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戒厳令下のそば粉ガレット前編
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ある日、政府から通達が届いた。
1週間の間、国民の不要不急の外出を禁止する。
もし、禁を破ったものには罰金、もしくは懲役に処す可能性があると。
「なんだと!1週間も店を閉めたら食材が腐ってしまうし営業できないじゃないか」
店主は、突然の通達に戸惑いを隠せなかった。
黒い布を頭に巻いた店主はいっけんすると山賊のような風体をしていた。
「困ったな。収穫祭ではクレープを作ろうと思っていたのに、これじゃあ仕入れにもいけない」
この店は僻地なので、1週間ぐらい客が来ないことも珍しくはないのだが、戒厳令が出たとなると完全に売上は期待できない。
「まあ、売上は諦めるとして収穫祭に間に合わせるにはどうにかして大量に小麦粉を調達する必要があるな」
収穫祭では、子供たちにクレープを販売する予定だった。
お客が居ない店内で、店主はいつもより寛いでいた。
「小麦粉か……なにか代用になるものはないかな」
店主は食材庫からじゃがいもを持って来た。
それを細かく刻み、なんとか生地に出来ないか試してみた。
「悪くはないな……でも、この時期のじゃがいもだとかなりコストがあがるのが辛い」
ぶつぶつと独り言を繰り返しながらお菓子用の生地を作っていると、店の入り口に人の気配を感じた。
「すみませーん、今日はお休みですかぁ?」
みると、10歳くらいの男の子とフードを被った体格の良い者が立っていた。
フードで顔が見えないが、恐らく男性で、獣人のように見えた。
「いらっしゃい、こんなときによく来ましたね。奥のお席にどうぞ」
万が一を考えて、入り口から離れた席に2人を案内し、わざと暖簾を外しておく事にした。
「戒厳令の事は存じています。しかし、我々旅の者には長期滞在できる宿がないんです」
「はぁ、お腹すいたぁ」
子供は無邪気に、店内の様子を珍しそうに見て回る。
そのうちに、訳ありそうな旅人に店主は事情を聞く事にした。
「こんな小さな子供を連れて旅をするのは大変だろう」
「ええ、なかなか骨が折れますよ」
フードをとった男はやはり獣人特有の耳をもっていた。
「ほう、何か理由があるみたいですね」
「私はジル。もともとは森の聖域で密猟者や侵入者を取り締まる仕事をしていました」
「あそこは、珍しい動物や植物が多いですからね」
「そうです。動物の毛皮や貴重な植物の聖域を荒らされないように常に警戒していました」
許可がないものは立ち入り禁止になっている森があるという事は店主も知っていた。
「あの子は実は、植物に育てられた特別な子供なんです」
「植物が子供を育てるんですか?」
さすがの店主も、この言葉には驚きを隠せなかった。
「ルッカは、森に捨てられた子供だったんですが、そこにあった木がクッションのように蔦を生やして外敵から身を守り、樹液を呑ませる事で彼を育てたんです」
「まるでおとぎ話だな」
「私がルッカを発見した時は、本当に神の奇跡を目の当たりにしたように思いました」
ルッカを見るときのジルの目には、深い愛情が見てとれた。
店主は、もしこの男が子供を拐ってきた悪人ならと事を荒げる覚悟をしていたようだった。
「さて、おしゃべりはいったん中断して軽食でもお出ししますね」
店主はそう言うと一度、厨房に引っ込み先程試していたじゃがいもの生地にオイル漬けにした魚のほぐした身と新鮮な葉っぱと特製のソースをかけた料理を手早く仕上げた。
「お待たせしました」
子供でも食べやすいように、手づかみ用の紙ナプキンを巻いて2人に提供する。
「これは?初めて食べる食べ物だな」
「わー、美味しそう」
ジルは様子を見ながら口にし、その味を確かめる。
「なるほど、芋を練り込んだ生地に塩気の効いた魚がよく合うな」
「このソース、酸味があって美味しいよ!」
