よい子の為のフォークロア

蜂巣花貂天

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戦火の拡大

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戦争の匂いがした。
弾薬と油の匂いに混じって、微かに血の匂いがしている。
私は村に残してきた家族の事を思った。
「来るぞ」
オーヴァンは頼りになる男だと思う。
鍛えあげられた筋肉の鎧の上に、エニシダ色の法衣を羽織っている。
聖職者にしては、骨張った身体をしていた。
「はい」
私は遮蔽物を前に陣を展開し、後方から彼の背中を見守った。
慣れてきたとはいえ、対人の戦闘では背後をとられないことが重要だと解ったのは最近だ。
魔獣よりも狡猾で残忍な者達。
鏡に写った自分と戦っているような気分だった。
もうひとりの仲間は、すでに前線で暴れている。
20秒で弾薬を精製し、忌々しい鉛の毒ができるだけ相手を苦しめずに殺してくれるように祈りを捧げる。
剣も魔法も使えない私の唯一の武器は小型のマシンガンだった。
カリヨンは特別な改造がされており、ルルイエの正統な加護を受けているので、相手より先に引き金を引く事ができたならどんなに手元か狂っても必中必殺である。
考えなければならないのは、射線上に仲間がいないという点のみ。
だから、私は必ず隊列では背後の警戒にを努める。
前方の事は彼らに任せておけばいい。
物陰に小柄な男。
こちらは囮で、崖の上に数人いる。
「バカだね。なんで戦争なんかやってんの」
こんな小娘が相手とは思っていなかったのか油断して無意識に様子を見ようと身を乗り出す。
引き金を引く。
一人目が倒れる。
囮は戦意喪失。
今度は、二人がかりで力でねじ伏せようと左右に走り出しこちらを狙う。
飛び道具なし。
魔法なし。
マシンガンを横振りし二人ともバタリと倒れた。
倒れたフリをしただけで、床に伏せた可能性もある。
もう一度、半円を描いて弾を撃ち込むと、死体が陸にあがった魚のように反り返って地面を跳ねる。
囮は出てこない。
あと1人くらい崖上にいるか。
すでに逃げたかもしれない。
「移動中じゃなくてよかった」
オーヴァンが前方の敵を殲滅しこちらを振り返る。
「あと一人か二人」
「分かった」
彼が、ひょいっと飛び上がり崖を登る。
今度は私は前を向いてマシンガンを構え直す。
背中ごしに、囮の男の断末魔を聞く。
本当になんで戦争なんか、くだらない。
限りある資源を奪いあう為の泥臭い大義のない戦争。
「顔に出ていますね」
「はい」
「人を殺すことには慣れたでしょう」
「聖職者の言葉とは到底思えないですね」
嫌悪感を隠す事は難しい。
「カリヨンはもともとは教会の鐘だったんですよ。それを取り潰して作られた銃。その虚しさを一番解っている貴女が使うのだから」
「だから?だから何?そんな理屈が何になるというの」
それに対して彼は何も言わなかった。
誰に対しても厳しくて敬虔な聖職者。
「正しくありたいのですね」
「誰だってそうでしょう」
ぐるっと見渡してみたが、他に敵影はいなかった。
「最初に敵兵の埋葬までしていた貴女に驚きました。そんな発想は私にはなかった」
今日は何故かオーヴァンがよく喋った。
「若い男の子だった。村にいた少年達にそっくりだったのよ」
「どうか自分を嫌いにならないでください。貴女は必要な存在なのだから」
「古代文字が読めたって、この戦争を終わらせられないのなら、なんの意味もないわ」
パワーバランスが崩れたのは、グールを使役する妙な集団が現れたからだった。
100年近く平和だった村にも戦火の報せが届くほどに事態は悪い方に向かっていた。
住む土地を奪われたネーブル教の人達が武装して隣国に侵攻を開始した。
グールの勢力とは別に、ガルグイユの軍勢が街を襲う事件が頻発した。
疑心暗鬼になった人達が暴徒化し、無能な国王を暗殺しようとして失敗。
大虐殺が起きた。
鎖国を決め込んだ国があり、
同じ宗教をもつ3つの国が強力な同盟関係を結び周りの小国を蹂躙。
それによってネーブル教徒が多い有翼人種への迫害がおきた。
戦乱が次々に拡大していき、私達の村にも難民キャンプが出来た。
「さぁ、行きましょう」
旅の目的は、聖地を巡礼し各寺院に収められている経典や古代の書物の解読と分析。
最初はグールに関する文献を見つければ戦争を終わらせられるかもしれないという希望があった。
オーヴァンの誘いにのった理由の1つ目はそれだった。
過酷な旅になるだろう事は解っていたが、まさか自身で銃火器を握るとは思わなかった。
「どこで彼と落ち合うんだったかしら」
「すぐ近くの村ですよ」
最初はオーヴァンの背中を追いかけるので精一杯だったが、少しは体力がついた気がする。
「シャワーかベッドはあるかしら」
「ええ、きっと」
彼は前を向いたままだったが、私の冗談で笑っていないような気がした。
    
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