転生ぱんつ

えんざ

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一章

七話 ナビゲーター

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 骸骨の馬に跨り、漆黒の鎧を身に纏ったデスナイトは、骸の大群を率いて初心者の街へと進軍する。
 それを間近で目にしたウルセーナとメイは、今まさに決断を迫られていた。

「――デスナイト。上級者エリアのボスモンスターが、何でこんな所にいるのよ……」

 メイはウルセーナの腕にしがみついたまま目を泳がせ、骸の大群を呆然と見ている。
 ウルセーナは覚悟を決めた表情で、腕の震えを止めるようにぐっと拳を握った。

「もう腹を括るしかねえ。絶対にあいつらを街に行かせちゃダメだ。メイ、俺があいつらを引き付けるから、お前は街に行ってみんなにこの事を知らせてくれ」

「そんなのダメよ! あの街が滅んだとしてもアンタを生かす方が優先よ。でなきゃこの世界を救えないの。絶対に行かせないわ!」

 メイはウルセーナにしがみついく両腕にさらに力を込めた。

「メイ、お前の言う事はもしかしたら正しいのかもしれない。だけど俺は目の前で人を見殺しになんて出来ねえし、その上で成り立った平和な世界なんて全然納得出来ねえ! どうせ世界を救うなら、全部救っちまおうぜ! メイ!」

 ウルセーナは強張った顔を無理やり笑顔に変え、メイを真っ直ぐ見た。

「……はあ、……アンタは本当のバカよ、もう!」

 メイはため息を吐いた次の呼吸で全てを飲み込んだ。

「分かった、やるわ。でもやるからには成功させなきゃ、絶対に! ここは私が引き受けるからアンタは街に行って!」

「バカ、女にそんなこと任せられるわけねえだろ」

「アンタのスキルじゃ一人で何も出来ないでしょ。私は敵のヘイト(敵意)を高めるスキルを持っているの。それを使えば何とか少しは時間が稼げると思うから、アンタはその間に街の人を逃がして。迷ってる時間はないわよ。分かったら早く行って!」

 メイはそう言うと、この場から遠ざけるようにウルセーナの体を押し、振り返ることなく骸の群れに向かって走って行った。

「――おい、メイ! ……くっそ、あいつ。死ぬんじゃねえぞ!」

 ウルセーナは後ろ髪を引かれる思いで初心者の街へ急いで向かった。
――街に向かう途中。

「――俺も何か使えるスキルが……。そうだ、新しいスキル覚えてたよな、確か。今のうちに確認しておくか」

 ウルセーナは腰袋を漁り、新しいスキルのレシピを手にした。

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トランスフォーム:パンティ LV2

・黒:綿100% 心地よい柔らかな肌触り
・カラス:綿50%、カラスの素50% ごわごわした肌触り、微妙に強くなる

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「……微妙に強くなる、か。一応強化スキルは覚えたみたいだ。カラスは一回退治したけど、カラスの素なんて素材袋に入ってるかな……。おっ、あったあった」

――それからほどなくして、ウルセーナは初心者の街に辿り着いた。
 そして、手あたり次第に街の人々に避難するように伝え、それを拡散させた。
 街中を駆け回りそれを繰り返す中、ウルセーナは街のはずれの川べりで、以前として塞ぎ込んだままのナビの後ろ姿を目にした。

「……こんな所にいたのか、見つからねえはずだ。おい、ナビ!」

 ナビは背を向けたままウルセーナの方を振り向くと、すぐに視線を落とした。

「何やってんだよこんな所で、心配したぞ。いつもならすぐ出てくるくせに、こんな時に限って姿消しやがってよ」

 ナビは困惑した表情をしている。まだ、メイに突きつけられた言葉が胸に刺さったまま、心に残っているからだ。

「おい、聞いてんのか?」

「ごめんなさい、ウルセーナさん!」

 ナビは立ち上がり振り返ると、ウルセーナに向けて深々と頭を下げた。

「急に謝られるとフラれたみたいじゃねえか。顔上げろよ、どうした?」

「ウルセーナさん。少しだけお話しさせてください」

 顔を上げ、神妙な顔つきでウルセーナを見つめるナビ。

「あらたまって何言いだす気だよ」

「私、ナビゲーターのお仕事を勘違いしてました」

「ん? どういうことだよ」

「ナビゲーターは、冒険者さんのために出来ることは、全部やって当然だと思ってました。でもメイさんとお話しして、それは違うんだって気付かされました」

「あの女、相当口悪いからあんま気にすんな」

 ナビは首を横に振る。

「私には冒険者さんのような力はありません。だから、せめて冒険者さんのためにお役に立ちたいと思って自分なりに頑張ってきました。でも、それは力がない自分を正当化する為にやってたんだって……、そう思いました。多分メイさんはそれを私から感じて叱ってくれたんです」