ルッカは夢中で食べ進む。
「卵黄と柑橘類のソースです」
「うむ、これは上手い」
「おかわり!」
ルッカもすっかり芋のクレープが気に入ったようだ。
「そうですね、ちょうど料理の試作をしている所だったので味見をしてもらおうかな」
「わーい」
「すみません、迷惑じゃないですか?」
「なかなか興味深い話が聞けそうだ」
その後、店主はクレープ生地を新しく作り中身の候補となる具材を作ることにした。
「そういえばジルさん。今回の戒厳令、妙な感じがしませんか?」
店主は作業をしながら話を続ける。
「はい、戦争ならば1週間に限定する理由が分かりませんし、腑に落ちない部分はあります」
「うむ」
フライパンでパプリカ、豆、トマトを炒めたものを器に盛り付ける。
「何か見られたくないものがある……とか?」
ジルが言葉を選んで言う。
「見られたくないもの……ほう」
さらに、クリームチーズとアボカドを組み合わせたものや、根菜類に甘辛いソースを絡めたものなどを仕上げていく。
「ねぇ、おじさん。玉子を使うのはどうかな?」
ルッカが、アイデアを出す。
「なるほど、玉子か」
それを採用し、茹でた玉子とハムを混ぜた具材も準備する。
「そういえば、森の聖域を守っていた貴方がなぜ、子連れの旅に?」
「実は森が突然、謎の集団に占拠されてしまい我々は森を追われてしまったんです」
「謎の集団?」
「ええ、彼らは聖域に神を迎えて新しい宗教を作ろうとしているんです」
「それはなかなか、胡散臭い話だな」
「聖域を守れなかった私は、せめてこの子を守りながら旅をしているんです」
「そういう事なら、今夜はぜひうちで休んでいってください」
「ありがとうございます。いきなり戒厳令下で訪ねてきて、宿まで提供して頂けるなんて」
「その代わりに、手にいれて頂きたい食材があるんです」
「はぁ、食材ですか?」
「このあたりの植生では、小麦粉は手にはいりにくいので、ソバ粉を手に入れたいんです」
「なるほど、ソバならここからそう遠くない場所に生産している町があります」
そう言ってジルは、この辺りの地図を取り出した。
1週間の間、国民の不要不急の外出を禁止する。
もし、禁を破ったものには罰金、もしくは懲役に処す可能性があると。
「なんだと!1週間も店を閉めたら食材が腐ってしまうし営業できないじゃないか」
店主は、突然の通達に戸惑いを隠せなかった。
黒い布を頭に巻いた店主はいっけんすると山賊のような風体をしていた。
「困ったな。収穫祭ではクレープを作ろうと思っていたのに、これじゃあ仕入れにもいけない」
この店は僻地なので、1週間ぐらい客が来ないことも珍しくはないのだが、戒厳令が出たとなると完全に売上は期待できない。
「まあ、売上は諦めるとして収穫祭に間に合わせるにはどうにかして大量に小麦粉を調達する必要があるな」
収穫祭では、子供たちにクレープを販売する予定だった。
お客が居ない店内で、店主はいつもより寛いでいた。
「小麦粉か……なにか代用になるものはないかな」
店主は食材庫からじゃがいもを持って来た。
それを細かく刻み、なんとか生地に出来ないか試してみた。
「悪くはないな……でも、この時期のじゃがいもだとかなりコストがあがるのが辛い」
ぶつぶつと独り言を繰り返しながらお菓子用の生地を作っていると、店の入り口に人の気配を感じた。
「すみませーん、今日はお休みですかぁ?」
みると、10歳くらいの男の子とフードを被った体格の良い者が立っていた。
フードで顔が見えないが、恐らく男性で、獣人のように見えた。
「いらっしゃい、こんなときによく来ましたね。奥のお席にどうぞ」
万が一を考えて、入り口から離れた席に2人を案内し、わざと暖簾を外しておく事にした。
「戒厳令の事は存じています。しかし、我々旅の者には長期滞在できる宿がないんです」
「はぁ、お腹すいたぁ」
子供は無邪気に、店内の様子を珍しそうに見て回る。
そのうちに、訳ありそうな旅人に店主は事情を聞く事にした。
「こんな小さな子供を連れて旅をするのは大変だろう」
「ええ、なかなか骨が折れますよ」
フードをとった男はやはり獣人特有の耳をもっていた。
「ほう、何か理由があるみたいですね」
「私はジル。もともとは森の聖域で密猟者や侵入者を取り締まる仕事をしていました」
「あそこは、珍しい動物や植物が多いですからね」
「そうです。動物の毛皮や貴重な植物の聖域を荒らされないように常に警戒していました」
許可がないものは立ち入り禁止になっている森があるという事は店主も知っていた。
「あの子は実は、植物に育てられた特別な子供なんです」
「植物が子供を育てるんですか?」
さすがの店主も、この言葉には驚きを隠せなかった。
「ルッカは、森に捨てられた子供だったんですが、そこにあった木がクッションのように蔦を生やして外敵から身を守り、樹液を呑ませる事で彼を育てたんです」
「まるでおとぎ話だな」
「私がルッカを発見した時は、本当に神の奇跡を目の当たりにしたように思いました」
ルッカを見るときのジルの目には、深い愛情が見てとれた。
店主は、もしこの男が子供を拐ってきた悪人ならと事を荒げる覚悟をしていたようだった。
「さて、おしゃべりはいったん中断して軽食でもお出ししますね」
店主はそう言うと一度、厨房に引っ込み先程試していたじゃがいもの生地にオイル漬けにした魚のほぐした身と新鮮な葉っぱと特製のソースをかけた料理を手早く仕上げた。
「お待たせしました」
子供でも食べやすいように、手づかみ用の紙ナプキンを巻いて2人に提供する。
「これは?初めて食べる食べ物だな」
「わー、美味しそう」
ジルは様子を見ながら口にし、その味を確かめる。
「なるほど、芋を練り込んだ生地に塩気の効いた魚がよく合うな」
「このソース、酸味があって美味しいよ!」
ルッカは夢中で食べ進む。
「卵黄と柑橘類のソースです」
「うむ、これは上手い」
「おかわり!」
ルッカもすっかり芋のクレープが気に入ったようだ。
「そうですね、ちょうど料理の試作をしている所だったので味見をしてもらおうかな」
「わーい」
「すみません、迷惑じゃないですか?」
「なかなか興味深い話が聞けそうだ」
その後、店主はクレープ生地を新しく作り中身の候補となる具材を作ることにした。
「そういえばジルさん。今回の戒厳令、妙な感じがしませんか?」
店主は作業をしながら話を続ける。
「はい、戦争ならば1週間に限定する理由が分かりませんし、腑に落ちない部分はあります」
「うむ」
フライパンでパプリカ、豆、トマトを炒めたものを器に盛り付ける。
「何か見られたくないものがある……とか?」
ジルが言葉を選んで言う。
「見られたくないもの……ほう」
さらに、クリームチーズとアボカドを組み合わせたものや、根菜類に甘辛いソースを絡めたものなどを仕上げていく。
「ねぇ、おじさん。玉子を使うのはどうかな?」
ルッカが、アイデアを出す。
「なるほど、玉子か」
それを採用し、茹でた玉子とハムを混ぜた具材も準備する。
「そういえば、森の聖域を守っていた貴方がなぜ、子連れの旅に?」
「実は森が突然、謎の集団に占拠されてしまい我々は森を追われてしまったんです」
「謎の集団?」
「ええ、彼らは聖域に神を迎えて新しい宗教を作ろうとしているんです」
「それはなかなか、胡散臭い話だな」
「聖域を守れなかった私は、せめてこの子を守りながら旅をしているんです」
「そういう事なら、今夜はぜひうちで休んでいってください」
「ありがとうございます。いきなり戒厳令下で訪ねてきて、宿まで提供して頂けるなんて」
「その代わりに、手にいれて頂きたい食材があるんです」
「はぁ、食材ですか?」
「このあたりの植生では、小麦粉は手にはいりにくいので、ソバ粉を手に入れたいんです」
「なるほど、ソバならここからそう遠くない場所に生産している町があります」
そう言ってジルは、この辺りの地図を取り出した。
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