なぜか、同期のモテ男に好かれてしまったのですが…

325号室の住人

文字の大きさ
10 / 32

  10

しおりを挟む

っくしゅ!

今度は島津のくしゃみ。

「ねぇ、そろそろ会場へ戻らない?」

テラス席から社食への扉を開くと、先程まであったソファセットは撤去され、参加者も司会も、ついでに言えば料理もドリンクもなく、辛うじて扉の辺りの《CLOSE》のパネルに当たった小さなライトが灯るだけだった。

廊下側へ続く扉には部長の文字で、《施錠後、鍵は守衛さんまで》とのメモが貼り付いていた。

施錠後、ロッカー室に寄ってから守衛室を通って裏口から街へ踏み出すと、もう既に出来上った酔っ払いの多い時間になっていた。

島津は自然に車道側へ回り、有無を言う隙間もなく手指を絡め取られ、気付けば、今どき少女漫画でしか見ないんじゃという恋人繋ぎになっていた。

「もう遅いから、今日は送らせて。」

島津からの真っ直ぐな視線に、気付くと頷いていた。






俺はうかれていた。

だから繋いだ手は離したくないし、何ならこのまま一緒に住みたいし、明日には婚姻届を出したって構わないと思っていた。

ところが、スカイは改札の手前の柱の横で立ち止まり、俺を仰いだ。

「島津くんは、さ、確かバスだったでしょ? この先はもう地下鉄だよ?」
「《島津くん》? 《あかり》って呼んでくれないの?」

スカイは顔を背けたところで頷いた。

「なん…」
「だって、恥ずかしい。2人きりの時だけがいい。」
スカイの耳が朱に染まる。

「俺って恥ずかしい?」
訊けは、スカイはかぶりを振った。

「違うの。急すぎる。これじゃ慣れるなんて無理。」
「………………」

──拒否られたのか? 何だかショックだ。

「あの、この手も、離してくれると…」
「え?」
「あの…距離感! 急に近過ぎて、困る。」
「ダメ?」
「だって、ついさっきまではただの《同期》だったんだよ?」
「ただの…」
「そうだよ。例えば、山代さんと江藤さん、いつも手を繋いでいる?」

山代さんは営業部の男性社員、江藤さんは営業部の女性社員で、2人は同期のライバル関係でマウントを取り合っている。
どちらかと言えば喧嘩ばかりだ。

俺はかぶりを振る。

「だよ? だから…」
「でも、2人は付き合ってないから…」
「付き合って…でも私達は《両想い》?になってまだ1時間だよ?」
「だから何?」
「もし高校生だったらどう? 昼休みに告白して両想いになって、午後の時間に『離れたくない…』って彼氏に言われたとしても授業があれば離れるでしょ? それと同じ。」
「同じ…」

俺はその時、自分とスカイとの気持ちの大きさに差があると感じた。

「だから、ごめんね。」

スカイによって、やんわりと俺の手は剥がされる。

俺はそのまま自分の掌を見つめた。
そこにはまだ、スカイの手の温もりが残っていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

処理中です...