61 / 75
季節病
しおりを挟む
突然の事に驚く人間達は、なるほど。
確かに配下の妖狐が言うように怖い見た目であった。
ぼろぼろの服に汚れだらけの顔、顔もげっそりと頬がこけており、彼女ですら少し身じろぎそうになった。
た、助けて、助けてくだせぇ。
助けを仙狐に求めるも、それに応じる義務は当然彼女にはない。
しかし、彼女の姿を見て、何故か安心した人間達の命を奪おう等と言う考えには至らず……
う、うちに迷惑かけへんねやったら好きにしいや。
と、思わず彼女が妥協してしまう程度には、人間達の見た目が酷かった。
▽
「それで? わざわざこちらまで出向いて来た訳を、教えていただきたいのですが」
「そ、そのぉ、……で、ですから。あのぅ……えぇと……」
もじもじと体を揺らすばかりで一向に訳を話そうとしない目の前のマスターに僅かに苛立ちを覚えるが、残念な事にこれでも彼は同じ種族の中では口数が多い方なので、とりあえずは待つ事にする。
一瞬意を決してこちらを向いたかと思えば、すぐに俯いてて遊びをはじめもじもじ。
そんな繰り返しをもうすでに20分ほどは繰り返していた。
早く内容を言ってくれた方がお互いに楽だろうに。私なら即座にそう考えるが、目の前の彼はそこまで考えないのか。
ようやく彼の口から出てきた、ダンジョン課に来た目的とは、
「ぼ、僕にはもう、……ダンジョンマスターなんて向いて無いんです! なので、……格下げをして貰いたくて!」
本人は叫んだつもりであろうその声は、実際はようやく聞き取れるレベルの声量であり、動きだけがなんともダイナミックな囁きとして私の耳に届いた。
*
スペクター
一般的には鎌を持った怨霊であり、物理攻撃が効かず魔法によって攻撃しなければダメージを与える事が出来ない。聖属性に弱いという特性を持つ強さで言えば下の方に位置するモンスターである。
目の前のこのマスターは鎌すら持ち上げられない程の子供のスペクターであるが。
「はぁ、一体どのような考えでそう結論付けたかを教えてください」
周りの視線が気になる。と言われ、防炎室の隣の空き部屋に案内し、そこで理由を聞くことにした。
「うぅ、だって、だって。ダンジョンの中のモンスターがみんな僕の事を狙ってくるんですよぅ?」
下克上を狙うモンスターに取っては当たり前ですね。見た目が子供の彼であればなおさら。
「こん棒や、斧や剣で僕の事を倒そうと襲ってくるんですよぅ?」
物理攻撃は全て体が透けるのでダメージなんて入らないじゃないですかあなたは。
「それにそれに、冒険者達だって最近急に挑戦する人が多くなったし、みんなして僕の事をイジメてるんですよぅ」
挑戦者が増えたのは主に冒険者達の意識が変わったからなのですが。それに、あなたも強くなるので悪い事では無いのでは?
「だからもう、僕マスターじゃなくて一般モンスターに戻って、壁の中に隠れて平穏な日々を過ごしたいんですよぅ」
残念ですが、あなたの代わりになるようなモンスターが居ない為却下です。
「えぇと、マスターになるという契約を結んだ際の事を覚えておられますか?」
「あの日から地獄が始まったんです。忘れてませんよぅ」
「では、自分の意思ではマスターを降りられないとの事項に関しては?」
「たった今忘れました。なので一般モンスターに戻してください」
この子は……。毎回雨続きの季節が明け、日差しが強くなるころに彼みたく大きくやる気が削がれ、マスターとして適当になってしまうモンスターは少なからず居ますが。
それでもマスターという地位はその程度では手放したくない、と普通はこの子のようには言わないものですが。
現に自分以外のモンスターが壊滅したスライムちゃんですら、ここまで弱音は吐かなかったですし。
「そうはいかない理由が3つあるので聞いてください。一つはそう簡単に代わりになるマスターが見つからない点。ですがこれは時間さえあれば現れるかもしれませんのでそこまで問題ではありません」
最初は曇っていた彼の顔が一気に明るくなる。
「次にあなたの新しい配属先の件です。様々なダンジョンをあなたが移動したことによる難易度の変更や種族間のわだかまり等、あなた一人の為に多くのモンスターが移動しなければならない可能性が出てきます」
明るかった表情に陰りが見える。
「そして最後に、あなたはあの墓場の地縛霊でしょうに。今の様にしばらくならば離れても平気なのでしょうが、ずっとあそこを離れるという事は出来ないはずですので、あなたを移動させることが出来ません」
「あ、いえ。本体は墓場にちゃんといますよ? 本体を少し千切って、分体としてここにきてます」
「それでも墓場を離れられないという事実には何も変わりはありませんよ?」
少し口をはさんできたが、特に意味は無く。
「よって、あなたを降格させるという提案は受け入れかねます」
「そ、そんな~」
地に手を着いて、落ち込んだ様子のスペクターですが、そもそもそのような提案をされたことが初めてなので、正直どう対応するのが正解か分かりません。
下手に前例を作れば、後から後から、なんてことも考えられるため、ここはひとつ。彼には我慢して貰う事にしましょう。
「あなたは今まで立派にマスターとして全うしてきたではありませんか。もっと自信を持ってください」
そう言って彼を抱き、頭を撫でれば、
「うー、…………わかりました。もう少しだけ頑張ってみます」
と頬を膨らませ、渋々と言った感じで呟くのだった。
確かに配下の妖狐が言うように怖い見た目であった。
