魔法使いと眠れるオメガ

むー

文字の大きさ
77 / 79

【番外編】沙也のお話 5

しおりを挟む
「店長」

営業終了後、掃除を終えると他のメンバーが帰るのを待ってからパントリーにいる声を掛けた。

「ん、どうした?」
「あのぅ、昨日はありがとうございました。それで……」
「ああ、鍵か」
「はい」

差し出した手に借りていた部屋の鍵を乗せる。
なんとなく返すのが名残惜しい気持ちが湧いた。

「飯、ちゃんと食ったか?」
「フレンチトースト美味しかった。ご馳走様です」
「そりゃ良かった」

店長は鍵をポケットに入れるとニコッと笑った。
あれ……胸が……。
違和感に胸を押さえる。

「どうした?」
「ううんっ。あの、朝のフレンチトーストも夜食のサンドウィッチも美味しかったから作り方教えて欲しいなぁ……なんて」

咄嗟に適当なことを言う。
や、実際に教えてほしいけど。

「今度な。途中まで送ってやるから今日はもう帰って休め。昨日の疲れ、まだ残ってんだろ?それに他人のベッドは落ち着かなかっただろ?」
「あ……」

ぐっすり二度寝してスッキリ爽快でした。
すれ違い様に頭をポンと撫でられ微笑まれたら言えない……。


着替えが終わった店長と並んで駅まで歩く。
昨日のこと、今朝の自分の行動を思い出してちょっと気不味い。
昨日のあの瞬間までこんなんじゃなかったのに、今は店長がキラキラして見える。

「あ」
「えっ」

突然こっちを向かれてドキッとする。

「そういえば、沙也、俺の名前思い出した?」
「あ……えと…」

忘れてた。
昨日は喉のとこまで出てきてたんだけど、今ビックリしたせいで飛んでしまった。
居た堪れず目を逸らすと、ブハッと笑われた。

「動揺しすぎ。忘れたなら忘れたって言えよ」
「ご、ごめんなさい」
「いいよ」

また頭を撫でられる。
その手は優しくてどんな顔をしているか見たくなったけど、顔を上げられなかった。
今見たら何かが変わってしまうような気がして。

それでも深く息を吐いて新しい空気を吸い込むと顔を上げる。
不思議そうな顔をした目と合う。

「もう忘れないから、名前っ教えて下さい」

今度は絶対忘れない自信があるから。
店長は少し考える素振りをしてニッと笑う。

「教えない」
「えっ⁉︎」
「頑張って思い出せ……思い出したら呼んでくれ」

そう言って優しく微笑まれると胸がギュッと締められるような錯覚を感じた。


店長の名前はそれからすぐ思い出したけど、悔しいから黙っていた。


❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎

あの時の気持ちがなんなのか分からなかった。

分かったのは半年後。

そしてーー


「沙也」
「……伊吹さんっ」

そう呼び合う関係に変わるのは更にもう少し後の話。


【沙也のお話】終わり

____________________

21時に最後の番外編UPします。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

晴れの日は嫌い。

うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。 叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。 お互いを利用した関係が始まる?

赤く染まる君色に

やっこ
BL
自分の居場所は何処にあるのだろう。 血の繋がらない父、残酷な恋人。 人を恐れながらも、こだまは強く愛というものを欲していた。 空虚な日々を過ごす中で、その出会いは突然だった。 乾いた空気に淡く広がるタバコの煙。 燃えるような赤髪が、朝日で鮮やかに輝く。 おう、サボりか少年。 彼は自分を見ると、先程までとは別人のような無邪気な笑みを浮かべた。

自立したい僕を社長が甘やかしてきます

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます!】 両親を亡くし、定時制高校に通いながら自立を目指す葵と、葵を可愛がりたい智秋のお話。 今度こそ溺愛を書きたい…!

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)
BL
嫌いなもの。豪華な調度品、山のような美食、惜しげなく晒される媚態……そして、縋り甘えるしかできない弱さ。 豊かな国、ディーディアの王宮で働く凪は笑顔を見せることのない冷たい男だと言われていた。 昔は豊かな暮らしをしていて、傅かれる立場から傅く立場になったのが不満なのだろう、とか、 母親が王の寵妃となり、生まれた娘は王女として暮らしているのに、自分は使用人であるのが我慢ならないのだろうと人々は噂する。 そんな中、凪はひとつの事件に巻き込まれて……。

処理中です...