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六章 ロバートの過去
ロバートの過去 4
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見た目はロバートのはずだが、アレクサンドラは違和感を覚えた。
なにかが違う。
「あなたは、誰?」
アレクサンドラがそう言うと、目の前の男性は大きく目を見開いた。
「え、もう気づいちゃったの? まだ一言しか喋ってないし、ちゃんと日焼けしたように化粧をしたのに。おかしいな、そっくりだよね?」
ロバートもどきが振り返ると、部屋の入り口からもう一人のロバートが現れた。
「ロバートが二人……」
アレクサンドラはぽかんと口を開けた。
同じ顏が二つ並ぶ。
比べてみると、本物のロバートの方が筋肉の厚みがあり肌の色も微妙に違った。なにより醸し出す雰囲気が全く違う。
ただし、並んでいなければ見抜くのは困難なほど似ていた。
「だから、くだらないことはやめろと言ったんだ。わざわざ呼び出してまですることか」
片方の眉をつり上げて、ロバートは呆れたと言わんばかりの表情を浮かべている。
「だって、フランシスのお気に入りの子と話したかったんだもの。……君は綺麗な目をしてるね。いい子で安心したよ」
アレクサンドラに笑いかけ、ロバートもどきは眼帯を外した。
やっぱりロバートをフランシスと呼んでいる、とアレクサンドラは思った。
「さっき言ったことは本当だよ。彼が僕に泣きながら言っていたんだから。また君に会いたいって」
「泣いてねえよ。ほら忙しいんだろ。もう戻れって」
「久しぶりの兄弟の再会なのに、冷たいじゃないか」
「はいはい、いつもお疲れ兄貴」
ロバートはぞんざいに兄にハグをした。
「兄弟」
考えてみれば当たり前のことだった。こんなにそっくりな他人なんてあり得ない。
「僕はウィリアム。よろしくね」
アレクサンドラはウィリアムに手を取られ、口づけのあいさつをされる。隅々まで磨き尽くされたような柔らかい手で、洗練された所作だった。近づくと、品のいい香りがした。
「フランシスは淋しがり屋だから、優しくしてあげてね」
ウィリアムは優しい笑みを浮かべた。ロバートと同じ顏のはずなのに、どちらかというと女性的な相貌に映った。
「心配しなくても、ロバートはいつも輪の中心にいる」
ロバートは人の心を掴む天才だとアレクサンドラは思う。
「周りに人が集まっていても、孤独なこともあるんだよ」
ウィリアムはにっこりと微笑んでから踵を返した。
「さて、僕は窮屈な檻に戻ろうかな。たまには代わってよフランシス」
「やだね」
ロバートは冗談めかして舌を出した。
「そうだよね。フランシスが勝ち取った自由だもの」
ウィリアムはロバートを抱きしめた。
「いつも危険なことをさせてすまない、フランシス。今日も無事に会えてよかった」
「なあに、国を背負わされるより、なんぼも楽だよ」
ウィリアムはロバートの肩を叩き、「今度はゆっくり食事でもしよう」と軽く手をあげて部屋を出ていった。
「……あの」
アレクサンドラはロバートを見上げた。
聞きたいことが山のようにあり、なにから尋ねればいいのか、アレクサンドラの頭はまとまらなかった。
「あなたは、まさか……」
もう答えはひとつしかない。しかし常識がそれを否定する。
「長くなりそうだ。座って話そう」
ロバートに促されて先ほどの部屋に戻り、二人はソファーに並んで座った。
「名乗るなら、オレはオルレニア王国の諜報組織を束ねるスパイマスター、ってところだ」
「スパイ?」
アレクサンドラが思っていた言葉と違った。
「おまえと同じだ。ただし規模が違う。こっちは国家予算の二十%を諜報活動につぎ込んでいる」
「国家予算の二十%」
アレクサンドラの声が裏返った。
ドミール帝国にも諜報機関はあるはずだが、それほど予算をかけていないだろう。力を入れている軍事費ですらそこまではない。どれほどの規模で、どれほどの人員を割いているのか。
「主要な国の、主要な都市には全てうちの諜報員がいる」
「まさか、各国の機密情報までもが入るというの?」
「だいたいは」
「……ドミール帝国が、この国を襲撃する準備をしていることは?」
「届いている。当然、対策はできている」
アレクサンドラは瞬きを忘れて、ロバートを見つめていた。
この島国は防衛力がなく、国民の気質も真面目で穏やかという印象があった。資源豊富なこのオルレニア王国を狙っている周辺国は多い。だからこそ、友好国のドミール帝国がいざという時に力になるという、安全保障条約を結んでいた。それを裏切ると聞いて、アレクサンドラは憤ったのだ。
しかし、オルレニア王国の方が上手だった。虎の威を借る狐ならぬ、猫を被った虎だった。
その情報戦を仕切っているのが、ここにいるロバートだというのだ。
「通信手段は?」
「鳩だ。オレは鳥を躾けるのが得意なんだ。ひとりでやってるわけじゃねえけどな」
確かに四年前も、鳥を躾けるのは得意だと言っていた気がする。
ロバート海賊団の情報手段は、エドワードと一緒に考えて否定した、伝書鳩が答えだったというわけだ。
「だから帝国の諜報員が二人やってくることは初めからわかっていた。開かれた港だから、諜報員がやってくるのは珍しくない。通常は難癖をつけて関所から入れないし、潜り込んだとしてもすぐに追い返していた」
