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一章
幕間 休日 前編
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――とある日。
ウルセーナとナビは、二人で商店街に買い物に来ていた。
「いやー助かったぜ、ナビ。これでこの街で買える装備は全部揃ったかな」
ウルセーナは新しい装備を身に着け、満足そうに言った。
「良かったですね、ウルセーナさん。これでまた一つ、一人前の冒険者に近づきましたね」
ナビは満足そうなウルセーナの顔を見て、心から嬉しそうに笑顔を向けた。
「ウルセーナさん、ところでメイさんとはうまくいってるんですか?」
「うまくって何がだよ。俺は毎日アイツのくっせえ股に張り付いてるだけだけだよ」
ウルセーナはケイルとの一件の後、毎日メイに駆り出されてレベリングを強いられていた。
はじめこそ嬉々としてメイのパンツになっていたものの、毎日となるとそれはそれで大変なものなのだ。
それはそうと、今日は珍しく休日ということらしい。
「ウルセーナさん、その言い方はメイさんに失礼ですよ。もし私がそんな事言われたら立ち直れないと思います……」
ナビは自分に置き換えて想像すると、しょんぼりとした。
「いや、アイツが俺を物みたいに雑に扱うから愚痴っただけだよ。……ま、なんていうか、アイツの股がホントに臭いわけじゃねえから。たまにすっぱい時もあったりするけどさ。基本はなんていうか……エ、いや、いい匂いかな、女の匂いっていうか、うん」
文句はありつつも、いい思いもしている、といった表情で頷くウルセーナ。
「ふーん……そうですか。それは良かったですね。ふんっ」
ナビは頬っぺたを膨らまして小石をコツンと蹴った。
すると、右足に履いていた、ストラップの付いたエナメルの黒い靴が脱げ、小石ともども川に落ち、流れていった。
「――あっ!」
「あーあ、やっちまったなあ……」
と、いう顔をするウルセーナ。
ナビはその場に立ち尽くし、肩を落とした。
「……はい、やっちゃいました。はぁ……どうしよう」
落ち込むナビを励ますようにぽんと肩に手を置くウルセーナ。
「ナビ、お前にはいつも世話になってるから、俺が新しい靴買ってやるよ」
すると、ナビは驚いた表情でウルセーナの顔を見上げた。
「え! ウルセーナさんが、わ、私に?」
「ああ、特別報酬やらメイにこき使われるわで金はたんまり貯まってるしな。だからナビが好きなの何でも買ってやるよ」
「……ホントにいいんですか? でもそんな……悪いですよ、私なんかに」
俯いて控えめを装うが、嬉しそうに目を輝かせている。
「遠慮してんじゃねえよ。まあ、嫌ならいいけどさ」
「い、嫌じゃないです! す、すごく……すごく嬉しいですよ」
ナビは顔を赤らめ、上目遣いでウルセーナを見つめる。
「じゃ、じゃあ素直に受け取ってくれよ。……ああ、でも靴屋に行くまで片足じゃ困るよなあ……。よし!」
ウルセーナはしゃがみ込んでナビの方を振り向くと、両手を後ろに構えた。
「背中乗れよ。靴屋まで背負ってやるから」
「えっ! それは……ちょっと、恥ずかしいかもしれません……。人通りも多いですし……」
ナビはもじもじとしながら周りを見渡す。
「そんな事気にしてんじゃねえ。そのまま歩いて怪我でもしたらどうすんだよ、ばかだな」
「え、そんなこと……わ、分かりました、ウルセーナさん。それじゃあお言葉に甘えさせて、もらっちゃいます!」
ナビは白く細い両手をウルセーナの肩に乗せ、背中に寄りすがる。
周囲の人の視線が集まる。
「……うわぁ、周りの人に見られちゃってます。やっぱりちょっと……いえ、すごく恥ずかしいです」
「よいしょっと。んー軽いなあ」
ウルセーナはそんなことお構いなしで、ひょいとナビのお尻を持ち上げて立ち上がる。
ナビは顔を真っ赤にしてウルセーナの肩に腕を回すと、背中にぴたりと身体をくっつけた。
「あれ……あのウルセーナさん、すみません。背負わせておいてこんなこと言うのもなんなんですけど……その、手が、そこはその……お尻です……」
ナビは申し訳なさそうに指摘する。
