こちら冒険者支援ギルド ダンジョン課

瀧音静

文字の大きさ
23 / 75

もうひと踏ん張り

しおりを挟む
さやから刀を抜き、刃に傷や欠けが無い事を確認する。
刃についた古い油をふき取って、打ち粉をポンポンと刀身へ。

3度ほど繰り返し、ゆっくりと刀身を観察する。

刃紋は小乱れ
まるで濡れているように、怪しく月明かりに反射するそれは、見るもの全てを魅了するだろう。

こんなもんか。
と新しく油を塗り直し、手入れを終えた刀を鞘に納め、部屋の中央の刀掛けへ。

魔王より預かったそれが、誰の手にも触れないように、九本の尻尾を持つ影は、その部屋に封印を施すのだった。



さんさんと照り付ける太陽
額に浮かぶ玉のような汗

ふぅ、と汗を拭い、一呼吸つく。

いい天気ですね。
と思いながらマデラは……ダンジョンを掘っていた。

事の発端は連休前の大量の書類を片付けていた時の事。

大量のモンスターの補充依頼と、そこそこのダンジョン改修申請を片付けているとその中に混じった報告書を発見したのだ。

Eランクダンジョン、ゴブリンの巣
そのダンジョンマスター ゴブリンリーダーから送られてきた報告書の内容は、連休前にもかかわらずダンジョンを改修、どころか作り直すハメにさえなった内容で、

冒険者が大量に来たから戦っていたら、通常モンスターのゴブリンが次々と転醒。
ゴブリンリーダーが総計50を超えたという報告だった。

どこか問題があるのか?と思われるかもしれないが、これが問題しかないのである。

ダンジョンマスターという存在は、そのダンジョンにおいて無二の存在でなければならない。

ダンジョン内で一番強く、ダンジョン内で最も指揮を取れ、ダンジョン内で知性に優れた存在でなければならない。

何故ならば、モンスターはみな野心家だからである。
何もダンジョンマスターに限らず、マスターらの配下に甘んじているモンスター達も例外ではない。

隙を見せれば、口実を与えれば、あっさり立場を逆転されかねないのである。

たかがゴブリンやスライムがどんなに強くなろうが魔王に敵わないだろう。
だから下克上など、野心など無駄ではないか。
そう考える人も居るかもしれないが、そう言う人には私はこう返すことにしている。

「彼らにそれを理解する頭があるとでも?」と。

話を戻してダンジョンマスターを任せていたゴブリンリーダーと同格の存在が急に50体も増えた。
この事実は、ダンジョン内でのマスターの座の奪い合う争いが繰り広げられるという事であり、

何も知らない冒険者がダンジョンに入ったら、すでに殺気立って戦闘準備万端のダンジョンマスター50体に囲まれてボコられた。
何て事になったら間違いなくクレーム案件である。

故に、その報告書を見た瞬間に、そのダンジョンの利用中止の通達を各所に飛ばし、彼らの為に新しいダンジョンを作るために全力でまずは報告のあったダンジョンに向かうことにしたのだ。

はい?ゴブリンリーダーを別のダンジョンに移せばよいのではないか?

なるほど。
確かに素晴らしい考えです。
出来るならやってます。

ゴブリンリーダーの特性を、そしてゴブリンの事を知ると、その考えも諦めざるを得ないんですよ。

ゴブリンリーダー
戦闘面ではゴブリンとあまり大差ありませんが、何より知能が発達しています。
集団戦、罠、など面倒な戦いを強いられるモンスターです。
主にCランクのダンジョンに居ます。

罠を仕掛けるという特性。
そのせいでまずCランク以上のダンジョンに配属確定。

そして戦闘能力。
ゴブリンと大差無い為、下手すればダンジョン内のいざこざでやられかねません。

モンスターにも共存可能な種族がちゃんと分けられているんですけど、ゴブリンって絶望的に他の種族と共存出来ないんですよ。
下手するとゴブリンが餌扱いですからね。
仕掛けた罠に他のモンスターが掛かろうものなら、彼らの命は掻き消えます。

