【完結】匂いフェチと言うには不自由すぎる

325号室の住人

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「え……?」

僕は、声の聞こえた方へ振り返る。
けれどそこは、バルコニーの手すりがある方だ。

僕は立ち上がり、そちらの下を覗き込む。

下は闇。
僕の部屋は屋敷の3階にあるのだけれど、暗い海の中に浮かぶ筏のようで、心細さに足が震えた。

僕は手すりに掴まりながら元の寝椅子に戻り、ごろりと転がった時だ。

僕の頭の側から何かが僕を見下ろしていることに気付いた。

「プップププッ」

その何かは、僕を見下ろして笑った。
その人物がティルに見えて…
僕はガバリと上体を持ち上げ、その人物を振り返った。


闇に潜み、確かに存在する人物に対し、目を凝らす。

すると、よく見えなかった暗がりが、段々に人の形になり……

「ハァ…」

その人の形から、諦めたような溜め息が聞こえ……

その人物がフードを外せば、見えるようになったのは、すごくすごく会いたかった、ティルだった。






その日も、俺は貴族のゴシップを集めていた。

広範囲の気配探知の魔法に、キーワードを加えた、俺オリジナルのゴシップ探知魔法に、その日引っかかったおバカな貴族を笑ってやろうと、録画されている映像を見た時、ソレがジャンであることに気付いた。

ジャンは、クサクサしながらベッドの上をウロウロして、それから頭を掻きむしって溜め息と自分に対する嘲笑を漏らしていた。

どうやらジャンは元気そうだった。

ジャンの他にも、今日は……
王子が婚約者の母親とデキていて、婚約者の令嬢は既に国王と懇ろの関係になっていて出産間近という大スクープがあったので、そちらの記事を印刷所に回した後で、ジャンの様子を見に行くことにした。



最近覚えた飛翔の魔法と、最近開発した魔道具のケープのフードを被って、まずはジャンの個室を探すべく屋敷の庭に降り立ち、気配探知の魔法を使った。

すると、俺の居た地点の真上にジャンの気配を感じたので、壁を歩ける魔法で垂直にジャンを目指した。


数階分上った時、ジャンの独り言が聞こえてきた。

「…会いたい……。」

切なげに発せられたジャンの言葉に、俺はもう、ジャンには恋人ができたのだと思った。

だから、ジャンが眠りについたら、最後に寝顔だけ見て帰ろうと、闇に紛れた。

けれど、俺のその諦めモードは、次の言葉で力を取り戻した。

「ティル…キスしたい……。」
「いいぜ。」

即答してしまった。

それから、ジャンが俺の返答を夢オチにしようとしたみたいだったので、ちょっとからかってやろうと近付いてみた。

《夢オチ》だもん。キスしたって大丈夫かもしれない。

けれど結局、俺が生身の人間であるとバレてしまった。

ハァ……

──さて、どうしようか。


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