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王子殿下の探し人 ②
ただしミリア本人が心から授業を楽しんでいたとしても、それがアレクシスや王室からの好評価に繋がるわけではない。
(まあ、最終的にミリアが選ばれることはなさそうね……)
アレクシスの態度から、彼がミリアにさほど関心がないと察してしまう。
なぜなら彼はミリアのことをなにも訊ねてこない。もしアレクシスが多少なりともミリアに興味や関心を持ってくれているのなら、好きなものや休日の過ごし方など、なんらかの情報を得ようとティアナに質問をしてくるはずだ。それまったくない時点で、アレクシスの『答え』はわかっている。
(ミリアは天使のように可愛いのに……見る目がないわ)
心の中で悪態をつくティアナだったが、そこでふと、彼がいつまでもこの場から立ち去らないことに違和感を覚えた。
疑問を抱きながら何気なく顔をあげたティアナは、隣のアレクシスがティアナをじっと見つめていることに気がつく。
「? あの……?」
「! ……ああ、申し訳ありません。女性を無遠慮に見つめるなど、失礼でしたね」
「い、いえ……」
ティアナが声をかけると、ハッと我に返ったアレクシスが申し訳なさそうに謝罪してくる。ティアナが首を横へ振ると一瞬なにかを考える素振りを見せたアレクシスだったが、こちらの困惑を察したのか、ばつの悪そうな苦笑とともにティアナを凝視していた理由を教えてくれた。
「実は俺、ある女性を探しているんです」
「?」
アレクシスの言い訳は意外な文言から始まった。ティアナが目を見開くと、アレクシスが自分の言葉に自分で頷きながら説明を重ねる。
「その方は未亡人のようなので、現在未婚の女性のすべてを集えば、会えるだろうと思っていたのですが。……やはり、簡単には会えませんね」
寂しそうな表情を浮かべてため息をつくアレクシスを見ていると、ティアナの胸の中に小さな疑問が湧く。
(殿下の花嫁候補になりうる年齢で、すでに未亡人……?)
花嫁選定にかこつけて探し出すつもりだったということは、相手の女性も結婚適齢期だと思われる。
しかしそんな令嬢が存在するのだろうか。いや、アレクシスが結婚相手として許容する年齢の幅次第では、案外いるのかもしれない。だが少なくともティアナと同年代ですでに未亡人、かつ、誰とも再婚していない貴族令嬢がパッと思い当たらない。
(まさか……私、なんてことは……)
その条件に当てはまりそうな人物は、ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢……自分自身だけだった。
「あなたのお知り合いに、今回の花嫁選定に参加されていないご令嬢で、すでにご主人を亡くされている方はいらっしゃいませんか?」
(――ありえないわ。アレクシス殿下と会うのは、この前がはじめてよ)
しかしそんなはずがない。アレクシスが自分を探しているわけがない。ティアナがアレクシスと会うのは今日が二回目で、それ以前に彼と会った記憶はない。こんなにも美しい貴公子と会ったことを忘れてしまうとも思えない。
「……ティアナ夫人?」
「!」
悶々と考えごとをしていると、アレクシスが少し身を屈めてティアナの顔を覗き込んできた。
端正に整ったアレクシスの顔が急に近づいたことに驚くが、今のはぼんやりしていたティアナが悪い。悲鳴が出そうになるのを懸命に堪えると、自身の出した結論が正しいと信じてにこりと笑顔を作る。
「いいえ。残念ですが、私の『知り合い』にアレクシス殿下がお探しの方はおりませんわ」
「……そうですか」
ティアナの答えを聞いたアレクシスが露骨に残念そうな顔をする。
もしかしたら彼はティアナの情報網に期待していたのかもしれないが、あいにくティアナはシルヴァーノ伯爵領内で過ごすことが多く、社交の場にもほとんど足を運ばない。ゆえに知り合いらしい知り合いもいないし、社交界のニュースはおろか、最近の流行すら満足に追えていない。アレクシスには申し訳ないが、情報を得たいのならば他の相手を頼るべきだ。
話が終わったので彼も立ち去るだろうと思っていたが、アレクシスはまだなにか聞きたいことがあるらしい。
「ところで、ティアナ夫人の婚家というのは……」
「アレクシス殿下!」
「!」
再び口を開きかけたアレクシスだったが、そこで意外な横やりが入った。
アレクシスの声を遮るほどの大声が聞こえたのでそちらへ振り向いてみると、廊下の向こうから一人の男性が全速力で走ってきて、ティアナとアレクシスの前で急制動をかけた。すると廊下のタイルがキュキュッと可愛い音を発するが、やってきた男性はタイルの音には構っていられない様子だ。
「探しましたよ、殿下! こちらにいらしたのですね……!」
「あ」
どうやら茶髪の男性はアレクシスの側近らしい。アレクシスがなにかを思い出したような声をあげると、男性が焦りと呆れを織り交ぜたような表情でぷりぷりと怒り始める。
「城下の医療院と孤児院の視察予定を組んだのは、殿下でしょう。時間がおすと晩餐会に間に合わなくなりますよ?」
「そうでしたね、申し訳ありません」
男性の指摘に、アレクシスが申し訳なさそうに頷いている。成人した王族であるアレクシスが暇なはずがないとは思っていたが、やはり廊下で出くわした相手と雑談に花を咲かせるほどの時間的余裕はないらしい。
「それでは、失礼いたします」
「はい」
アレクシスに優雅な微笑みを向けられたので、そっとお辞儀をしてその背中を見送る。
足音がなくなるまで頭を下げ続けていたティアナだったが、二人の気配が廊下の向こうへ遠ざかると、ティアナの胸の中には小さなざわめきが広がった。
(殿下、自分の従者にも敬語なのね)
アレクシスの予定を把握して管理しているような会話から、先ほどの男性がアレクシスの従者や側近であることはわかった。年齢はアレクシスより二~三歳年上だと思われるが、それでもアレクシスは王族で、相手は代々王族に仕える一族か、貴族家の令息のはずだ。
ならば二人の間には明確な身分差があり、本来はアレクシスがへりくだる必要はないはずなのに、彼は自分の従者にも敬語だった。
(やっぱり、居心地が悪いのかしら……?)
二人の様子を思い出して、ふとそんな予想をする。余計なお世話だと思いつつ、彼の境遇を知るティアナの胸の中にはなんとも言えない切なさがゆらめく。
これはすべての貴族とその家族が心得ている事実であるが――実は第二王子のアレクシス=ファルトニアは、王妃の子ではない。現・国王陛下には四人の王子と二人の王女の計六人の子がいるが、彼だけ『母親』が違う。残りの五人は全員王妃の子であるが、アレクシスだけは王妃とは別の女性が産んだ、いわゆる『隠し子』なのだ。
今から十年ほど前まで、アレクシスは王宮の誰にも存在を知られていない『秘密の子』であった。しかし彼の母親が病で亡くなったことをきっかけに、国王が『実はもう一人息子がいる』と白状し、罪の告白はファルトニア中の王侯貴族を巻き込んだ大騒動にまで発展した。
十年も前に浮気をされていたうえ、不義の子まで存在しているとわかり、当然王妃は怒り狂った。『わたくしは絶対に認めません』とアレクシスを拒絶し、『本当に陛下の子なのかどうか怪しいものですわ』とまで言い放ったが、最終的にはアレクシスを『王子』として王室へ迎え入れることとなった。
王妃もできることなら認めたくなかったのだろう。本当は『認めない』という意見を貫き通したかったはずだ。しかしいざアレクシスと対面したことで、王妃も認めざるを得なくなった。
――あまりにも似ていたのだ。国王陛下に。
この国で最も尊い、その存在に。
黒く艶やかな髪と深い青の瞳は、国王が生まれ持ったそれとまったく同じであった。王妃が産んだ五人の子は、瞳の色こそ王と同じ青やそれに近い碧であったが、髪の色は王妃と同じ銀の髪色ばかり。
それに対し、目の前に連れられてきた齢十の少年は黒髪に青目、しかも顔立ちや面影まで国王の生き写しかと思うほどよく似ていたため、『本当に陛下の子なのかどうか怪しい』とは言えなくなってしまったのだ。
こうして王室に迎え入れることになったアレクシスだが、あれから十年が経過してもなお、やはり肩身が狭い――どこかに遠慮があるのかもしれない、と思う。
国王もアレクシスを自分の子で間違いがない、と断言しているし、二人の血液を調べた国王の主治医も『間違いなく親子でしょう』と言い切っている。
だがアレクシス本人は、十歳まで国内のとある領地のとある街で、ごく普通の市民として暮らしていたらしい。ゆえに他の王族や貴族に対する敬語が抜けず、自身の従者にも低い腰で接してしまうのだろう。
(アレクシス殿下は、間違いなく『王子さま』なのに……)
アレクシスの経緯を表立って口にする者はいないが、王侯貴族を巻き込んでの大騒動となったのだから、貴族の出自である者は皆その事情を知っている。もちろんティアナもミリアもだ。
しかし過去はどうあれ、彼が王子であるという事実は変わらない。だからこそ『新たな花嫁を選出する』とのお触れに、国中の貴族や令嬢が色めき立ったのだ。王家と縁が結べるのであれば必ずしも王妃の子でなくてもよい……というのが、本音なのだろう。
(殿下は、その女性を探してどうするおつもりかしら)
アレクシスの複雑な事情を知るティアナの中に、一つの疑問が生まれる。
もちろんその『未亡人の女性』を探す理由が、単に感謝を伝えたり、逆に無礼を働いた罰を与えるため、ということも考えられる。だが花嫁選定の場に現れる可能性に期待していたということは、その女性と特別な関係になりたがっている、と考える方が自然な気がする。
しかし王子であるアレクシスが、一度結婚して夫を亡くした女性を選べるはずがない。上流貴族の後妻や秘密の愛人ならともかく、王族の妃として未亡人が選ばれることはない。王室のスキャンダルを鎮火させるのがいかに大変かは、彼自身が身をもって理解しているはずなのだ。
ならば『王子殿下の探し人』は、このまま見つからない方が双方にとって幸せなのでは……と密かに思ってしまうティアナであった。
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