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窓の外に広がる彼女の魔力の匂いは、風にのってこの世界から消えつつある。
俺は、部屋に置いていた劣化防止の術を施してある瓶に彼女の匂いを閉じ込めた。

彼女の最期に会えなかったことは悲しい。
しかし、国一番の蔵書数を誇り、国中からヤバい書物を掻き集めた禁書庫を持つ王城図書室のあるこの場所に居ることは、とても幸運だと思えた。

禁書庫に忍び込み、他世界との往来のできる魔術式を手に入れた俺は、以来、彼女の残滓匂いに残った魔力の導く世界へと旅している。

今回こそは絶対に彼女に会えると思っていた。
いつもより彼女の匂いを強く感じたからだ。

けれど彼女は居なかった。
絶対に会えると思っていたのに…

やっと見切りをつけて《転職》を理由にこの場所から去ろうと思ったのに、その送別会で彼女の残滓を強く感じるなんて…






「は? ウソだろう?」
「何か言った? 竹下くん。」
「あの…すみません、ちょっとお花摘みに…」
「《お花摘み》だなんて、竹下くんかわいい……」

俺は営業事務の若い女達の輪を抜けると、慌てて彼女の残滓を追う。

それは、トイレまで続いていた。

だがここでアクシデントが起こる。彼女の魂の器は女だと思っていたのが、匂いは黒の人型のシルエットの暖簾の向こうから強く香っている。

「…チッ」

まさか器が男だなんて…
いや、しかし男でも構わない。
彼女の気高き魂の器なのだ。
どんな姿でも愛せる。

緊張した面持ちのまま、俺は暖簾を潜った。

中は全て個室で使用中ならば閉まる扉が3つ。
その中の1番左から、彼女のまだ新しい魔法残滓が強く香っている。

俺がゆったりとした足取りでそちらへ向かうと、丁度その場所から中年の男が口元を袖で拭いながらこちらへ向かってきた。
くたびれたグレーの背広に、店の突っ掛け。青白い顔の似合わない小太りの体型に、元々の位置よりもだいぶ後退しているであろう生え際…

──まさか、彼女の選んだ今回の器はだと言うのか?

俺はには特に接触も問い掛けもしないまますれ違うと、真ん中の個室へ入った。
蓋にそのまま腰掛けると、一気に脱力してしまう。

俺の、これまでの執着は、彼女への愛は、何だったのか。
まさか彼女があんな器を選ぶだなんて!

あの容姿に、俺の恋心は粉々だ。
いくら彼女の魂の器だからって、アレは愛せない。

すっかり燃え尽きた俺は、ジャケットの内ポケットから1枚のコピー用紙を取り出す。
広げれば、特殊なインクで描かれた魔術式が現れた。

──この世界に、もう未練はない。

俺はそのまま、実家のある世界の実家の兄の治める国の北の国境近くにある幽閉先の尖塔へ戻った。

許可なく禁書庫へ入り厳重に保管された魔導書の封印を解いたとして、もう何十年も前からここに幽閉されている。
幽閉先に食べ物が運ばれることはなく、たぶん俺は既に餓死しミイラになっていると実家の奴らは考えているようで、誰も近付かない。

俺としては、他世界へ行っている間のアリバイ工作をしなくて良いのはラクだった。

久々に帰った幽閉先自宅のベッドに寝転がり、目を閉じた。

「グレース…」

彼女の名を口にすれば、自然と彼女の匂いが思い出せた。

彼女を抱きたかった俺は、妄想の中で彼女をメチャメチャに抱く。

硬く勃ち上がった自分のモノに手を伸ばすと、彼女に突き立てる妄想をしながら扱いた。

見たところ、あの男は寿命の半分は生きたような年頃だった。
つまり、あと数十年待てば再び新しい器になるのではないか。

いや、もうあんな男などひと思いに旅立たせてやろう。
そうしてまた、彼女の魔法残滓を追えばいい。

「そうだ、そうだ、そうだ! あんな器、壊してしまえばいい。」

一気に扱き上げて果て呼吸を整えると、俺はあの器を壊す毒薬作製のため尖塔を抜け出し、魔法草の生い茂る魔の森の中へと足を踏み入れるのだった。


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