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眠りにつく前に

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私と妹がベッドに横になると、母はいつものようにあのお話を始める。
それは、習慣というよりも儀式のようなものだった。
「この話を最後まで聞いてから眠りにつけたならあなたも1人前になれたということでしょう」
長くて何やら難しい母のお話は、とっておきの子守唄だった。
どんなにワクワクする話の展開であったとしても、幼い私達は眠りへの誘いに抗うことができなかった。
だから、いつでも母の巡礼の旅の結末を私は知ることができなかった。
「さぁ、今日は何から話をはじめましょうかしら」
母は、いまでも特別な役職者というわけではなく、この村のごくごく普通の主婦であり、私達の母親だった。
私達の村は、深い渓谷にかかる橋に隣接した小さな村だった。
旅人や行商人にとっては要所なのかもしれないが、決して栄えた村ではなかった。
「魔法も剣も最後まで扱えなかったけれど、私は最高の仲間と出会って、とても素敵な旅をしたわ。この世界に点在している12の聖地を巡礼する旅の話について、私はあなた達にその全てを語る事ができる」
「聖地ってなに?」
妹はわからない言葉を何度も母に尋ねた。
「聖地というのはね、私達の遠い昔のご先祖様が生まれた所」
「たしか12の種族がいたんだよね」
「そう」
「今では滅びてしまった種族もあるけれど、その聖地だけは残されているの」
「なぜ、その聖地を回ったの?」
「人類の起源とそこにまつわるいくつかの伝承の収集の為ね」
「うーん、そこがよく分からないんだよね。なんで母さんがその伝承を集めることになったの?」
「そうね、その話をまだしてなかったかしら」
いつもの事だが、話の時系列が混在しているだけでなく同じ話が重複することも多かった。
「むかしむかし、小さな田舎の村に一人の少女が生まれました。その娘は特に変わった特技や才能に恵まれてはいませんでした。唯一得意だったのは針仕事と炊事、洗濯くらいでした」
「えー」
「だから、きっと何もなければその村で生まれて平凡な人生を歩んでいたかもしれません」
そんな風にして、母は最初の物語について語り始める。

今夜も眠りは抗いがたく、話は途中までしか聞くことができなかった。
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