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#4 夫の浮気を突き止めたら監禁された
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私はいつのまにか、京介が言う「精神の安定」した状態になり始めていたのかもしれない。
だから、その一瞬の好機が訪れた時も、むしろ戸惑ってしまった。
「ああっ、くそ……」
京介がトイレの棚を開け、そうぼやいた。
「トイレットペーパーって他にないのか?」
京介の問いに私は頷く。
京介は少し迷った顔をした後、ため息をつく。
「……仕方ない。買いに行こう」
はなっから私を一人で残す選択はない……か
私は黙って頷く。
一方で、義両親に依頼する、という選択をとらなかったのは、
京介の目から見て、私の精神が「安定してきた」証拠
だったのかもしれない。
千載一遇の好機だった。
化粧をするのも久しぶりだった。
ほんの数日間の出来事だったが、もうずいぶん外に出ていない気がした。
「準備できたら声かけて」
京介の言葉にうなずく。
◯
私は化粧しながら、鏡越しに京介の背中を見つめる。
外に出られるということの喜びより、これから起こることへの不安が大きかった。
それでも、絶対に逃れてやる、そう決意を固めた。
◯
助手席に座る。
「買うものとか他になんかあったっけ」
にこやかに言いながらハンドルを握る。
……休日に車で買い物なんて、普通の良い夫婦みたい。
「……リンス、シャンプーはまだあった。アルミホイルとか、ラップとかキッチン用品怪しいかも」
「ああ、そうか……」
ここ最近、料理なんてしてないけど……
もしかしたら、料理をさせてくれるようになるかもしれない。
そうしたら、食材の買い足しで家から出る機会が増えるかもしれない。
後のことを考え、今出来ることをしておく。
◯
久しぶりの外の世界に喜びよりも不安が勝った。
京介は腕さえ掴んでいないものの、私の横から離れず歩いている。
……世間からは、仲睦まじい夫婦って思われているんだろうな。
「はい」
京介が私が押すカートにトイレットペーパーを入れる。
「違う、これじゃない、こっちのやつ」
「あ、そっか。ごめん、ごめん」
とっくに破綻しているのに、今さらになって夫婦みたいなことをしているのが気持ち悪かった。
でもそれ以上に、この状況で全てを自分の都合の良いふうに解釈して「良い夫」を演じるこの男が気持ち悪くて仕方がなかった。
その機会は不意に訪れた。
『品川ナンバーのお客様』
不意に流れる店内アナウンス。
告げられたナンバーはうちの車だった。
『いらっしゃいましたら、カウンターまでお越しください』
◯
カウンターに着くと、店員が慌ててやってくる。
「すみません、お車にぶつけられたというお客様が……」
「何……? 」
「一度見ていただければ……」
京介は私をちらりと見るが、私は、
「荷物詰めなきゃ」
と首を横に振る。
京介は少し考えていたが、
「わかった。行ってくる」
というと、店員に頷く。
この機会……!
心臓がバクバクと鳴る。
これを逃したら、もう次の機会はないかも……
荷物を詰める。
スマホは没収されている。
財布も持っていない……
覚悟を決めた。
「すみません……ちょっと携帯を忘れてしまって、貸してもらえませんか……?」
◯
店のスタッフは驚いた顔をしている。
困惑していたが、
「少々お待ちください」
そう言うと、スタッフは奥に下がる。
心臓の鼓動がうるさい。
今にも京介が戻ってくるかも……
そう思うと気が気じゃなかった。
祈る気持ちで待っていると、スタッフが戻ってきた。
「お待たせしました。こちらへお越しください」
◯
スタッフルームに通される。
「こちらをご利用ください」
事務机の上に置いてある固定電話だ。
「ありがとうございます」
椅子に座り、ダイアルしようとして止まる。
私はどこに電話をかけようとしていた……?
覚えている電話番号なんて、実家しかない。
……110番という選択肢も頭によぎった。
でも、それより私にはどうしても確認したいことがあった。
ダイアルを押す。
呼び出し音が続く。
心臓がバクバクと音を立てる。
今、こうしている間に京介が戻ってきていて、私を探したらどうしよう。
呼び出し音が止まり、通話状態になる。
『もしもし』
電話口から母の声が聞こえた。
◯
「もしもし、お母さん!?」
母の息を呑む声が聞こえた。
『真琴……? 真琴なの?』
母は声をひそめるようにして、そう確認してきた。
母からしたら、見知らぬ番号からかかってきているわけだから、驚くだろう。
「真琴だよ……外からかけてる」
「ねえ……何を言われたか知らないけど……私、病気じゃない」
『真琴……』
「信じて……! 京介の話は嘘なの……」
電話先で母が沈黙する。
『真琴』
それはとても冷たい声色だった。
『京介さんとゆっくり病気を治しなさい』
真琴「え……」
顔から血の気が引く。
「何言ってるの、お母さん……おか……」
ぷつん、と通話が切れる音がする。
自分と世界が繋がっている唯一の糸が途切れたような、そんな気がした。
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