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#4 夫の浮気を突き止めたら監禁された

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私はいつのまにか、京介が言う「精神の安定」した状態になり始めていたのかもしれない。

だから、その一瞬の好機が訪れた時も、むしろ戸惑ってしまった。


「ああっ、くそ……」

京介がトイレの棚を開け、そうぼやいた。



「トイレットペーパーって他にないのか?」

京介の問いに私は頷く。

京介は少し迷った顔をした後、ため息をつく。

「……仕方ない。買いに行こう」


はなっから私を一人で残す選択はない……か

私は黙って頷く。

一方で、義両親に依頼する、という選択をとらなかったのは、
京介の目から見て、私の精神が「安定してきた」証拠
だったのかもしれない。

千載一遇の好機だった。

化粧をするのも久しぶりだった。
ほんの数日間の出来事だったが、もうずいぶん外に出ていない気がした。


「準備できたら声かけて」

京介の言葉にうなずく。



私は化粧しながら、鏡越しに京介の背中を見つめる。

外に出られるということの喜びより、これから起こることへの不安が大きかった。


それでも、絶対に逃れてやる、そう決意を固めた。



助手席に座る。

「買うものとか他になんかあったっけ」

にこやかに言いながらハンドルを握る。

……休日に車で買い物なんて、普通の良い夫婦みたい。


「……リンス、シャンプーはまだあった。アルミホイルとか、ラップとかキッチン用品怪しいかも」

「ああ、そうか……」

ここ最近、料理なんてしてないけど……


もしかしたら、料理をさせてくれるようになるかもしれない。

そうしたら、食材の買い足しで家から出る機会が増えるかもしれない。

後のことを考え、今出来ることをしておく。




久しぶりの外の世界に喜びよりも不安が勝った。

京介は腕さえ掴んでいないものの、私の横から離れず歩いている。

……世間からは、仲睦まじい夫婦って思われているんだろうな。

「はい」

京介が私が押すカートにトイレットペーパーを入れる。

「違う、これじゃない、こっちのやつ」


「あ、そっか。ごめん、ごめん」


とっくに破綻しているのに、今さらになって夫婦みたいなことをしているのが気持ち悪かった。

でもそれ以上に、この状況で全てを自分の都合の良いふうに解釈して「良い夫」を演じるこの男が気持ち悪くて仕方がなかった。


その機会は不意に訪れた。


『品川ナンバーのお客様』


不意に流れる店内アナウンス。

告げられたナンバーはうちの車だった。


『いらっしゃいましたら、カウンターまでお越しください』



カウンターに着くと、店員が慌ててやってくる。

「すみません、お車にぶつけられたというお客様が……」

「何……? 」

「一度見ていただければ……」


京介は私をちらりと見るが、私は、

「荷物詰めなきゃ」

と首を横に振る。

京介は少し考えていたが、

「わかった。行ってくる」

というと、店員に頷く。


この機会……!


心臓がバクバクと鳴る。

これを逃したら、もう次の機会はないかも……

荷物を詰める。

スマホは没収されている。

財布も持っていない……

覚悟を決めた。


「すみません……ちょっと携帯を忘れてしまって、貸してもらえませんか……?」





店のスタッフは驚いた顔をしている。

困惑していたが、

「少々お待ちください」

そう言うと、スタッフは奥に下がる。



心臓の鼓動がうるさい。

今にも京介が戻ってくるかも……

そう思うと気が気じゃなかった。

祈る気持ちで待っていると、スタッフが戻ってきた。

「お待たせしました。こちらへお越しください」




スタッフルームに通される。

「こちらをご利用ください」

事務机の上に置いてある固定電話だ。

「ありがとうございます」

椅子に座り、ダイアルしようとして止まる。


私はどこに電話をかけようとしていた……?

覚えている電話番号なんて、実家しかない。

……110番という選択肢も頭によぎった。

でも、それより私にはどうしても確認したいことがあった。

ダイアルを押す。

呼び出し音が続く。


心臓がバクバクと音を立てる。

今、こうしている間に京介が戻ってきていて、私を探したらどうしよう。

呼び出し音が止まり、通話状態になる。

『もしもし』

電話口から母の声が聞こえた。



「もしもし、お母さん!?」
母の息を呑む声が聞こえた。

『真琴……? 真琴なの?』
母は声をひそめるようにして、そう確認してきた。

母からしたら、見知らぬ番号からかかってきているわけだから、驚くだろう。


「真琴だよ……外からかけてる」
「ねえ……何を言われたか知らないけど……私、病気じゃない」

『真琴……』


「信じて……! 京介の話は嘘なの……」
電話先で母が沈黙する。

『真琴』

それはとても冷たい声色だった。

『京介さんとゆっくり病気を治しなさい』
真琴「え……」

顔から血の気が引く。
「何言ってるの、お母さん……おか……」
ぷつん、と通話が切れる音がする。

自分と世界が繋がっている唯一の糸が途切れたような、そんな気がした。
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