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1章 Side:愛梨
6話
しおりを挟む『この人なんか芸能人みたいに格好いいなぁ』という能天気な感想と、それが幼馴染みの河上雪哉であることに気付くのは、ほぼ同時だった。唐突に愛梨の意識の中に出現した人物は、先入観や想像の範疇を大幅に飛び超えてきた。
思わず心臓がドクンと拍動する。
驚きのあまり『格好いい』という感想など、瞬く間にどこかへ飛び散っていった。
(…う、嘘…!?)
あまりの出来事に言葉を失ったまま硬直していると、エレベーターが1階に到着した。扉が開くと、専務は『開』ボタンを押したまま待ってくれている弘翔には目もくれず、相変わらずの高慢な態度でエレベーターを降りて行く。
「河上君? どうした?」
だがついてくる筈の人がついてきていないことに気付いた専務は、立ち止まるとその場で後ろに振り返った。専務に不思議そうに声を掛けられ、見つめ合ったまま凝固していた愛梨と男性――雪哉はふっと時間を取り戻した。
「あぁ、申し訳ありません」
雪哉ははっとしたように顔上げると、1度だけ愛梨の方を見つめて、すぐにエレベーターから降りていく。
(河上、君…)
雪哉の動きから遅れること数秒、愛梨もようやく動きを取り戻す。専務が口にした男性の名字が、愛梨の衝撃的な『気付き』を『決定打』へと塗り替える。驚愕で震え出す足をどうにか動かして、弘翔が開けてくれていたエレベーターの扉を出た。
「愛梨?」
エレベーターを出ると、弘翔に話しかけられる。きょとんとした顔で首を傾げる仕草から、弘翔に何かを話しかけられていたと気付く。
「うん…?」
「ドラッグストア寄ってく?」
驚きですっかり思考が鈍った頭で、先程までの会話の内容を思い出そうとする。けれどそれよりももっと気になる大事件が起こってしまったせいで、考えても何の話をしていたのかが全く思い出せない。
「…えと…、何だっけ…?」
「だから、うちに置いておく用のシャンプー買っておけば、って」
ゴホン
弘翔がそう言うと、背後で誰かが咳払いをする声が聞こえた。愛梨は突然の大きな音に驚いたが、それは弘翔も同じだったよう。2人で音がした方を見るが、1階のエントランスロビーには多くの人が行き交っており、愛梨には音の発生源がわからなかった。
けれど咳払いをされた事に不快感を感じたのか、弘翔は踵を返すと出入り口の自動ドアまで速足で歩き出してしまった。
「何だアイツ…?」
愛梨が慌てて後を追うと、弘翔は不満そうな声を漏らしていた。アイツ、というのは咳払いをして愛梨と弘翔の会話を暗に遮った人物の事だろう。愛梨が後ろからちゃんと追ってきているのに気付いた弘翔は、フン、と小さく鼻を鳴らした。
「業務時間終わってるし。うち別に社内恋愛OKなのにな。変なの」
弘翔の言葉を聞いて、愛梨もその言葉の意味に辿り着いた。
どうやら先ほどの会話を聞いていた誰かに、いちゃついていると勘違いされたらしい。しかも実は勘違いというほど的外れでもない。その事に気が付くと、愛梨は心臓の表面に温度が測定できない変な汗をかいた。
自動ドアを通過した弘翔と一緒に、そのまま会社を後にする。
愛梨はふと、後ろを振り返りたい気持ちが芽生えた。今振り返れば、雪哉と目が合うかもしれない。
けれど一瞬の感情はすぐに打ち消して、すぐに弘翔の隣に並ぶ。仮に目が合ったところで、愛梨は何と言葉を掛ければよいのかわからない。
「アメリカの方がそういうのフランクなイメージだけどなぁ」
弘翔に追いつくと少し不満そうな声で話しかけられる。何の話?と首を傾げると、弘翔は小さく苦笑いした。
「愛梨、知らないの。さっきのアイツ、来週から来る通訳の1人だぞ」
「へ…? 通訳…?」
「ほら、新規プロジェクトの。定番ラインと海外向け新商品の販売事業が軌道に乗るまで、派遣の通訳が来るって通達あっただろ」
弘翔の説明に流されて、愛梨は一瞬頷きそうになる。が、そんな通達は記憶していない。
「今のがプロジェクト専任の河上さん。あとサブで細木さんって女の人と、澤村さんっていう男の人が……って、愛梨、社内掲示板見てないの? ちゃんとプロフィール載ってたけど」
「えっ…ぜ、全然…」
初めて聞く話ばかりに、つい多めの瞬きをしてしまう。
どうやら弘翔の言うプロジェクトに関わる『通訳』とやらは、雪哉だけではないらしい。そう言えば先程、弘翔は通訳『の1人』と言った。
慌てて首を振ると、弘翔は呆れたように笑いながらも、プロジェクトとそれに関わる通訳の説明をしてくれた。
「全員帰国子女で、最低でも3か国語は話せるらしい」
「そ、そうなんだ…」
弘翔の言葉の中に、知っている情報と知らない情報が混ざっている。社内掲示板など一切見ていないので、弘翔が口にしたほとんどの情報は知らないものだった。
けれど1つだけ。
彼らの中の1人、河上雪哉がアメリカからの帰国子女であることだけは、知っていた。
でも帰国していたことは、知らなかった。まして同じ街にいるとは思ってもいなかったし、通訳の仕事をしている事も一切知らなかった。
日本に帰ってきて、しかもこんな近くにいるというのに。自分には会いに来てくれなかったのかな。
そう考えると、急にモヤモヤと胸が苦しくなってきた。
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