「え? しょうがねえだろ、おんぶはこういうもんなんだからさ」
と、強気に振舞う。
「そ……そうなんですか。すみません、よく分からないのに変なことを言ってしまって。気にしないでください」
「うん。これはヒップ82かな……」
ぼそっと呟き、お尻を少しもみもみするウルセーナ。
「わっわっ! ちょっと何してるんですか! 待って待って! ……て、何でそんなこと知ってるんですか!」
ナビはウルセーナの背中を小突く。
「痛っ! 悪い悪い、ちょっとふざけただけだって。おし、行くぞーへっへー!」
「もー変態! 次やったメイさんに報告しますからね」
と、ふざけながら二人は靴屋へと向かった。
その道中、ナビは周りからの視線を気にしながらも、束の間の幸せを噛み締めるように、ウルセーナの肩に顎を乗せ、ぎゅっと背中を抱いていた。
――そして靴屋に到着した。
「よーし着いたぞナビ。じゃ、そこに腰掛けてろ。お前の選んだ靴取ってきてやっから」
「はい、ありがとうございます」
ナビはウルセーナの背中から降りてソファに腰を掛けた。
「あの、でも……出来ればウルセーナさんに選んでもらいたいんです。……ダメですか?」
「え? 俺、女の靴なんて分かんないぞ。いいのか?」
「はい! ウルセーナさんが選んでくれるなら……私、何でもいいんです」
「そんなこと言われたら変なの選びたくなるな。で、靴のサイズはいくつだ?」
「足のサイズは21.5センチです。ワザと変なのはナシですよ」
「分かった、じゃあお前は外でも眺めて待ってろ。こっち向くんじゃねえぞ」
「はいっ!」
ナビが元気に返事をすると、ウルセーナは店員に相談することもなく、あーでもないこーでもないと独り言をぼやきながら靴を選んだ。
ナビは足を伸ばしてソファに座り、店の外を眺め、待ち時間を楽しんでいた。
「ナビ、ちょっと目瞑ってろ、靴見えるから」
そして、ウルセーナは選んだ靴をナビの前に持って来た。
「はーい。へへ」
ウルセーナは靴が脱げたままのナビの右足に、選んだ靴を履かせてやった。
「どうだ? 痛くないか? 立って足踏みしてみろよ」
ナビは立ち上がりその場でぱたぱたと足踏みをする。
「はい、ぴったりです」
ウルセーナはサイズが間違ってないことを確認すると、さっそく靴を購入した。そして紙袋を持ち、再度ナビの元へと足を運ぶ。
「じゃあ、これ。いつもナビには世話になってるから、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
ウルセーナは、プレゼント用に赤いリボンが付いた靴の箱をナビに手渡した。
「わぁ……! 包装までしてくれたんですね、すごく素敵です。ありがとうございます! ウルセーナさん! とっても嬉しいです。私、ずっと大切にしますね」
ナビは子供のように嬉しそうに喜び、靴の入った箱を胸に抱きしめた。
そんな様子を微笑ましく眺めるウルセーナ。
しかしナビは、一向に蓋を開ける様子がない。
「おい、開けて見ないのか?」
「なんだか開けちゃうのがもったいなくて……。プレゼントなんて貰ったの初めてなので……」
「へえ、意外だな。ケイ――、……まっ、それは……いいかっ」
ウルセーナは言葉を詰まらせ、そのまま飲み込んだ。ナビの嬉しそうな顔を、野暮な言葉で曇らせたくはなかったのだ。
「ウルセーナさん、もう一つだけお願いがあります」
「お? だんだん図々しくなってきたな、お前。何だ言ってみろよ」
珍しく積極的なナビに少し不思議に思うウルセーナ。
「あの……もう少しだけ、おんぶして欲しいんです」
「おんぶ? ……まあ、別にいいけど、どっか行きたいとこでもあるのか?」
「はい。街のはずれの川沿いを少し進んだところに、大きな湖があるんです。私、今日はお弁当を作ってきたので、そこでウルセーナさんと一緒にお昼ご飯を食べたかったんです」
「おお、弁当作ってきてくれてたのか。そういや気になってたんだよな、その手に持った包み。じゃあ、昼もとっくに過ぎてるしそうするか」
「はいっ」
二人は湖へと向かって行った。
傍から見ればまるで親密な恋人同士のように、肌を合わせてじゃれあい、ふざけあいながら。
