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戒厳令下のそば粉ガレット中編

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地図を見ると渓谷を越えた辺りに、そばが群生しているという土地があった。
植物についてはやはり、この地域に詳しい者にしか分からない。
「ソバは旬ですが、まとまった量を買い付けるとなると早めに商談をまとめたい所ですね」
ジルは、店主の意図を読むのがうまい。
「問題は、戒厳令か……商人達も面倒事は嫌うだろうし」
「でしたら、こういうのはどうでしょう。しばらくこの子を預かって頂ければ、私が商人と話をつけにいきます。抜け道や裏道を知っている私なら数日でたどり着けます。」
「危険じゃないか? 」
「これでも聖域を守る戦士ですから、心配にはおよびませんよ」
「なるほど、わかった。少ないが報酬も払わせてもらおう」
店主は契約の証として固い握手を交わす。
「その間、ルッカを頼みます」
「沢山、味見をしてもらいますよ」
そういって店主は珍しく表情を緩めた。
「ルッカ、大人しくしてるんだぞ」
ジルは、ルッカの頭を優しく撫でる。
植物に育てられた子供。だが紛れもなくジルはルッカの親代わりだった。
「大丈夫!まかせてよ。料理も教えてもらうんだ」
店主には子供はいなかったが、かつて一緒に冒険に行った仲間の事を思い出していた。
「よろしくな、ルッカ!」
「はーい」
黒い布を巻いた店主は、ジルを見送ってから厨房に入る。
助手のルッカも、同じように黒いバンダナを頭に巻いている。
「今日はガレット生地用の甘い具材を考えよう」
「はい」
「ピーナッツクリーム、リンゴの蜂蜜漬け、カカオ豆のペースト、フルーツも用意してある」
「味見していい? 」
「いいぞ、君の感性で正直に感想をくれ」
ルッカは、具材を少しずつ試す。
「ピーナッツは塩辛いかな、リンゴは水分が多くて生地には合わないかも。カカオ豆は苦ーい!」
「はは、なかなか手厳しいな」
「砂糖の甘さは控えめにして、バナナとか水分が少ない果物が合いそう」
「なるほど」
「逆にカカオ豆はもう少し甘い方が美味しいよ」
「わかった、改良してみよう」
「こっちのクリーム美味しい!」
「ふむふむ、甘さは抑えてみた」
昼間は、ルッカに料理の基礎を教えながらガレットの試作を繰り返す。
3日目にメニューは完成した。
「カカオはパウダーに、甘さ控えめのキャラメルとバナナの子供ガレット!」
「洋酒仕立てのベリーソースとクリームチーズの大人ガレットだ」
「感謝祭は、うちの店がいちばん人気だね!」
「あぁ、あとはそば粉さえ調達出来れば間違いなく1位をとれるだろう」
店主は満足そうに頷いた。
戒厳令が出てから5日目、すっかりルッカも馴染んでいたが時々、ジルの事を考え不安な顔を見せた。
5日目か6日目の朝までには戻ってくる予定だったのだ。
「ルッカ、ジルと旅をしていたらしいが誰かに狙われたりしなかったのか? 」
「うーん、最初は教団の人が追いかけてきたけど。聖域から離れてからはそうでもなかったよ」
「なるほど」
「モンスターには何回か襲われたけどジルが強いから全然大丈夫だったね」
「だろうな、彼はかなりの手練だ。しかし、なぜか聖域は奪われた……」
「あいつら許せないよ。勝手に聖域を自分たちのものにしてさ」
「そこまでして、欲しがる理由があるんだろうな」
「ジル遅いなぁ……」
5日目の夜を迎えても、ジルが帰還する事はなかった。
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