「それなら、なぜ私たちを海賊団に入れたの?」
「おまえを呼んだのがオレだからだよ。アレックス」
「私を、呼んだ?」
なにかが違う。
「あなたは、誰?」
アレクサンドラがそう言うと、目の前の男性は大きく目を見開いた。
「え、もう気づいちゃったの? まだ一言しか喋ってないし、ちゃんと日焼けしたように化粧をしたのに。おかしいな、そっくりだよね?」
ロバートもどきが振り返ると、部屋の入り口からもう一人のロバートが現れた。
「ロバートが二人……」
アレクサンドラはぽかんと口を開けた。
同じ顏が二つ並ぶ。
比べてみると、本物のロバートの方が筋肉の厚みがあり肌の色も微妙に違った。なにより醸し出す雰囲気が全く違う。
ただし、並んでいなければ見抜くのは困難なほど似ていた。
「だから、くだらないことはやめろと言ったんだ。わざわざ呼び出してまですることか」
片方の眉をつり上げて、ロバートは呆れたと言わんばかりの表情を浮かべている。
「だって、フランシスのお気に入りの子と話したかったんだもの。……君は綺麗な目をしてるね。いい子で安心したよ」
アレクサンドラに笑いかけ、ロバートもどきは眼帯を外した。
やっぱりロバートをフランシスと呼んでいる、とアレクサンドラは思った。
「さっき言ったことは本当だよ。彼が僕に泣きながら言っていたんだから。また君に会いたいって」
「泣いてねえよ。ほら忙しいんだろ。もう戻れって」
「久しぶりの兄弟の再会なのに、冷たいじゃないか」
「はいはい、いつもお疲れ兄貴」
ロバートはぞんざいに兄にハグをした。
「兄弟」
考えてみれば当たり前のことだった。こんなにそっくりな他人なんてあり得ない。
「僕はウィリアム。よろしくね」
アレクサンドラはウィリアムに手を取られ、口づけのあいさつをされる。隅々まで磨き尽くされたような柔らかい手で、洗練された所作だった。近づくと、品のいい香りがした。
「フランシスは淋しがり屋だから、優しくしてあげてね」
ウィリアムは優しい笑みを浮かべた。ロバートと同じ顏のはずなのに、どちらかというと女性的な相貌に映った。
「心配しなくても、ロバートはいつも輪の中心にいる」
ロバートは人の心を掴む天才だとアレクサンドラは思う。
「周りに人が集まっていても、孤独なこともあるんだよ」
ウィリアムはにっこりと微笑んでから踵を返した。
「さて、僕は窮屈な檻に戻ろうかな。たまには代わってよフランシス」
「やだね」
ロバートは冗談めかして舌を出した。
「そうだよね。フランシスが勝ち取った自由だもの」
ウィリアムはロバートを抱きしめた。
「いつも危険なことをさせてすまない、フランシス。今日も無事に会えてよかった」
「なあに、国を背負わされるより、なんぼも楽だよ」
ウィリアムはロバートの肩を叩き、「今度はゆっくり食事でもしよう」と軽く手をあげて部屋を出ていった。
「……あの」
アレクサンドラはロバートを見上げた。
聞きたいことが山のようにあり、なにから尋ねればいいのか、アレクサンドラの頭はまとまらなかった。
「あなたは、まさか……」
もう答えはひとつしかない。しかし常識がそれを否定する。
「長くなりそうだ。座って話そう」
ロバートに促されて先ほどの部屋に戻り、二人はソファーに並んで座った。
「名乗るなら、オレはオルレニア王国の諜報組織を束ねるスパイマスター、ってところだ」
「スパイ?」
アレクサンドラが思っていた言葉と違った。
「おまえと同じだ。ただし規模が違う。こっちは国家予算の二十%を諜報活動につぎ込んでいる」
「国家予算の二十%」
アレクサンドラの声が裏返った。
ドミール帝国にも諜報機関はあるはずだが、それほど予算をかけていないだろう。力を入れている軍事費ですらそこまではない。どれほどの規模で、どれほどの人員を割いているのか。
「主要な国の、主要な都市には全てうちの諜報員がいる」
「まさか、各国の機密情報までもが入るというの?」
「だいたいは」
「……ドミール帝国が、この国を襲撃する準備をしていることは?」
「届いている。当然、対策はできている」
アレクサンドラは瞬きを忘れて、ロバートを見つめていた。
この島国は防衛力がなく、国民の気質も真面目で穏やかという印象があった。資源豊富なこのオルレニア王国を狙っている周辺国は多い。だからこそ、友好国のドミール帝国がいざという時に力になるという、安全保障条約を結んでいた。それを裏切ると聞いて、アレクサンドラは憤ったのだ。
しかし、オルレニア王国の方が上手だった。虎の威を借る狐ならぬ、猫を被った虎だった。
その情報戦を仕切っているのが、ここにいるロバートだというのだ。
「通信手段は?」
「鳩だ。オレは鳥を躾けるのが得意なんだ。ひとりでやってるわけじゃねえけどな」
確かに四年前も、鳥を躾けるのは得意だと言っていた気がする。
ロバート海賊団の情報手段は、エドワードと一緒に考えて否定した、伝書鳩が答えだったというわけだ。
「だから帝国の諜報員が二人やってくることは初めからわかっていた。開かれた港だから、諜報員がやってくるのは珍しくない。通常は難癖をつけて関所から入れないし、潜り込んだとしてもすぐに追い返していた」
「それなら、なぜ私たちを海賊団に入れたの?」
「おまえを呼んだのがオレだからだよ。アレックス」
「私を、呼んだ?」
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