それだけ弱いのに、罠と集団戦を駆使して、それはもう鬱陶うっとうしいほどに手間をかけさせてくれるんですよ。

なのでゴブリンはゴブリン種のみでダンジョンに配属するのが鉄板となっているんです。

今回は50体と中々の規模で集団転醒なぞやらかしてくれまして、
どうするか、と本人達と話し合った結果。

Eランクのゴブリンの巣のダンジョンの深部に新しくダンジョンを作り、そこに配属して貰おうという事になりました。

当然、誰がダンジョンマスターになるんだ、なんて話が出ましたがそれについてはこちらが手配済み。

ゴブリンの巣は崖沿いにあったダンジョンなのですが、その崖を掘って新しいダンジョンを作ろうとしています。

とりあえずダンジョンを掘らなければ始まらない、と炎天下の中、私はダンジョンを掘り進めているんですよ。

掘り進める。と言っても爆破魔法を無詠唱連発して穴を作っているだけなのですが。

穴を複数開け、その穴を全て繋げて無理くりダンジョンにしようという魂胆です。

というかゴブリンリーダー達が拘りでもあるのか、ダンジョン内は自分たちでやるから、と大雑把なところだけお願いされたんですよね。

崖崩れが起こらない程度に穴は開けましたし、後は彼らに任せましょう。

丁度マスターも到着したみたいですし。

「遅れちゃいました?ごめんなさ~い」

何て元気に言うスライムちゃん。
以前ダンジョン内のモンスターを壊滅されたスライムです。

イビルバットのダンジョンでお手伝いをし、順当に強くなり、今では立派なスライムクィーンへとなっています。

物理ダメージ半減、炎、水属性軽減、とCランクにしては少し強い気もしますが、まぁ誤差の範囲です。

それに、このスライムという種族、唯一と言ってもいいゴブリンと共存出来る種族なんですよ。

まず餌にならないし、ゴブリンを餌にしない。
罠にかかってもスライムなら影響ないものがほとんど。

そんなわけで彼女には転属して頂いた次第で、彼女の元居たダンジョンには彼女の推薦で別のスライムが配属されました。

「では、後はお願いしますね」

と、自分のやれる事を終え、スライムちゃんの紹介も終わらせ、細かな注意事項を伝えて
私はギルドに戻ることにした。

帰って新しいダンジョンの案内状を急いで作らなければいけませんし、何より書類の山が残っているはずですので。

ここ最近帰るのが遅いんですよね……一人の頃よりだいぶマシですが。

*

「お帰りなさいなのです!」
ツヅラオが元気に迎えてくれる。

書類は……おや、大分残り少なくなっていますね。

「今日は思ったほどでは無いのです。補充依頼の方が結構減っているのです」

あぁ……

「連休が目と鼻の先だからでしょう。冒険者達もダンジョンに挑まず、故郷に帰る為の準備をしているのかと」

「なるほどなのです。ちなみに連休ってどれくらい休みなのです?」

「このギルドは15日間休みですね。ゆっくり出来ますよ」

早速ダンジョンの案内状を作りながらツヅラオの疑問に答えていく。

「あ、そういえば。かか……神楽様からふみが届いたのです」

「手紙が?」

そう言って手渡された手紙には、

連休中どうせ暇やろ?うちん所に遊びに来いひんか?

と書かれていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

拝啓、あなた方が荒らした大地を修復しているのは……僕たちです!

FOX4
ファンタジー
王都は整備局に就職したピートマック・ウィザースプーン(19歳)は、勇者御一行、魔王軍の方々が起こす戦闘で荒れ果てた大地を、上司になじられながらも修復に勤しむ。平地の行き届いた生活を得るために、本日も勤労。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...