ぼろぼろの服に汚れだらけの顔、顔もげっそりと頬がこけており、彼女ですら少し身じろぎそうになった。
た、助けて、助けてくだせぇ。
助けを仙狐に求めるも、それに応じる義務は当然彼女にはない。
しかし、彼女の姿を見て、何故か安心した人間達の命を奪おう等と言う考えには至らず……
う、うちに迷惑かけへんねやったら好きにしいや。
と、思わず彼女が妥協してしまう程度には、人間達の見た目が酷かった。
▽
「それで? わざわざこちらまで出向いて来た訳を、教えていただきたいのですが」
「そ、そのぉ、……で、ですから。あのぅ……えぇと……」
もじもじと体を揺らすばかりで一向に訳を話そうとしない目の前のマスターに僅かに苛立ちを覚えるが、残念な事にこれでも彼は同じ種族の中では口数が多い方なので、とりあえずは待つ事にする。
一瞬意を決してこちらを向いたかと思えば、すぐに俯いてて遊びをはじめもじもじ。
そんな繰り返しをもうすでに20分ほどは繰り返していた。
早く内容を言ってくれた方がお互いに楽だろうに。私なら即座にそう考えるが、目の前の彼はそこまで考えないのか。
ようやく彼の口から出てきた、ダンジョン課に来た目的とは、
「ぼ、僕にはもう、……ダンジョンマスターなんて向いて無いんです! なので、……格下げをして貰いたくて!」
本人は叫んだつもりであろうその声は、実際はようやく聞き取れるレベルの声量であり、動きだけがなんともダイナミックな囁きとして私の耳に届いた。
*
スペクター
一般的には鎌を持った怨霊であり、物理攻撃が効かず魔法によって攻撃しなければダメージを与える事が出来ない。聖属性に弱いという特性を持つ強さで言えば下の方に位置するモンスターである。
目の前のこのマスターは鎌すら持ち上げられない程の子供のスペクターであるが。
「はぁ、一体どのような考えでそう結論付けたかを教えてください」
周りの視線が気になる。と言われ、防炎室の隣の空き部屋に案内し、そこで理由を聞くことにした。
「うぅ、だって、だって。ダンジョンの中のモンスターがみんな僕の事を狙ってくるんですよぅ?」
下克上を狙うモンスターに取っては当たり前ですね。見た目が子供の彼であればなおさら。
「こん棒や、斧や剣で僕の事を倒そうと襲ってくるんですよぅ?」
物理攻撃は全て体が透けるのでダメージなんて入らないじゃないですかあなたは。
「それにそれに、冒険者達だって最近急に挑戦する人が多くなったし、みんなして僕の事をイジメてるんですよぅ」
挑戦者が増えたのは主に冒険者達の意識が変わったからなのですが。それに、あなたも強くなるので悪い事では無いのでは?
「だからもう、僕マスターじゃなくて一般モンスターに戻って、壁の中に隠れて平穏な日々を過ごしたいんですよぅ」
残念ですが、あなたの代わりになるようなモンスターが居ない為却下です。
「えぇと、マスターになるという契約を結んだ際の事を覚えておられますか?」
「あの日から地獄が始まったんです。忘れてませんよぅ」
「では、自分の意思ではマスターを降りられないとの事項に関しては?」
「たった今忘れました。なので一般モンスターに戻してください」
この子は……。毎回雨続きの季節が明け、日差しが強くなるころに彼みたく大きくやる気が削がれ、マスターとして適当になってしまうモンスターは少なからず居ますが。
それでもマスターという地位はその程度では手放したくない、と普通はこの子のようには言わないものですが。
現に自分以外のモンスターが壊滅したスライムちゃんですら、ここまで弱音は吐かなかったですし。
「そうはいかない理由が3つあるので聞いてください。一つはそう簡単に代わりになるマスターが見つからない点。ですがこれは時間さえあれば現れるかもしれませんのでそこまで問題ではありません」
最初は曇っていた彼の顔が一気に明るくなる。
「次にあなたの新しい配属先の件です。様々なダンジョンをあなたが移動したことによる難易度の変更や種族間のわだかまり等、あなた一人の為に多くのモンスターが移動しなければならない可能性が出てきます」
明るかった表情に陰りが見える。
「そして最後に、あなたはあの墓場の地縛霊でしょうに。今の様にしばらくならば離れても平気なのでしょうが、ずっとあそこを離れるという事は出来ないはずですので、あなたを移動させることが出来ません」
「あ、いえ。本体は墓場にちゃんといますよ? 本体を少し千切って、分体としてここにきてます」
「それでも墓場を離れられないという事実には何も変わりはありませんよ?」
少し口をはさんできたが、特に意味は無く。
「よって、あなたを降格させるという提案は受け入れかねます」
「そ、そんな~」
地に手を着いて、落ち込んだ様子のスペクターですが、そもそもそのような提案をされたことが初めてなので、正直どう対応するのが正解か分かりません。
下手に前例を作れば、後から後から、なんてことも考えられるため、ここはひとつ。彼には我慢して貰う事にしましょう。
「あなたは今まで立派にマスターとして全うしてきたではありませんか。もっと自信を持ってください」
そう言って彼を抱き、頭を撫でれば、
「うー、…………わかりました。もう少しだけ頑張ってみます」
と頬を膨らませ、渋々と言った感じで呟くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。
夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる