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万バズの男②
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「おにーさん!死ぬほどイケメンじゃないですか!?」
ゆなが叫ぶと、男は無意識にマスクを取ったことに気づいてハッとする。だがいくら慌てて代わりにフードを被ったところで、その美貌は隠しようもなく、スタジオではキャストスタッフ陣のざわめきが止まらない。
しかしこれでは収集つかなくなると「POPDAY」の総合演出が判断したのだろう。ゆなは突如インカムに手を添えて、何かを聞きとったような仕草をすると、仕切りなおすように「以上現場からでした。スタジオにお返ししーます」と笑いながら手を振った。
モニター画面が切り替わり、騒然としていたスタジオの雰囲気が少しだけ和らいだ。けれど優人だけは消えたモニターを見つめながら、あのパーカー姿の男の顔をくり返し思い出す。
「いやー、相変わらずウチのお転婆娘がお騒がせして申し訳ありませんでした。あのカレーをかぶった彼は大丈夫だったかな?本当、心の広い人で良かったですよ」
年長の男性メインキャスターは開口一番頭を下げると、ゆなの強引なインテビューに対して笑いながら苦言を呈す。今は簡単に炎上する世の中だ。いくらさっきの動画の撮れ高が良くても、ゆなの圧のせいで相手がカレーをかぶったのは火を見るよりも明らかだった。だが幸いなことに、相手が全然怒っていないように見えたので、スタジオの空気はそこまで悪いものではななかった。むしろ何か言いたそうに眼を輝かせている女性陣の圧の方がすごいくらいだ。
「さっきから隣でうずうずした顔してますけど、どうしました?」
わずかに残る神妙な空気を切り替えるように、男性のメインキャスターが相方の女性キャスターに水を向ける。すると相方の女性キャスターも「いや全然、そんなことないですよ~」と、笑いながらも嬉しそうに口を開いた。
「確かにゆなちゃんの溌溂としたリポートはいつも見ていて元気になりますが、今回はちょっとやりすぎちゃいましたかね。……ところで佐藤さん、さっき見ました?カレーの彼の素顔、私今ちょっと、この辺りが大変なことになってますけど」
女性キャスターが乙女顔で胸のあたりをぎゅっとした。するとここで一気に空気が明るくなり、それに乗っかるようにしてコメンテーターで女性弁護士の佐藤も顔をほころばせる。
「もー!ホント彼素敵だったわ~!何より目が綺麗でねぇ!まるで王子様みたいだった!」
あ、わかります~と二人で意気投合していると、すかさず「誰がカレーの王子様ですか!」と年長のアナウンサーが佐藤に突っ込む。そこでやっと本来の和気藹々とした空気がスタジオに戻ってきて、「いや、イケメンはカレーをかぶっても褒められていいですね」と、最後には年配の男性コメンテーターが話を締めて番組は次の話題に上手く移行したのだった。
***
「優人さん、収録お疲れさまでした。見てください、これ!さっそくすごいことになってますよ!」
「POPDAY」の収録終わり、滝の代わりに同行していた新人マネージャーが楽屋に戻った優人にスマホ画面を見せてきた。画面には#カレーの王子様
に関しての呟きと画像でいっぱいで、縦スクロールがいつまでも止まらない。
「すげーな、アイツ」
優人がスマホを返しながらいうと、「テオ君が世間に見つかるのも時間の問題ですね」と新人マネージャーが画面を眺めながら呟いた。
どうやらSNSではあのカレーの王子様がどこの誰なのかで今盛り上がっているようだ。まだデビュー前でも芸能事務所に所属しているから、テオが見つかるのも時間の問題だろうけど。
「でも、なんでテオ君、こんな雨の中カレーの鍋もって佐々木公園なんかに居たんでしょうかねぇ。確かテオ君、今日も朝から雑誌の試し撮りが入っているはずなんですけど」
その言葉に優人は目を見開いた。
驚いていた。元来まじめなテオが仕事をサボるなど、到底考えられないことだった。疑心暗鬼になった優人が「それほんと?」ともう一度マネージャーに問うと、彼女は確信でもあるかのように大きくうなずく。
「はい、ちょうど昨日滝さんと事務所で会ってお話しましたから。確かテオ君もその時いましたよ。あ、そういえばその時のテオ君、ちょっと元気が無かったような――」
マネージャーが言い終わらぬうちに優人はスマホを手に取ると、「ちょっとジュース買ってくるわ」と言って楽屋を後にした。
優人は赤いじゅうたんの敷かれたニジテレビの渡り廊下をものすごい剣幕で歩いてゆく。
テオがこんなところまでカレーを持ってきたのは優人のためだ。それはもう分かっている。けれど、何か引っかかる。よくわからないけど、こう、胸の奥がざわざわして居てもたってもいられない。
どうしてテオはあんなに頑張っていた仕事をサボってまで優人に会いに来たのだろう。しかもあんなに来るなと優人に怒られたニジテレビにどうしてまた……?
そんな大胆なことをするくらいなら、この二週間のあいだに電話の一つでもかけてくれたら良かったのに。
優人は速足になりながら、テオのガラケーの連絡先をタップする。だが聞こえてきたアナウンスに驚いて、優人は立ち止まり目を瞠った。
「おかけになった電話番号には、おつなぎできません……」
ゆなが叫ぶと、男は無意識にマスクを取ったことに気づいてハッとする。だがいくら慌てて代わりにフードを被ったところで、その美貌は隠しようもなく、スタジオではキャストスタッフ陣のざわめきが止まらない。
しかしこれでは収集つかなくなると「POPDAY」の総合演出が判断したのだろう。ゆなは突如インカムに手を添えて、何かを聞きとったような仕草をすると、仕切りなおすように「以上現場からでした。スタジオにお返ししーます」と笑いながら手を振った。
モニター画面が切り替わり、騒然としていたスタジオの雰囲気が少しだけ和らいだ。けれど優人だけは消えたモニターを見つめながら、あのパーカー姿の男の顔をくり返し思い出す。
「いやー、相変わらずウチのお転婆娘がお騒がせして申し訳ありませんでした。あのカレーをかぶった彼は大丈夫だったかな?本当、心の広い人で良かったですよ」
年長の男性メインキャスターは開口一番頭を下げると、ゆなの強引なインテビューに対して笑いながら苦言を呈す。今は簡単に炎上する世の中だ。いくらさっきの動画の撮れ高が良くても、ゆなの圧のせいで相手がカレーをかぶったのは火を見るよりも明らかだった。だが幸いなことに、相手が全然怒っていないように見えたので、スタジオの空気はそこまで悪いものではななかった。むしろ何か言いたそうに眼を輝かせている女性陣の圧の方がすごいくらいだ。
「さっきから隣でうずうずした顔してますけど、どうしました?」
わずかに残る神妙な空気を切り替えるように、男性のメインキャスターが相方の女性キャスターに水を向ける。すると相方の女性キャスターも「いや全然、そんなことないですよ~」と、笑いながらも嬉しそうに口を開いた。
「確かにゆなちゃんの溌溂としたリポートはいつも見ていて元気になりますが、今回はちょっとやりすぎちゃいましたかね。……ところで佐藤さん、さっき見ました?カレーの彼の素顔、私今ちょっと、この辺りが大変なことになってますけど」
女性キャスターが乙女顔で胸のあたりをぎゅっとした。するとここで一気に空気が明るくなり、それに乗っかるようにしてコメンテーターで女性弁護士の佐藤も顔をほころばせる。
「もー!ホント彼素敵だったわ~!何より目が綺麗でねぇ!まるで王子様みたいだった!」
あ、わかります~と二人で意気投合していると、すかさず「誰がカレーの王子様ですか!」と年長のアナウンサーが佐藤に突っ込む。そこでやっと本来の和気藹々とした空気がスタジオに戻ってきて、「いや、イケメンはカレーをかぶっても褒められていいですね」と、最後には年配の男性コメンテーターが話を締めて番組は次の話題に上手く移行したのだった。
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「優人さん、収録お疲れさまでした。見てください、これ!さっそくすごいことになってますよ!」
「POPDAY」の収録終わり、滝の代わりに同行していた新人マネージャーが楽屋に戻った優人にスマホ画面を見せてきた。画面には#カレーの王子様
に関しての呟きと画像でいっぱいで、縦スクロールがいつまでも止まらない。
「すげーな、アイツ」
優人がスマホを返しながらいうと、「テオ君が世間に見つかるのも時間の問題ですね」と新人マネージャーが画面を眺めながら呟いた。
どうやらSNSではあのカレーの王子様がどこの誰なのかで今盛り上がっているようだ。まだデビュー前でも芸能事務所に所属しているから、テオが見つかるのも時間の問題だろうけど。
「でも、なんでテオ君、こんな雨の中カレーの鍋もって佐々木公園なんかに居たんでしょうかねぇ。確かテオ君、今日も朝から雑誌の試し撮りが入っているはずなんですけど」
その言葉に優人は目を見開いた。
驚いていた。元来まじめなテオが仕事をサボるなど、到底考えられないことだった。疑心暗鬼になった優人が「それほんと?」ともう一度マネージャーに問うと、彼女は確信でもあるかのように大きくうなずく。
「はい、ちょうど昨日滝さんと事務所で会ってお話しましたから。確かテオ君もその時いましたよ。あ、そういえばその時のテオ君、ちょっと元気が無かったような――」
マネージャーが言い終わらぬうちに優人はスマホを手に取ると、「ちょっとジュース買ってくるわ」と言って楽屋を後にした。
優人は赤いじゅうたんの敷かれたニジテレビの渡り廊下をものすごい剣幕で歩いてゆく。
テオがこんなところまでカレーを持ってきたのは優人のためだ。それはもう分かっている。けれど、何か引っかかる。よくわからないけど、こう、胸の奥がざわざわして居てもたってもいられない。
どうしてテオはあんなに頑張っていた仕事をサボってまで優人に会いに来たのだろう。しかもあんなに来るなと優人に怒られたニジテレビにどうしてまた……?
そんな大胆なことをするくらいなら、この二週間のあいだに電話の一つでもかけてくれたら良かったのに。
優人は速足になりながら、テオのガラケーの連絡先をタップする。だが聞こえてきたアナウンスに驚いて、優人は立ち止まり目を瞠った。
「おかけになった電話番号には、おつなぎできません……」
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