始まりのない記憶の海

冬のん

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短編2_5分前仮説

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「ねぇ、もしこの世界が5分前につくられたって言われたら君は信じる?」


 また彼女の悪い癖が始まった。
 彼女はいつも唐突に突拍子も無いことを口にする。

 僕はそんな事を考えながら、いつもの様に困った顔をしてやり過ごす。
 しかし、今日の彼女はいつもに増して強引に話を続けていた。

「君の知識、思い出は全てまやかし。今私たちがここに居るのは、つい5分前に作られたばかりのハリボテの世界。」

 そういう彼女の黒い瞳は綺麗に輝き、見惚れてしまうほどに吸い込まれそうになる。

「だからね、私は今を生きるものとして証明したいの。この世界はいつから存在して、私はいつから私なのか。」

 僕はそんな事は無理だろう、出来るわけがないと考える。
 そしてそれは顔に出ていたと言わんばかりに彼女にすぐに諭される。

「そう、そんな簡単には証明できるはずないよ。でもね決めたの、私が私であることを見つけたい、探したい。だからね、君にも手伝って貰うからよろしくね。」



 彼女は不吉な呪文のように、流れるように"頼んだよ"と僕の肩を叩き去って行った。



 ---ーー------



 季節は夏。

 あれから彼女に手伝いを頼まれるでもなく、何事もなく普通の日常を過ごしている。


「もうすぐ冬だっていうのに、私たちはなんで夏を謳歌しているんだろうね。」


 また唐突に彼女の悪い癖が…以後略)
 なんてことを相も変わらず考える。

 すると彼女も僕の考えなどお見通し、と当然のように考えを察して話を続ける。

「ほら、よく漫画とかであるでしょ。漫画の中なのに私たちに向けて話す的なメタ発言。」

 確かにあるが、今回はどういった思いつきでの行動なのだろうか。さすがに僕は彼女の考えが読めずにいた。

 すると彼女は少し頰を膨らまし、呆れたように説明を始めてくれた。

「前に話した5分前の仮説覚えてるかな。あれで思いついた事なんだけど、私たちからは観測できないけれどこの世界を創って観測している者がいるとしたら、漫画のようにメタ発言をする事で何かしら繋がりが出来ないかな……なんて思ったんだけど………うん、さすがに無理だよね……。」

 途中までは僕に説明してくれる程だったからか真面目に話してくれていたが、最後の方は自信なくなったんだろうな。明らかに戦意喪失していた。

 さすがに見ていられず、彼女を励まそうと思うも言葉が出てこない。
 手伝ってと言われたものの、ついさっきまで忘れていたくらいだ。"頼んだよ"と言われたけれど力にもなれない。非凡な彼女の思考には追いつけず、いつものらりくらりと聞き流すだけ。彼女にとって僕はなんなのだろう。また僕にとっての彼女は………。



 ---ーー------
 ---ーー------



 僕は日記を書いている。

 と言ってもその内容はほぼ彼女の事ばかりだ。

 その発言は僕の世界観を変え
 その行動は僕の先を導き
 その笑顔は僕の心を映す

 彼女のすべてと僕の変化。
 それらを記してきたこの日記は僕の心そのものなのかもしれない。



 ---ーー------
 ---ーー------




















































 古くどれほど昔のものだろう。

 それは人の暮らすための建物だったのだろう。

 その一室で見つけた紙の束。



 彼らは各々の興味の惹かれた物を持ち帰る。

 彼らはそれらを戦利品と呼び、ある者は骨董品としてかざってみたり、またある者は解体して自身の研究に役立てる。

 そして彼の戦利品は紙の束だった。


 彼は紙の束に書かれていた内容を読み解き、それが日記である事にたどり着いた。
 そしてこの時代には考えられないような、支離滅裂な内容や考えが敷きつめられるように記されているこの日記に彼は引き込まれていった。


 彼はその日記を頼りに物語を作る事にした。

 僕の物語。
 日記の記憶をもとに人格をAIを作り出した。
 そう、彼女や僕を作り出したのだ。
 そして彼は僕らにセカイを与える。
 今は未来。だけれど与えた環境は当時のもの。

 彼は思う。
 AIの僕は5分前に作られた事に気付く事はあるのだろうか。
 AIの彼女が自身の存在や、作り出した自分に気付く事が出来るのだろうか。

 彼は観測者。
 僕や彼女の行動は、彼にどう映るのだろうか……。





















































 ---ーー------


「って言うお話を考えたんだけど、君はどう思う。」

 また彼女の悪い癖が始まった。
 そういつものように僕が考えていると、彼女は無邪気に笑いかけてくる。

「知らないよ、もしかしたら君も5分前にできたばっかりの、出来立てホヤホヤかもしれないね。」




 僕は呆れながらも、彼女の手を引き歩き出す。


「だとしても僕は君のそばにいるよ、約束したからね。」











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