「余計な事考えすぎだっての」

「本当に冒険者さんのためを思うなら、私が余計なサポートをして楽をさせるのではなくて、冒険者さんが自らの足で立てるように見守るべきなんだと思います」

「お前はお前のやり方でいいと思うぞ、俺は」

「いえ、本当に困るのは冒険者さんですから。楽なことに慣れたら誰だって気持ちが楽な方に流れてしまうと思います。私はそんな風にしてしまうのは嫌なんです」

「勝手にダメになる方が悪い。お前がそこまで考えることねえよ」

「だから……、ウルセーナさん。これからはメイさんと一緒に、お二人で頑張ってください。私は、ずっとウルセーナさんのこと、応援していますから」

「何言ってんだよ、ナビ――」

「――以上です。では、私はこれで失礼します。ウルセーナさん、どうかお元気で!」

 ナビは下を向き駈け出していった。

「ナビ! 待てよ――!」

――ウルセーナはナビを追いかけ、腕を掴んだ。

「おい! 言いたいことだけ言って勝手にどっか行ってんじゃねえよ!」

「……ウルセーナさん、これ以上、私、悲しくなりたくないです。行かせてください……」

 ウルセーナは両肩を掴みナビを振り向かせた。

「ほんっと話聞かねえ奴ばっかりで困るぜ。俺の話しも聞けよ」

「ごめんなさい……。私、ホント勝手ですね」

 下を向き、ウルセーナから視線をそらすナビ。
 ウルセーナは大きく深呼吸を一回した。

「ナビ、ありのままのお前でいいって俺が証明してやる。俺が一人前の冒険者になって、魔王をぶっ倒して、証明してやるよ! お前が世界一のナビゲーターだってな! だから、ずっと今のままのナビでいてくれ!」

「ウルセーナさん……」

 ウルセーナの一言は、ナビの心の中で絡まっていたものをいとも簡単に解いた。

「うっ……、うう……」

 ナビは一人で必死に考えていた。ナビゲーターである自分の役割を。
 しかし考えれば考える程、自分に居場所がないという結論に達してしまう。そして、真にウルセーナの事を想うなら、それを受け入れるしかないという事。だからそれを覆してくれる言葉が、ナビにとっては心が震える程に嬉しかった。

「ありがとう……」

 ナビの前髪に隠れた目から涙が頬を伝って流れる。
 ウルセーナはナビの顔を両手でしっかりと挟み込み、親指で涙を拭ってやった。

「ナビ。大丈夫、お前はお前でいいんだ。もっと自分に自信を持て」

「うっ、ウルセーナさん、うっ……私、すごく、嬉しいです、うう……」

 ウルセーナはナビの肩を抱き、やり場のなかったであろう想いを胸で受け止めた。

 ナビの気が済むまでこのままでいてあげたい気持ちも山々だが、今もなお骸の大群を相手にしているメイの事を思うとそうもいっていられない。
 ウルセーナは素早くナビの気持ちを切り替える方法を考えた。

「もうめそめそすんな、ナビ。あんまり泣いてるとスカートめくるぞ。さん、にい、いち……」

「――ちょっと、もう! ウルセーナさん!」

 ナビはパッと切り替わり、怒った表情でウルセーナの腕を取った。
 ウルセーナは思惑通り事が運び、胸を撫で下ろした。

「バカ、冗談だよ。ホントに嫌がってんじゃねえよ。素直すぎんだろお前」

「すみませんね、バカで。でももう大丈夫です。治りました! へへ」

 ナビは涙を拭うと、ウルセーナに笑顔で答えた。
 ナビの笑顔を見て安心したウルセーナは、一変して真剣な表情でナビの両肩に手を置いた。

「ナビ、大事な話があるんだ、聞いてくれ」

「……え、何ですか? 突然真剣な顔して」

「実はな、今この街には骸の大群が押し寄せて来てんだ。その中には、デスナイトっていうやばそうなモンスターもいる。ここから早く逃げなきゃいけない」

「え……、そんな事が起きてたんですか……。すみませんウルセーナさん。私自分の事ばかりで……」

「それはしょうがねえよ、お前も戦ってたんだ。それと街の人達にはもう伝えたから逃げてくれてると思う。だから今すぐお前もそいつらと一緒に街から逃げてくれ」

「え、でも、じゃあウルセーナさんはどうするつもりなんですか? 逃げないんですか?」

「俺はメイを助けに行く。あいつは今街の人を逃がす為に時間稼ぎをしてくれてんだ。だから早く行ってやらないと」

 ナビはウルセーナの両手を肩から外し、手を握った。

「ウルセーナさん、私も行かせてください!」

「何言ってんだよ、俺を困らすなよ。ただでさえ時間がねえってのに」

「私はレベル1ですけど、今ならウルセーナさんとさほど能力は変わらないはずです。一人より二人の方が対応できることも増えると思いますから。だからお願いします! 私にも手伝わせてください!」

 ナビは真剣な眼差しでウルセーナの目をじっと見つめる。

「はあ、どうせ何言っても付いて来るつもりだろ? じゃあ無理だけはするなよ。あくまでもメイを助けて逃げるだけだからな」

「はい、分かりました!」

「よし、じゃあ行くぞナビ!」

「はい! ウルセーナさん!」

 ウルセーナとナビが、街を出てメイを助けに向かおうとしたその時――。
 デスナイトが率いる骸の大群が、ついに初心者の街に足を踏み入れた。
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