ウルセーナの肩から覗かせるナビの表情は、一片の曇りもない澄んだ笑顔だった。
ウルセーナとナビは、二人で商店街に買い物に来ていた。
「いやー助かったぜ、ナビ。これでこの街で買える装備は全部揃ったかな」
ウルセーナは新しい装備を身に着け、満足そうに言った。
「良かったですね、ウルセーナさん。これでまた一つ、一人前の冒険者に近づきましたね」
ナビは満足そうなウルセーナの顔を見て、心から嬉しそうに笑顔を向けた。
「ウルセーナさん、ところでメイさんとはうまくいってるんですか?」
「うまくって何がだよ。俺は毎日アイツのくっせえ股に張り付いてるだけだけだよ」
ウルセーナはケイルとの一件の後、毎日メイに駆り出されてレベリングを強いられていた。
はじめこそ嬉々としてメイのパンツになっていたものの、毎日となるとそれはそれで大変なものなのだ。
それはそうと、今日は珍しく休日ということらしい。
「ウルセーナさん、その言い方はメイさんに失礼ですよ。もし私がそんな事言われたら立ち直れないと思います……」
ナビは自分に置き換えて想像すると、しょんぼりとした。
「いや、アイツが俺を物みたいに雑に扱うから愚痴っただけだよ。……ま、なんていうか、アイツの股がホントに臭いわけじゃねえから。たまにすっぱい時もあったりするけどさ。基本はなんていうか……エ、いや、いい匂いかな、女の匂いっていうか、うん」
文句はありつつも、いい思いもしている、といった表情で頷くウルセーナ。
「ふーん……そうですか。それは良かったですね。ふんっ」
ナビは頬っぺたを膨らまして小石をコツンと蹴った。
すると、右足に履いていた、ストラップの付いたエナメルの黒い靴が脱げ、小石ともども川に落ち、流れていった。
「――あっ!」
「あーあ、やっちまったなあ……」
と、いう顔をするウルセーナ。
ナビはその場に立ち尽くし、肩を落とした。
「……はい、やっちゃいました。はぁ……どうしよう」
落ち込むナビを励ますようにぽんと肩に手を置くウルセーナ。
「ナビ、お前にはいつも世話になってるから、俺が新しい靴買ってやるよ」
すると、ナビは驚いた表情でウルセーナの顔を見上げた。
「え! ウルセーナさんが、わ、私に?」
「ああ、特別報酬やらメイにこき使われるわで金はたんまり貯まってるしな。だからナビが好きなの何でも買ってやるよ」
「……ホントにいいんですか? でもそんな……悪いですよ、私なんかに」
俯いて控えめを装うが、嬉しそうに目を輝かせている。
「遠慮してんじゃねえよ。まあ、嫌ならいいけどさ」
「い、嫌じゃないです! す、すごく……すごく嬉しいですよ」
ナビは顔を赤らめ、上目遣いでウルセーナを見つめる。
「じゃ、じゃあ素直に受け取ってくれよ。……ああ、でも靴屋に行くまで片足じゃ困るよなあ……。よし!」
ウルセーナはしゃがみ込んでナビの方を振り向くと、両手を後ろに構えた。
「背中乗れよ。靴屋まで背負ってやるから」
「えっ! それは……ちょっと、恥ずかしいかもしれません……。人通りも多いですし……」
ナビはもじもじとしながら周りを見渡す。
「そんな事気にしてんじゃねえ。そのまま歩いて怪我でもしたらどうすんだよ、ばかだな」
「え、そんなこと……わ、分かりました、ウルセーナさん。それじゃあお言葉に甘えさせて、もらっちゃいます!」
ナビは白く細い両手をウルセーナの肩に乗せ、背中に寄りすがる。
周囲の人の視線が集まる。
「……うわぁ、周りの人に見られちゃってます。やっぱりちょっと……いえ、すごく恥ずかしいです」
「よいしょっと。んー軽いなあ」
ウルセーナはそんなことお構いなしで、ひょいとナビのお尻を持ち上げて立ち上がる。
ナビは顔を真っ赤にしてウルセーナの肩に腕を回すと、背中にぴたりと身体をくっつけた。
「あれ……あのウルセーナさん、すみません。背負わせておいてこんなこと言うのもなんなんですけど……その、手が、そこはその……お尻です……」
ナビは申し訳なさそうに指摘する。
「え? しょうがねえだろ、おんぶはこういうもんなんだからさ」
と、強気に振舞う。
「そ……そうなんですか。すみません、よく分からないのに変なことを言ってしまって。気にしないでください」
