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「あれ…?でも、《ユノシア》って…」

最近、聞いたことがあるのよね。グレースとしてではなく、相田サチカとして。

「昨日の送別会。」
「あ!」

昨日の送別会の主役が、《竹下ユノシア剣剛ケンゴウ》という名前だった筈だ。

「なぜ彼に惹かれるのかとても不思議だった。でも、どうやら無意識に警戒してみたいね。」
「そうだったのね。町田さん、これまでいろいろお世話になっていたようで…ありがとう。」
「いいのよ。でも気を付けて。奴の気配は今日もまだ近くに感じることがあるの。何らかの理由でグレースの魂の器である相田がここに居ること、気付かれてしまっているのかも。
あ、とりあえず始業時間よ。仕事、仕事! で、今日は食事に行きましょ。作戦会議よ!」
「わかったわ。」

そうして、私は町田と一緒に室内へ戻った。






出来上がった毒薬を生キャラメルに練り込んだ俺は、油紙に包む。
籠に盛ったダミーを持って行って、右手の中に毒入りを隠す。
《営業部の島津》とかいう奴の名を騙れば、あいつも受け取るだろう。

「クックック…楽しみだよ、グレース…次に器にするのは華奢な女がいい。そして俺と愛し合うんだ…」

右手が股間に伸びそうになって…

「丁度良い頃合いだ。もう飲ませてしまおう。」

俺は転移の魔石を用意し、あちらの世界へ跳んだ。






「くははは…外回り直後の器が、疑いもせずにアレを口に入れたぞ! 器が崩れ落ちるのもこの目で確認した。今晩にもグレースは別の器に移動するだろう。」

俺は普段は飲まない果実酒を祝盃としてあおる。
身体がカッカと熱くなり、素っ裸で寝所に転がると、思う存分子種を撒き散らしたまま、早々に眠ってしまった。






「祖師谷さん!」

午後、外回りから帰社した祖師谷が膝から崩れ落ちるのを、少しだけ離れた正面から見てしまった。

周りに誰も居ないのを確認してから駆け寄れば、祖師谷の口から前世で使われたことのある強力な毒薬の臭いがして、私は慌てて祖師谷の胃の中身を魔法で洗浄してやった。

胃の中の毒は、もしかしてユノシア王子が持ち込んだものなのだろうか。
けれど、なぜ祖師谷さんを毒殺するということになったのか、前世から考えてもド平民な私には見当もつかなかった。



とりあえず、休憩所のベンチに祖師谷を寝かせてから自分のデスクに戻ると、わずかに毒の香りを嗅ぎ付けた町田がやって来た。

終業時間までは、あと2時間といったところか。
私は町田を人気のない廊下まで連れ出そうとして、でも町田が私の肩を掴むと、頭の中で町田と私との間に回線が繋がった。

《記憶が戻ったからやってみたら…できるモンだな。前世まえよりも集中力が居るけど、念話が使える。》
《そうね。》

私は心の中では町田に祖師谷さんと前世の毒の話をしながら、手先だけは表の数値を埋め、仕事を進める。
これが意外とテンポよく進む。

《それじゃ、また終業後に。》
《わかったわ。》

それから自分の入れた数値を見直してみるが、幸いにも間違いがなく終えることができていた。

《あら! いつもより短時間でできてるわ!!》

町田から念話が届く。

《私もです。》
「フフッ」
「あら、町田さん、思い出し笑いですか?」
「あらヤダ! ごめんなさい、新井ちゃん。お邪魔したわ。」

町田のデスクのあるブロックから話し声が聞こえ、私も笑いそうになってしまって腹筋に力を入れた。


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