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【本編】
01 過去
ホテルから出ると、じんわりと湿った熱風が肌を打った。
活動拠点のアメリカに戻る便まで、もうあまり時間はない。それなのにマサが向かった先は、空港ではなく、とある男の部屋だった。
ルカがプロデュースしたもう一つのグループ、Star Nova──そのリーダー・浩誠。浩誠とルカは、かつて恋人同士だった。ずいぶん前の話だ。けれど、ルカが〝他の誰か〟を選んだと知って、何も感じないはずがない。あいつは顔に出さないだけで、きっとまだ、どこかが疼いているに違いないのだ。
──さて、どう揶揄ってやろうか、とマサは口の端を上げた。
Novaグループの寮に辿り着くと、玄関前で見慣れた顔を発見した。Star Novaメンバーの、雪乃だ。
「よっ、入れてくれ」
「うわっ、マサくん? 何しに来たの?」
「浩誠、居るだろ?」
丁度寮から出てくるところだった雪乃は、マサを見て少し警戒する様子を見せたものの、その口調は穏やかだった。
少し考えて、そのまま扉を開けマサを迎え入れた。
「どうも」
「貸しだからね」
「あー、覚えとく」
「問題起こさないでよ」
「分かってるって、心配すんな」
そんなに心配なら入れなきゃいいのに。それでも扉を開けてしまうのが、雪乃らしい。
後ろ手をひらひらと振って雪乃と別れ、廊下の奥へ歩き出す。目的の部屋に辿り着くと、そっとノブに手を掛けた。
元々、大きな一軒家を改装しただけの寮で、各部屋の鍵なんて飾りみたいなものだった。実際、少し手を加えただけで、錠はあっけなくその役割を放棄した。
音を立てないよう忍び込むと、写真立てを眺めている背中が見えた。手にしているそれに収まっているのは、昔のルカと浩誠のようだ。
「……へェ、高校生の頃の?」
声に驚いて、浩誠の肩がびくりと揺れる。振り返った浩誠は、眉間に深い皺を刻んだままマサを睨みつけた。
その瞬間、喉の奥で小さく笑いそうになるのを、マサはぐっと堪えた。
「何の用だ」
「暇だったから来た」
「帰れ」
眉間の皺。噛み殺した舌打ち。
ああ、これだ。
変わらない。こうして顔を歪めさせる瞬間が、昔から好きだった。必死にポーカーフェイスを気取りながらも、隠しきれずに漏れ出す感情が、おかしくてたまらない。
だから、苦々しく歪められた浩誠の表情も、冷たく「帰れ」とあしらわれるのも、マサにとっては心地よいほどに見慣れた景色だった。
(はァ……楽しい)
期待通り、先程までのジメジメとした雰囲気を吹き飛ばしてくれる。さすが浩誠だ。
「そんなこと言うなよ。寂しい者同士、慰め合おうぜ」
「うるせぇ、帰れ」
浩誠から写真立てを奪い、ベッドに腰掛けながら視線を落とした。そこに映るのは、やはり浩誠とルカで、二人とも学生服姿だった。
「何すんだよ」
「何年経ったと思ってんだ。捨てちまえ、こんな写真」
「……そうだよな」
またいつものように噛みついてくるかと思った。 だが浩誠は、写真から目を逸らさないまま、ほんのわずかに唇を歪めただけだった。
「もう要らないよな、こんな写真」
写真の中でルカは、甘えるように浩誠へ寄りかかっている。浩誠もその肩を抱き、どこか照れくさそうだ。
「略奪愛は幸せになれねェぜ」
「そんなつもりねぇ。……別に、とっくの昔に吹っ切れてる」
本郷ルカには、櫻井来夢という新しい恋人ができた。しかも櫻井は、今ではNovaの一員──浩誠の仕事仲間だ。
(吹っ切れた、ねぇ)
「俺らが居た時は、まだ好きだったろ」
「それも……どうだろうな」
言葉が落ちたあと、部屋の空気がわずかに重くなる。浩誠は一度だけ目を伏せ、何かを振り払うように小さく首を振った。
「おい、いい加減帰れよ」
「嫌だ」
マサは写真立てを浩誠に突き返すと、そのままベッドに寝転がった。柔らかめのマットレスが、マサを優しく包み込んでいく。
「なんでだよ、帰れよ」
「寂しいから」
「は?」
言い返すつもりだった。適当に茶化して、また怒鳴らせて、それで終わるはずだったのに、喉から出たのは思っていたのと違う言葉だった。
「……一人で寂しいから、来た」
部屋が静まり返る。
いつもなら即座に飛んでくるはずの「気色悪い」「帰れ」という声が来ない。代わりに聞こえたのは、わずかに乱れた呼吸だけだった。
浩誠はわずかに眉を寄せ、言葉を探すように唇を開きかけて、結局なにも言わなかった。どこか困ったような、揺れた瞳をしていた。
冗談のつもりで投げたはずの言葉が、自分でも驚くほど本音に近かったことを、今さらのように思い知らされる。茶化して笑う余裕はもうなくて、マサは視線を逸らし、わざとらしく天井を見上げた。
部屋の中を見て回ること、数十分。
マサの視界に時計が映った瞬間、ふと、自分が一時帰国中だったことを思い出した。
「あ。……飛行機の時間。あと一時間後だ」
「ハァ!?」
それから、またわーぎゃーうるさくなった浩誠を諌めながら、最後まで浩誠の部屋を堪能し。迎えに来たルイとレイと共に、マサは空港へと向かったのだった。
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