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深夜目が覚めた俺は、グレースの魂が新しい器に入る前の強く香るあの瞬間を、会社のビルの屋上の給水タンクの上で今か今かと待っていた。

しかし、下からの喧騒が聞こえなくなっても、獣達の時間になっても、朝日が顔を出しても、グレースの魂の香りも、気配すら感じられなかった。

──いや、まさか。否否、確かにあの時、俺はかの器に盛……

昼間の高揚を思い出す。
長く生きていても、あの興奮だけは抑えることができない。
あの、人を手に掛ける時の………

朝日が自分の目の高さまで昇った時には、もう朝の挨拶が下から聞こえてきていた。

俺は自分の失敗を悟り、転移の魔法石に魔力を送る。
跳ぶ瞬間だった。

ブワッ

香ったのは、あの魔法騎士団長の魔力の残滓。

──では、グレースは必ず奴の近くに居る筈だ。これまでだっていつも…ふふふ……

魔石は一度発動してしまえば、キャンセルすることは難しい。
体は転移を始めていたが、俺の鼻は確かに、この世界にグレースの存在を確認した。
それだけでも僥倖に恵まれた。

再会が近いことに確信を持ちながら、俺は元の世界へと帰った………………






「相田、おはよう。昨日ぶり!」
「昨日ぶり? 正確には3時間ぶりです!」
「でもアイツ…ユノシア王子の気配を今感じたわ。間に合ったのだから、良かったじゃない?」
「まぁ…そうだけど……でもまさか、転移まで使えるようになるなんて! しかも…」
「持つべきものは、《隣国の旧友》よね?」
「まぁ…そうですねー。」

私と町田は終業後、会社から徒歩圏内の町田のマンションへ向かってお酒とつまみと食事をしながら作戦会議をした。
で、酔っ払いのノリで町田が言ったのだ。
「アタシ達も、異世界行っちゃう?」
と。

実際、前世の私グレースも、前世の町田ラディも、当時は魔力量も多く、魔法に長けていた。
よく2人で、国境の向こうの魔法騎士団の道場破りなんかをして、壊滅させて戦を回避したりなんかも、していたの。

昨日は、久々だし私と町田2人分の魔力でユノシア王子が幽閉されてる塔がある国境の向こう側の国の魔法騎士団の本部へ転移して、トップに話を通したの。

「北の尖塔で薬物を精製し、そちらの国の要人を狙っているという密告を受けた。」
と。

そのトップが、道場破り当時に魔法騎士団では団長補佐をしていた人で、すごく偉くなっていて。
一緒にこっそり踏み込んだら、入れ違いでユノシア王子が転移でどこかへ逃亡。見張りを1人つけつつ少し泳がせてから捕らえると、王子の対処を請け負ってくれたの。

で、あちらで魔石を貰ってラディの魔力でこちらの世界に私達が帰ってきたのが午前5時くらいかな…

仮眠だけじゃ、正直グダグダ。
だけど、ユノシア王子が元の世界に帰るのは、確かめたいと思ったの。






「ぐぁぁぁぁーーーーー!!!」

俺は、転移先である自分の住処で火に包まれた。

「なぜ…なぜだぁァァーー! なぜ、俺が…!!!」

叫んでいると、塔の下へ続く扉がまだ燃えていないことに気が付いた。

「フハハハハ… 神は、まだ俺を見放した訳では無い!」

俺はその扉に飛び付く。
扉は金属製だったため、俺の両掌は燃えるような火傷を負ったようだ。
しかし、命があれば腕などいくらでも作り直せるだろう。






が……………………
扉が開いた先は、階段ではなく…

「な…!!!!!」

ところどころ見覚えのある朽ちた廃屋の、背の高い、まるで玉座のような場所で長い脚を組んだ同年代の男が、俺を見下ろしニヤリと笑ったのが見えた。

「ユノシア殿はご存知なかったのか? 貴方の兄上はとっくの昔にスタンピードの魔物どもにより国を滅ぼされ、次の世界へ旅立たれた。その後、この地はその魔物どもを駆逐した我が国が管理しているのだ。
この城だった場所の、この玉座も……」

俺は男の魔法で手枷を付けられ、見覚えのない制服の騎士たちに囲まれる。

「国王暗殺容疑で捕縛する!!!」
「グレース…………」

俺は、もうグレースの魂に会えないことを悟った。






「はぁ…終わったのね。」
「はい。とりあえず私、帰って寝ます。」
「それなら我が家なんてどうかしら。アタシ、もう男はこりごりなのよ。相田ちゃんさえ良ければ、ヴァージンロードの終点で、アタシと誓わない?」
「町田さん、寝不足すぎて頭沸いちゃいましたか?」

チュッ

「知ってた? 前世のアタシも、初恋はグレースだったのよ?」
「は?」

突然の町田の告白に、突然のキスに驚き固まる私をエスコートする町田さんは、とてもサマになっていて…
前世からの因縁やらオネェ言葉やらもろもろあれど、その時の町田はとても格好良く見えたのだった。





        おしまい
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