悪役令嬢の育て方 本編終わり

325号室の住人

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元悪役令嬢、母性本能が芽生える

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──夕食には現れなかったなぁ、ジン様…

食後に入浴やら洗髪やらエステやら、もろもろ整えてもらって、只今あの大き過ぎるベッドの上。

──まぁ、もしいらしても、きっとまともに顔は見られなかったと思うけれどね……

「はぁ…」

額に手を当てる。
目を閉じてしまえば、あの感触が蘇るので閉じたくはない。

でも、いろいろあって体は疲れている。
眠ってしまえば明日ラクだろうとは思う。
けど、目を閉じれば感触が……

堂々巡りだわ…
「はぁ…」
一度起きて、お茶を飲むことにした。



この部屋には、庭に面したテラス付きの窓がある。
月は意外ともう高かった。
どうやら、考え事をしながらもうとうとしていたらしい。予想より夜は更けていた。

窓の近くのワゴンには、魔法道具と呼ばれるお茶ポットがあり、いつでも淹れたての紅茶を飲むことができる。
その隣の茶櫃からティセットを出して、お茶を注いだところで、
「僕にも頼めるかな。」
振り返らなくてもわかる。ジン様だ。
「はい。」
私は手早くお茶を注ぐと、2人分のティセットを持ってテーブルに置いた。

このテーブルでは食事を取ることもあるので、ローテーブルではなく食卓の高さのものに交換してもらっている。

ソファには背凭れに体を預けたジン様が座っているので、私は初夜にジン様が移動してきたスツールに座ろうとそちら側にお茶を置いたものの、その手を引かれてソファの肘掛けとジン様との隙間に着席させられてしまった。

テーブルに膝をぶつけて、ティセットがガチャガチャ鳴る。

「今日はまだルイーズが解放してくれないんだ。」

ジン様は私の肩に頭を乗せた。

「せめて寝顔だけ見られればと思って来たんだ。起きてるマリアに会えて嬉しいよ…」
「ジジジジン様、耳元で話すのは…あと近いです。」
「少しだけ、僕を癒やしてくれ…」
──ひゃあああ…

私はフリーズしてしまい、思考も停止しそうになったところで、気になったことがあった。

──『ルイーズが解放してくれない』のに、そのルイーズ様はどこにいるのだろう?

フリーズした体を急速解凍するようにしてジン様から抜け出して立ち上がると、ジン様の向こうのテーブルに隠れて死角になったところに、お土産物のマトリョーシカのようなダルマみたいな、顔だけだしてきつく伸縮しなそうな布が巻かれた…

「ルイーズ様?」

私はテーブルを回り込むようにしてルイーズ様の方へ駆け寄った。
顔が赤く、呼吸も早いように感じる。

その間、ジン様は紅茶を手に取り、
「はぁ…疲れたぁ……」
空のカップをテーブルに戻すと、私が収まっていたソファの肘掛けに頭を乗せて目を閉じてしまった。

それよりも、今はルイーズ様だわ。

中世か近世か、ヨーロッパでは赤子をあんな風にぐるぐる巻きにしていたと、前世に本で読んだことがある。
当時のヨーロッパは、大人の糞尿も屋敷の窓から捨てる時代。
田舎の方では女性達が手仕事をする間は首の後ろ辺りでこの状態の赤子をフックに引っ掛け、糞尿も垂れ流しで、そこから病気で亡くなる子も多かったと。

──もしかして、寝ない夜にはこのスタイルなの?

けれど一緒に寝た時には手足が自由だったのを思い出し、今晩だけ特別にこうなっているのかもしれないとも思う。

でも、たとえたまにだったとしても、ルイーズ様が苦しそうなのはダメだと思う。
だから、ジン様に確認していないけれど、ぐるぐるを解いてしまおうと思った。

私には布の端っこがわからず、刺繍用として借りていた裁縫箱の糸切り鋏を使い、最後は裂くようにしてルイーズ様を取り出す。

抱き上げれば、心なしかルイーズ様の顔色も普通の色に、呼吸も落ち着かれたように感じてホッとしたところでベッドの真ん中に寝かせて、今度はジン様だ。

「ジン様、こんなところで眠ってしまえば風邪をひきますよ。」

声を掛ければ、あくびをしながら体を起こしてくれた。

「食事や入浴はされましたか?」
「…いやまだ…。今日はなかなかルイーズを他の者に任せられなくて…」
「でしたら、行ってらしてください。」
「ありがとう。それじゃ、ルイーズを頼む。先に眠っていてくれて構わないから。」

ジン様は1つ伸びをすると、扉に向かって歩き出す。その背中をグイグイ押して部屋の外へ送り出すと、私はルイーズ様と一緒にベッドの中央に転がった。

ルイーズ様は背中をシーツに触れさせても、安心したようにすやすやと眠ったままだ。

誰がルイーズ様をぐるぐる巻にしたのかはわからないけれど、時代が、世界が、こうなっていると言うなら私がルイーズ様を守らなければ。

とりあえず、ジン様に夜はルイーズ様と一緒に過ごしたいとねだってみよう。


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