことを央都也は真剣に考える。
央都也は現在、病院のホテルタイプの個室に入院している。動画のネタになるかとあえて豪華な部屋を選んだのだが、文字通りホテルのようだった。テレビやDVDプレーヤーはもちろん、机やソファ、冷蔵庫、キッチン、ワードローブ、バス、トイレもついている。よくある病院らしい白壁でもないため、病院であることを忘れそうだ。
個室にしたのは極力人と接触したくないせいでもあるが、動画を配信するためでもあった。
先日の生配信では「治療費にして」「お見舞いだよ」などと、驚くほどの投げ銭が入った。理由をつけてずっと入院していようかとゲスなことを考えたくらいだ。
「退院まで、あと半分」
そう言いながら、半身を起こしている央都也はベッドの上で伸びをした。
十日ほど前、病院に搬送された央都也は検査を受けた。
カッターで刺された左の太ももは、幸いなことに太い動脈も神経も損傷がなく、傷跡も大して残らないと言われた。
問題は右足で、右すねを形成する脛骨と腓骨が骨折しており、全治二か月、入院三週間だと診断された。既に金属を入れて患部を固定する手術を受け、ギブスを巻いている。
引きこもりの央都也にとって、入院していてもさほど生活は変わらなかった。朝起きて、だらだらして、少し配信用の撮影をして投稿し、やっぱりだらだらして、寝る。
病院では三食食事が出てくるので、家よりも更に楽だともいえた。
ただ、家でさえ一食食べればいい方だったのに、足を損傷して動けない央都也にとって三食は多すぎた。一食にするか、一回の食事量を減らしてほしいと頼んだのだが、白米の量が少し減ったくらいだった。ならばと遠慮なく残しているのだが、看護師がいい顔をしない。「央都也くん、片付ける前に一口食べて」と、「ラスト一口」を言われるようになった。それが毎度のようになってきたので、「ラスト一口」用に胃をあけて食事を残してやろうかと画策中だ。
それくらい胃が「入ってくるな!」と悲鳴を上げているのに、雄誠が毎日見舞いに来て、甘いフルーツを買ってくる。そして強制的に央都也に食べさせる。
(みんなして、ぼくを太らせたいのかな)
退院するころには体重が二倍になっているかもしれない。
(それもネタになっていいかも)
自棄気味に央都也はそんなことを考える。
「ねえ、兄さんだって忙しいんでしょ。毎日来なくていいんだよ、本気で」
むしろ来ないでほしいという気持ちを込めて央都也は言った。
「来ないわけがないだろ。退院後はしばらく俺の家に住め。あんな事態が起こったのはコミュニケーション不足が原因だ。俺は深く反省している」
スーツ姿の雄誠は精悍な顔をしかめ、眉間に深くしわを刻んだ。
(確かに意思の疎通が足りなかったのかもしれないけど、極端なんだよね)
あれから雄誠に、青山桜子との関係を聞いた。
結論から述べると、すべて桜子の思い込みによるものだった。
桜子は雄誠の会社の後輩で、神経質でネガティブ思考の持ち主だった。
納得できるまで仕事を先に進めることができず、納期が遅れるなどのトラブルが多発していた。それで上司やチームと折り合いが悪くなり、陰口を言われていると悩んでいた。実際はそんなことはなく被害妄想なのだが、チームの者が説明しても余計こじれるだけだった。
そこで桜子の上司に「相談にのってやってほしい」と頼まれたのが雄誠だった。
桜子は「差別されている」「悪口を言われている」と思い込んでいるので、社内ではこの話題をしづらい。
昼休みや仕事が終わった後に食事をしながら話を聞いて励ましていたのだが、それがいつの間にか桜子の中で、「雄誠は自分が好きだから励ましてくれている」となり、「私たちは付き合っている」となり「いつか結婚する」に変換されていった。
雄誠はその逞しい想像力と思い込みの激しさに驚いた。相手を傷つけないよう、そうではないと軌道修正しようとしたが、まったく通じなかった。
苦肉の策で、
「引きこもりの弟の世話を毎日しているから、恋人を作れないし結婚も考えられない」
と、央都也をダシにして「自分たちは付き合っていない」アピールをしてみた。
しかし、これも失敗だった。
やはり桜子の中で、
「障害になっている弟がいなくなれば、私たちは結婚できる」
にすり替わっていた。
雄誠は頭を抱えていた。電話もメールも毎日何度もかかってくるのだ。
内容は「私たちが結婚できるように、弟さんを説得します。連絡先を教えてください」というものが多く、桜子に央都也の連絡先を知られたら悪い展開になりそうだと考えていた。
だから雄誠は頑なに、央都也の動画で顔出しを拒否していたのだ。
央都也は人気ユーチューバーだ。なにかのきっかけで、桜子も央都也の動画を見ることがあるかもしれない。
そして、その危惧は当たってしまった。
央都也の動画で雄誠が顔を晒してしまったことがネットニュースになり、その記事を桜子が読んだのだ。
雄誠の弟がユーチューバーのXだと知った桜子が、SNSのダイレクトメールで連絡したのが、央都也に届いたメールだった。
「実害が出てしまったからな。事情を上司に報告したし、彼女にははっきりと、付き合えないから今後は一切連絡してこないようにと伝えた。彼女は俺を婚約破棄したひどい男として周囲に言いふらすのだろうが、それも仕方がない。勉強料だと受け止めよう」
(それだけ誇大妄想をすることが周囲に知られているなら、その人が吹聴しても、むしろ兄さんが同情されるだけだろうけどね)
そう思いはしたが口にせず、央都也はいたずらっぽい視線を雄誠に向けた。
「災難だったね。ぼくをダシにするからだよ」
「それも反省している」
雄誠は頭を下げた。
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