「うん。これはヒップ82かな……」
ぼそっと呟き、お尻を少しもみもみするウルセーナ。
「わっわっ! ちょっと何してるんですか! 待って待って! ……て、何でそんなこと知ってるんですか!」
ナビはウルセーナの背中を小突く。
「痛っ! 悪い悪い、ちょっとふざけただけだって。おし、行くぞーへっへー!」
「もー変態! 次やったメイさんに報告しますからね」
と、ふざけながら二人は靴屋へと向かった。
その道中、ナビは周りからの視線を気にしながらも、束の間の幸せを噛み締めるように、ウルセーナの肩に顎を乗せ、ぎゅっと背中を抱いていた。
――そして靴屋に到着した。
「よーし着いたぞナビ。じゃ、そこに腰掛けてろ。お前の選んだ靴取ってきてやっから」
「はい、ありがとうございます」
ナビはウルセーナの背中から降りてソファに腰を掛けた。
「あの、でも……出来ればウルセーナさんに選んでもらいたいんです。……ダメですか?」
「え? 俺、女の靴なんて分かんないぞ。いいのか?」
「はい! ウルセーナさんが選んでくれるなら……私、何でもいいんです」
「そんなこと言われたら変なの選びたくなるな。で、靴のサイズはいくつだ?」
「足のサイズは21.5センチです。ワザと変なのはナシですよ」
「分かった、じゃあお前は外でも眺めて待ってろ。こっち向くんじゃねえぞ」
「はいっ!」
ナビが元気に返事をすると、ウルセーナは店員に相談することもなく、あーでもないこーでもないと独り言をぼやきながら靴を選んだ。
ナビは足を伸ばしてソファに座り、店の外を眺め、待ち時間を楽しんでいた。
「ナビ、ちょっと目瞑ってろ、靴見えるから」
そして、ウルセーナは選んだ靴をナビの前に持って来た。
「はーい。へへ」
ウルセーナは靴が脱げたままのナビの右足に、選んだ靴を履かせてやった。
「どうだ? 痛くないか? 立って足踏みしてみろよ」
ナビは立ち上がりその場でぱたぱたと足踏みをする。
「はい、ぴったりです」
ウルセーナはサイズが間違ってないことを確認すると、さっそく靴を購入した。そして紙袋を持ち、再度ナビの元へと足を運ぶ。
「じゃあ、これ。いつもナビには世話になってるから、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
ウルセーナは、プレゼント用に赤いリボンが付いた靴の箱をナビに手渡した。
「わぁ……! 包装までしてくれたんですね、すごく素敵です。ありがとうございます! ウルセーナさん! とっても嬉しいです。私、ずっと大切にしますね」
ナビは子供のように嬉しそうに喜び、靴の入った箱を胸に抱きしめた。
そんな様子を微笑ましく眺めるウルセーナ。
しかしナビは、一向に蓋を開ける様子がない。
「おい、開けて見ないのか?」
「なんだか開けちゃうのがもったいなくて……。プレゼントなんて貰ったの初めてなので……」
「へえ、意外だな。ケイ――、……まっ、それは……いいかっ」
ウルセーナは言葉を詰まらせ、そのまま飲み込んだ。ナビの嬉しそうな顔を、野暮な言葉で曇らせたくはなかったのだ。
「ウルセーナさん、もう一つだけお願いがあります」
「お? だんだん図々しくなってきたな、お前。何だ言ってみろよ」
珍しく積極的なナビに少し不思議に思うウルセーナ。
「あの……もう少しだけ、おんぶして欲しいんです」
「おんぶ? ……まあ、別にいいけど、どっか行きたいとこでもあるのか?」
「はい。街のはずれの川沿いを少し進んだところに、大きな湖があるんです。私、今日はお弁当を作ってきたので、そこでウルセーナさんと一緒にお昼ご飯を食べたかったんです」
「おお、弁当作ってきてくれてたのか。そういや気になってたんだよな、その手に持った包み。じゃあ、昼もとっくに過ぎてるしそうするか」
「はいっ」
二人は湖へと向かって行った。
傍から見ればまるで親密な恋人同士のように、肌を合わせてじゃれあい、ふざけあいながら。
ウルセーナの肩から覗かせるナビの表情は、一片の曇りもない澄んだ笑顔だった。
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